ドムサブ悠虎悠はプレイも下手なんだろうね、と了さんに言われたことがある。
別にそれでいいんだよ。お前は支配だけすればいい。相手を満足させるための気遣いなんてこの世で一番いらないものだ。両手を広げて始まった演説にニヤリと笑ったのはいつだっただろう。少なくともŹOOĻというグループができる前だ。あいつらと顔を合わせるよりも前。この世の全てを憎んでいた頃。
あの頃はそれでいいと思ってた。自分さえ良ければそれで良かったんだ。パートナーのことなんて考えたことなかったし。今でも、特別な誰かっていうのはまだよくわからないままだけど。
でも、今は誰かのためにっていうのを考えるようになった。ファンのみんなのためってのもそうだし、メンバーとか事務所の人とかスタッフさんとか。みんなが何してるか、何をしたいかわかった上で仕事ができるようになりたい。
目の前に座る男はそれができるんだ。
「……虎於ってプレイ上手そうだよね」
「なんだ、急にどうした?」
一人でスマホを見ていた虎於は顔をあげて眉を顰めた。頬杖をついて赤い瞳をじっと見つめる。その視線には何か不思議な力が宿っているような気がしてくる。
「別に。了さんにプレイ下手そうだねって言われたの思い出しただけ」
「はは、あの人らしい。で、上手くなりたいのか?」
「そういうわけじゃないけど……」
そっぽを向くと虎於は立ち上がってオレの腕を引いた。されるがまま席を立つと、得意げな笑みを浮かべて顔を覗き込んでくる。心臓がどきっと跳ねて、体に力が入った。
「そんなに緊張するな。どうせ収録までまだ時間があるだろ。練習させてやるよ」
「練習?」
「ああ。やり方を教えてやるから、俺をsubだと思ってプレイしてみろ」
「えっ!?」
顔が熱くなる。虎於みたいにできたらなって思っただけなのに、まさかプレイすることになるなんて。いくら練習とはいえ、虎於がDomとはいえ、初めてなんだけど。
そんな抗議をする間もなく、虎於はオレの前に立ち塞がった。……なんか楽しそう。別にプレイが上手くできるようになりたいわけじゃないのは本当だ。でも、虎於がどうやってプレイしてるか知ったら自分の糧になるかもしれない。それに、楽しそうな虎於に付き合ってやるのがオレは結構好きだから。
「……いいよ。まずどうしたらいいの?」
「まずはじっと相手を見つめる。それから、最初の命令として定番なのは……」
「あ、それ知ってる。ちゃんと言うこと聞けよな」
そう言ってから虎於の目をじっと見つめると、だんだんと虎於の頬が紅潮していく。プレイ中のsubってこうなるのかな。ここまで真剣に演技してまで付き合ってくれるなんてびっくり。
「……? なんだ、これ……?」
「いい? 言うよ?」
―Kneel。
オレが小さく呟くと、力が抜けたように虎於はぺたんと座り込んだ。それを見た瞬間何とも言えない充足感が体を駆け巡る。ああ、Domの本能ってこれなんだ。Dom同士でもこうなるんだな。
「……悠、俺は……」
「あ、そうだ。ええっと」
―Good boy。
頭を撫でながらそう言うと虎於は小さく体を震わせた。ちゃんと褒めてやらなきゃいけないんだもんな。よしよし、って手を動かすとそれに合わせて虎於が頭をすり寄せてくる。猫みたい。可愛いところもあるんだよな。
「どう? 上手くできてる? 次はどうしたらいい?」
「っぁ、待て……今落ち着くから……」
ぎゅっと瞑った目の縁に、小さく涙が滲んでいるのに気づいた。頬どころじゃなく顔全体がもう真っ赤になってて、漏れる息は荒くて熱い。こんな虎於、初めて見た。
嫌がってるんじゃない。気付いたばかりの本能がそう教えてくれる。虎於は喜んでるんだ。オレに命令されたことに、褒められたことに。まるでsubがそうなるように。
「……もしかして、演技じゃないの?」
「何、が……」
「虎於って、sub?」
「違う。こんなの知らない。っ、お前、何をしたんだ……」
オレだって知らないよ。特別なことなんて何もしてない。
でも、目の前にいる存在にひどく興奮しているのは確かで、きっと虎於も同じなんだという確信があった。
「……こうなったの、あんたのせいだからな」
だから、責任とって全部教えろよ。