APOŹ一日目終了後の悠虎「あははっ、明日はミスするなよトウマ!」
「う、うるせえ! ノーミスで終わらせてやるよ!」
「ふふ。その心意気、私も見習わなくてはならないかもしれませんね」
「普段通りにやればいいだけだ。あまり気負いすぎるのも良くないからな」
一日目が終わった後、全員オレの部屋に集まって配信のアーカイブを見ていた。全編見終わって、トウマが歌い忘れたところを弄ったりしてたらもう寝なきゃいけない時間だ。まだライブは終わってないんだから。
「ふぁあ。もうそろそろ寝ようよ。明日も最高のパフォーマンスしなきゃいけないし!」
「おう、明日も頑張ろうぜ! 今日以上に盛り上げられるようにさ!」
トウマがぐっと突き出した拳に、同じように拳を合わせる。虎於と巳波も同じようにして、一度下げてから天に向かって突き上げた。自然とこういうことができるようになったの、自分でも驚きだよ。昔だったら考えられなかったな。
「じゃ、俺たちは部屋に戻るな! 三人とも早く寝ろよ!」
「こちらのセリフですよ。SNSの感想を見るのもほどほどにしてくださいね」
「う。だ、だってよぉ……」
そんなことを言いながらトウマと巳波が椅子から立ち上がる。虎於もベッドから立とうとしたのを、袖を引いて止めた。
「虎於。ちょっとだけ話があるから残って」
「ん? わかった。トウマ、巳波、また明日な」
不思議そうな顔をしながらもちゃんとオレの言うことを聞いてくれる。トウマも巳波も微笑みながらオレの部屋を出て行った。ちゃんと早く寝るといいけど。でも、もっと心配なのは虎於の方だ。
「虎於、今日結構無理したよね」
「……どういうことだ?」
「声、ちょっと掠れてるよ。出しづらいからだろ?」
顔を見上げながら言えば目を見開くのが良く見えた。わからないわけないじゃん。いつもは口を挟むところでも黙ってるし、話し声も少し小さい。何度も咳払いをしているのだって見かけた。
「明日もあるんだから配分考えないとダメじゃん! 明日しか来られなかったり、見れないファンの子だっているんだから」
「……確かにそうだけど……」
不満げに虎於は俯く。でも、オレの方が背が低いからその顔がよく見える。拗ねた子供のように唇を尖らせていた。こういう顔をするのは何か言いたいことがあるとき。オレはそれをよく知ってる。オレも同じだから。
言葉を促すように目を合わせれば、おずおずと虎於が口を開く。
「一日目しか来られない奴もいるだろ。それに、あんなに求められてるなら全力で応えたい。……楽しかったから」
今度驚くのはオレの方だった。虎於、楽しかったんだって。オレもすっごく楽しかったけど、虎於がそう言ったという事実に感動すら覚える。一緒に頑張ってきて虎於のこと理解してきたと思ってたけど、楽しかったから頑張りすぎちゃうような奴だなんて思わなかった。いや、今まではそうじゃなかった。虎於が変わったからだ。
「はあ、それならしょうがないかな……とでも言うと思った⁉︎ 明日声出ないのは絶対ダメだから!」
でもダメなものはダメ。そこは冷静にならなきゃ。
「……オレも昔同じようなことして九条に怒られたことあるもん。常に最高のパフォーマンスをするために、自分の限界を考えろって。無理をすると未来の自分が困るってさ」
「悠……」
「だからちゃんと治して。ちゃんと部屋の加湿器つけた? できればマスクして寝てよね。あとこれ、よく効くのど飴だから」
ベッドの上に放り投げられたままのリュックから取り出した小袋を、虎於は黙って受け取った。どこか不安そうな顔でオレを見る。迷子の子供みたいな顔だ。虎於のこういう子供っぽい顔、嫌いじゃない。ライブの間とは全然違う顔だ。
「……大丈夫だよ。虎於ならできる。今日のパフォーマンスも最っ高にかっこよかった!」
「! は、はは……そうだろう! 俺に惚れたか?」
「馬鹿だなあ、とっくに惚れてるのに」
にっと口角を上げれば満足そうに虎於は笑った。こっちはオレの好きな顔。
「それにさ、もし無理そうだったらオレがフォローしてやるよ。だから安心して全力出せよな!」
両手を握れば虎於もちゃんと握り返してくれる。ちゃんと届いてる。それがわかって嬉しくなった。
「ああ。……ちゃんと出来たらご褒美には何をくれるんだ?」
そう言って虎於が首を傾げる。からかっているような声音だけど、内心結構本気なんだよな。そういうのを隠すのは上手いけど、それ以上にオレは見破るのが上手くなった。
「なんでもしてやるよ。頭も撫でてやるし、キスもしてやる」
「はは、そりゃいいな」
愉快そうに声を上げた。いつもの調子が戻ってきて安心したけど、それはちょっと好きじゃない。笑っている虎於の首筋に顔を埋めて、一瞬触れるだけのキスをした。
「っ、な、」
「だから今日はこれだけな。ちゃんと治りますようにっておまじない」
痕は残ってないから安心して。そう言うと少しだけ残念そうに眉を下げた。物欲しそうな顔にも見える。その顔は、結構好き。
「わかったよ。それならさっさと休んだ方がいいな?」
「そうだね。ほら、戻れよ。明日は早くから楽屋入りするんだから」
手を引いて虎於を立たせる。お前が残したくせにって笑いながらぼやいた。それを遮るようにドアまで引きずって、外に出す。
「さっさと戻れって! また明日な!」
「はは。ああ、また明日」
虎於はそう言ってからおもむろに顔を寄せてくる。避ける間もなく、耳の側でリップ音だけを響かせた。一瞬だけ体が硬直して、次の瞬間には顔に熱が集まってくる。そんなオレの様子を見て、虎於は一際大きい笑い声を上げた。
「俺からもおまじないだ。明日も、最高のライブになりますようにってな」
「……ふん、絶対にしてやるし。虎於もそのために治せよ‼︎」
「当然だろ。じゃあな」
二つ隣の部屋に消えていく虎於を見送って部屋に戻ると、アーカイブ画面が映ったままのタブレットが放置されていた。アンコールが終わったあと、全員が奥にはける直前。オレが思わず虎於に抱きついちゃったシーン。
虎於があまりにもかっこよくて、素敵で、美しくて、どこにも行かないでほしいと思っちゃったんだ。誰にも渡したくないとも。そして、オレのだぞって自慢したくもなった。
今になって恥ずかしくなって、スワイプでアプリを閉じる。部屋の電気も全部消して、アラームをセットしてからベッドに潜り込んだ。
今日は最高のライブだった。明日もきっと最高のライブになる。心配なことなんて何もない。
ご褒美のことを考えるのは、限界まで全力を出し切ってからにしよう。