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    ちき★

    @monoya_omofuto

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    ちき★

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    奔放バイオリニスト虎×堅物チェリスト伏
    ☆邂逅

    これ以上に優しく心地よく愛すべき木陰は今までになかった五条の呼び出しはいつも唐突だ。
    午後8時すぎ、オーケストラの練習室でスマホが鳴った。しつこいコールを無視し続けると、数分後、コンマスの乙骨がチェロの部屋を覗き気の毒そうな顔をして言った。
    「伏黒くん、今日はもういいよ。五条先生がすぐ来いって」
    どうせいつもと同じ、つまらない用事だ。
    海外土産の甘すぎるお菓子を想像して伏黒はため息をつき、それでも渋々ではあるが練習を辞した。
    チェロケースを背負って山手線に乗り、最寄駅でタクシーを捕まえる。
    五条邸に着いたのは午後9時を回ったところだった。呼び鈴には誰も答えない。いつものことだし、呼び鈴を鳴らすのだって儀礼的にやっているだけだ。意味などない。
    門扉をあけ、別棟に向かう。
    ホールと練習室を備えた五条の別邸は、今でこそ演奏家の出入りもあるが、10年ほど前は伏黒と姉の津美紀、五条が使うのみの本当の隠れ家だった。
    ホールの脇から階段を数段上がるといつも五条のまつ練習室に繋がる廊下が伸びる。
    突き当たり、練習室のドアが少し開いているのが遠目にも伺えた。いつものことだがこれでは防音室の意味がない。
    まだ数メートルはあるが、微かに音が漏れ聞こえる。
    空気を震わす442hzの振幅、
    バイオリンの音色だった。
    五条ではない。
    五条のチューニングは必ず415hz、バロックノートだ。
    伏黒は足を止め、耳をそばだてた。呼吸を一瞬止めてまで全ての音を拾おうとする癖は子供の時から抜けない。
    伸びやかで繊細なD音が静かに、しかし明確な意思をもって細く長く強く響き、奥行きを持って広がる。
    雨上がり、雲が晴れる一瞬。
    青い空が拓けたかと思った。

    静かで緩やかだが安定したボウイングが想像できる、ピアニッシモ、そして僅かなクレッシェンド。
    伏黒は性急にしかし静かに歩をすすめた。寸分の迷いもない付点二分を、もっと近くで聞きたかった。チェロケースを背負ったまま、開いたドアに体を寄せる。
    ほとんどビブラートはない。
    BからAもたっぷり一弓で歌って、さらに広がりをみせるG音。

    深く静かに共鳴し
    豊かに拡大していく
    世界。

    ヘンデルの『largo』、オンブラマイフという名でも知られる美しいアリア。


    伏黒は思わず息をのみ、呼吸を止めた。
    正確には、呼吸が出来なかった。
    細胞が一瞬にしてなにかに満ち、鳥肌がたった。
    なんだよこれ。
    決して丁寧ではない。
    おまけに決して楽譜に忠実とはいえなかった。強弱、速度、発想、すべての記号が無視されていた。
    無茶苦茶だ。
    なのに研ぎ澄まされた一音一音が柔らかく圧倒してくる。
    なんだ…これ…
    伏黒は小刻みに震える自分の右手を左手で押さえ込みながら、その音の粒を音楽を追った。豊かで美しいヘンデルの旋律の中に孤独と寂寥が混じりこみ、孤高で高潔でありながら、奔放で自由な音がその美しさを増幅していく。
    一般的な楽曲解釈を完全に無視した、自由極まりない演奏なのに恐ろしいほど惹き込まれ、じわりと上がっていく体温と心拍に動転する。
    ドアの隙間にようやく思い至り伏黒は荒れそうになる息を殺しながら室内を伺い見た。
    部屋の中央、目に入ってきたのは鮮やかな赤のハイカットスニーカーと、鴇色の髪だった。覗き見る伏黒を責苛するように、アレンジされた重音が部屋の空気を震わせた。
    そして明確に意図が乗ったビブラートが初めて、そして大きくかかった。
    揺れる。
    空気が、何かが。
    眩暈がしそうだった。
    は、と大きく息をつく。
    端正な、しかしまだ少年らしさが残る横顔がそこにあった。同世代に思えたが、伏黒にはそれ以上の情報を処理できない。
    パッセージが走る、音の粒の光芒を纏って。
    そのパッセージを追いかけるように、伏黒の鼓動が疾走していく。
    彼の生み出す未知の音価と、部屋を満たす共鳴の波動が伏黒の体と心を優しく締め上げ始めた。
    音楽は理論です、伏黒自身がいつも師である五条を苦笑させるその言葉を今彼自身の反応が裏切る。
    周囲からバイオリンと、自分の拍動以外の全ての音が消えた。耳障りな空調の作動音も、加湿器の水音も。

    こんな理論、しらない。


    美しく、荒々しく、歓喜に満ち、孤独に溢れた音が伏黒の弦を震わせる。
    満ちた器が震え溢れた。

    「僕の目利きどう?恵」

    下瞼にじわりと溜まったものを慌てて拭って振り向きざまに睨みつける。
    「無茶苦茶だ」
    「そうだね。でも、あれが、恵に足りないものでもある」
    音が、止んだ。
    何故かびくりとして部屋の中に戻した視線はバイオリンを構えたまま、弓をピタリと止めた彼の視線と合った。
    吸い込まれるようなヘイゼルの真っ直ぐな視線だった。
    「五条さん!…と…あ!伏黒恵じゃん!生伏黒恵!あとでサインちょーだい!」
    嘘みたいに明るい声で、おまけに弓を手のように振って、破顔した。
    「虎杖悠仁、20才、一応バイオリニスト」
    五条が背後から囁いた。

    おそらく、恵の運命のひとだよ。
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