悠虎 ハロウィンネタ「トリックオアトリート!」
「あー、これでいいか? ほら、やるよ」
意気揚々と差し出された手のひらに飴玉を一つ乗せる。それと俺の顔を交互に見ながら、眉尻が段々と吊り上がっていった。思った通りだ。
「なんで持ってんだよ!」
「なんでってことないだろ。ハロウィンだから準備したんだよ」
「……絶対お菓子持ってないと思ったのに……」
そんなことだろうと思った。
今日一日ずっと得意げな顔をしていたのも、わざわざ仕事終わりに俺の家まで押しかけてきたのも、不意打ちで悪戯をするつもりだったからだろう。そうはさせない。悠と付き合い始めてからずっとあいつに主導権を握られっぱなしだ。ここら辺で大人らしく余裕のあるところを見せておきたい。
そのために今日は飴玉を一つ、ポケットに忍ばせておいた。いつ必要になるかずっと気を張っていたが、まさか最後になるとは。
「残念だったな。まあ、お菓子がもらえてよかったじゃないか」
「うるさい。ちぇ、悪戯いっぱい考えてたのに……」
「はは、今日は俺が一枚上手だったってことだ」
「…………」
むう、と頬が飴玉のように丸く膨らむ。笑いながらそれをつつくと、顔を背けて飴玉を口に含んだ。
「あ、うま……」
一瞬だけ表情が綻んだ。そりゃあ美味いだろう。高級店の限定ミルクショコラキャンディだ。悠好みの甘いものをわざわざ選んだんだからな。気に入ったなら帰りに袋ごと持たせてやるつもりだった。
「なんだよその顔。ムカつくんだけど」
「いや? それ、美味いだろ」
「美味いけど……」
なおも不満そうな悠が面白い。気分がいいな。わざわざあいつのためだけに買いに行ってやったんだ、もう少しからかってやるか。
「悠、トリックオアトリート」
「……は?」
「なんだ、お前は持ってないのか?」
それは聞いてないって顔に書いてある。どうせ自分はもらう側、悪戯する側だと信じて疑わなかったんだろう。まだまだ甘いな。
「普通大人が子供に言うかよ!」
「恋人同士は対等なんだろ。ないなら悪戯だ」
「えっと……待って、探す。どっかにある」
ソファから立ち上がってカバンの中をひっくり返すが、目ぼしいものは見当たらないようだ。自分がもらった分は食いきったもんな、ちゃんと見てた。そこまでわかった上で言うもんなんだよ。
「ふ、そろそろ諦めた方がいいんじゃないか?」
「まだ! えー、どうしよ……あ」
何か思いついたようでぐっと距離を縮める。見つかったのか? それとも、悪戯される覚悟が決まったか?
「そういえばずっと持ってた。虎於にもあげるよ」
「おう、何を、っ⁉︎」
くれるんだ、と言う前に唇を塞がれる。ぐいぐいと悠の舌が何かを押し付けてきて、薄く開いた唇に滑り込んできた。甘い。ミルクの豊かな風味がする。俺があげたキャンディだ。それを一緒に舐めるように、二人で舌を絡ませた。
「っ、ん、ぅうっ」
「ふ、ぁ……」
しばらくそうしていると、とろりとほろ苦い液体が溢れ出す。中心部にビターチョコシロップが入ってるって店員が言ってたな。ぼんやりとそんなことを考えていると、俺の口内に広がったそれを舐めとるように、悠がさらに深く口付けてくる。頭を抱えるように両耳を塞がれて、キスの音だけが頭に響く。歯形をなぞられて、上顎をくすぐられて、愛しむように舌同士を絡ませた。人を魅了する毒の味がした。
「っ、は、どーだ。美味かっただろ?」
「……まあ、な」
渋々認めれば、満足したのか軽く触れるだけのキスをする。また悠に主導権を奪われてしまった。結局こうなるのか。
いや、俺がそれを望んでいるのかもしれない。
「満足しただろ、もう帰るか?」
「あははっ、帰ってほしくないって顔してる」
「わかってるじゃないか」
寝室に行く時間すら惜しい。ソファの背もたれを倒して、そこに二人で倒れ込んだ。悠の首に手を回せば、満足そうにニヤリと笑う。負けじと俺も口角を上げれば、それを崩すように激しいキスが降ってきた。俺を味わうためだけのキスだった。