Match Made in Sunrise「こんばんはっ!」
カランカラン! けたたましく鳴ったドアベルに構わず虎於の手を引いてカウンターの前に立つ。店内をさっと見回しても、オレたち以外にお客さんはいなさそうだ。ま、暇な時間を狙ったんだけどね。
「おい、あまり騒がしくするなよ。悪いな、マスター」
「いえいえ、いつもこの時間は暇なので。賑やかで楽しいですよ」
「よかったぁ。えっと、ここに座っても?」
「ええ、真ん中の特等席がおすすめです」
促されるまま、この前と同じ席にそれぞれ座った。前よりも早い時間に来たからか、オレたちの関係が変わったからか、店内はぐんと明るく見えた。あんなところに観葉植物もあったんだ。気づかなかったな。
「今日は虎於様のお誕生日祝いと伺っていますが」
「そうです! オレが全部奢るのでお会計はそれで!」
「今のうちから宣言するやつがあるか」
「ふふ、私からもお祝いを言わせてください。お誕生日おめでとうございます」
「ああ、ありがとう」
祝いの言葉を受け取る虎於はどこか照れ臭そうだった。オレが日付変わった瞬間に通話した時もそう。頑なにビデオに切り替えてくれないけど絶対に折れなかったんだ。見せてくれないなら今から家まで行くからな、って言ってやっと顔を見せてくれた。今までに見たことないくらい真っ赤な顔を。
「一杯目は私に奢らせてください。二杯目以降は亥清様からお代をいただきますから」
「いいのか? 俺は祝われる立場だから、悠がいいならだけど……」
「いいよ。お祝いしたい気持ちはわかるし、虎於はちゃんと二杯目も飲んでよね」
マスターに向き直って、お願いしますと頭を下げる。すると柔らかく笑ってメニューを差し出してくれた。今日はどうしようかな。受け取って眺める。虎於も頭を寄せて覗き込んできた。
「悠は何にする?」
「うーん……ていうか虎於は? いつものにするの?えーと、テキーラ・サンセット?」
それならオレも同じのにしようかな。今日こそは飲ませてくれてもいいだろうし。そう思って聞いたけど虎於は気まずそうに首を傾げた。
「あー……今日は別のにするか……」
「そう? なんで?」
「でしたら、今日はテキーラ・サンライズになさいませんか。お二人とも同じものでいかがです?」
オレの質問を遮ってマスターがメニューを指さす。テキーラ・サンセットのすぐ上がサンライズだった。オレはよくわかんないからそれでいいけど、虎於は? ちらりと表情を窺うと、虎於は微笑んで頷いた。
「いいな、それにしよう」
「オレも同じやつで」
「かしこまりました」
マスターはすっと頭を下げて一歩下がる。それからワイングラスを取り出して手際よくカクテルを作り始めた。よく見たらテキーラやグレナデンシロップは既に棚から出してあったみたいだ。オレが気付いたなら、虎於はもっと早く気づいている。頬杖をついてマスターに話しかけた。
「いやに準備がいいな。最初からこれを奢るつもりだったんだろう」
「いえ、偶然ですよ。虎於様はいつもテキーラ・サンセットですし、材料はほとんど同じでしょう?」
「でも、オレンジが出してある」
「はは、よくお気づきで」
そう言いながらオレンジを手に取ってスライスしていく。グラスには赤とオレンジのグラデーションが綺麗な液体が注がれていた。そこにスライスしたオレンジが添えられて、その横に真っ赤なサクランボも。まるで太陽のようだ。これから昇る、夜明けの太陽。
「お待たせしました。テキーラ・サンライズです」
「ありがとう」
「ありがとうございます」
コースターに置かれたグラスに手を添える。ワイングラスって持つの難しいな。細いところ持つとグラグラしちゃう。バランスを取るのに苦労していると、虎於が手を重ねて大きくて丸い部分に誘導してくれた。こっち持ってもいいのかな? 横を見ると虎於も同じように持ち直してくれる。こういう気づかいができるの、さすがだな。
同じ持ち方で乾杯をして、グラスに口をつける。甘酸っぱくて美味しい。ちょっと苦みとかクセはあるけど、オレンジジュースが甘いからそんなに気にならない。飲みやすくてごくごく飲んじゃいそう。
「うま、あ、美味しいです!」
「ああ、いい味だ」
「ありがとうございます。やはりお二人にはサンライズの方がお似合いですよ」
道具を片付けながらマスターは笑う。飲みながら顔を見合わせてオレたちも笑った。また二人でここに来て、こうやって笑い合えるなんて思わなかったな。虎於とまた恋人同士に戻れた実感がじわじわと湧いてくる。
けど、少しだけ引っかかった。
「お似合いって……?」
「ふふ、いえ。亥清様から予約の電話をいただいた時から、これはテキーラ。サンライズを出すだろうなと思っていたんです。思った通りでした」
マスターは顔を上げてオレたちを交互に見る。そのままにっこり、目が消えるまで細めて再び口を開いた。
「テキーラ・サンライズのカクテル言葉は情熱的な恋。お二人とも、お似合いですよ」
あ、そういうことか。
顔が急に熱を持つ。なんだ、気づかれてたんだ。そんなにオレわかりやすかったかな。うわ、恥ずかしい。顔から火が出そう。顔を覆いたくなって手を伸ばすと、それを遮るように虎於がオレの肩を抱いた。
「……虎於?」
「な? 俺が言った通り、悠はいい男だろ?」
見上げると頬を染めて、得意げに笑う虎於が目に入った。そういえばオレの話をしてたって聞いた。オレをいっぱい褒めてくれてたって。すっかり忘れてたし具体的にどこをってのはわからないままだ。
でも、オレはいい男だって。
それで十分だ。
「ま、まあな!」
負けじと腰に腕を回す。嬉しくて涙が流れそうになるのをなんとか堪えて、マスターに向かって胸を張った。どうだ、オレが虎於の恋人なんだぞ。
「はは、本当にお似合いで。おめでとうございます」
「ありがとう。悠、つまむものも頼んでいいか?」
「もちろん! 好きなの頼んでいいよ!」
ふふんと鼻を鳴らせば虎於が愉快そうに声を上げた。マスターはフードのメニューをカウンターに置いてオレたちへ背を向ける。それと同時にくっついていたら飲みにくいから身体を離した。けれど、左手を虎於の太ももに乗せるとすぐに指を絡めてくれる。カウンターの下で手を繋いだまま、唇の代わりにグラスを交わした。