カーテンの隙間から鋭く射し込む朝日を感じて、自然と意識が浮上していく。
ひとつ伸びをしながら寝返りを打つと、隣には一人分空いたスペースがある。伸ばした腕をその空間に降ろせば、そこはすっかり温もりを失っていた。
どのような状況であっても律儀に早起きをするタイプなので、むしろ俺が起きるような時間帯に未だ布団に潜っている事の方が珍しい。
そんないつもの光景を確認したところでようやく頭も覚醒してきたので、ダブルサイズの掛け布団を跳ね除けるとそのままベッドから起き上がった。
数歩進んだ先のベッドルームの扉を開けると、リビングから一層眩しい光が溢れてくる。
「あ、おはよ」
その眩しさに思わず目を細めると、この家の中では聞き慣れない声が耳に届く。
再び目を開いてひとつ瞬きをすると、ダイニングテーブルの席に着いている男の姿がこちらを見つめていた。
「……あれ、チビ助居たの?」
「昨日から泊まると伝えただろう」
あれから時が経ちすっかりチビと呼べるような背丈ではなくなっていたのだが、それでも思わずいつもの呼び名で呼び掛ければもう用はないと言わんばかりに視線を逸らされた。
そしてそれに代わって、そんな弟の向かいの席に座る姿から呆れた視線と言葉を寄越される。
チビではなくなったチビ助よりもさらに長身なことが座った状態からも伺えるその姿は、紛うこと無きこの家の家主だ。
「あー……、そうだっけ」
「今日から大会」
記憶を掘り起こそうと頭を掻いたが、そういえばそんな事を少し前に話題にしていたかもしれない。しかし昨夜はすっかり家が寝静まった頃に帰ってきたので、気付かなくても仕方ないだろう。
そんな考えをまとめた結果呟いた言葉に対して、視線を目の前のテーブルに集中させたままの弟が口をもごもごと動かしながらもこの場所へ来た目的を短く告げた。
この家は世界的な大会が多く開催されるテニスコートへのアクセスが良く、そこで試合がある時に宿として利用されることも今回が初めてではない。
「徳川さんとこに泊まれば、これが食べれるからね」
この辺りのホテルの朝飯ではどうも気分が乗り切らないと、そう言葉を続ける姿の左手には箸が握られている。
テーブルの上に視線を落とせば、茶碗に盛られた白米に味噌汁、そして焼き魚に卵焼きにその他小鉢諸々。既に半分以上食が進んでいるようだが分かりやすい程に典型的な和食といえる料理が並んでいる。
ここだけ見れば日本と錯覚するような光景だが、この家はどこを見ても明らかに洋間だし、窓の外に見える道路には車が右側通行で行き交っている。
「やっぱ最高っスね、これ」
「越前くんに気に入ってもらえて何よりだ」
和食を好むこの二人は、朝飯の席を共にしてやたらと意気投合していた。
その和やかな雰囲気が何となく気に食わずにじっとテーブルの上に視線を向けていれば、箸を置く小さな音のあとに不意に声が掛かる。
「早く顔を洗ってこい、パンでいいだろう?」
起きてきたのなら同席しろと暗に伝えてくるその言葉に、弾けるように声のした方へ視線を戻す。
そう言いながら椅子を引いて立ち上がりキッチンへと向かう姿を見送りながら、掛けられた言葉を反芻する。
この通り彼は和食を好んでいるが、俺は正直洋食の方が口に合う。
そしてこの家で食べる朝飯の席では決まって選択肢を問うまでもなく、されたとしても先程のような確認の意味を込めた言葉の上で、パンとそれにあう洋風の付け合せが当たり前に並んでいた。
その事自体を違和感なく受け入れていたがしかし、それが俺の好みに合わせて選んでくれていた結果なのだとしたら。
「俺も、同じのにしてくれよ」
「……珍しい事もあるものだな」
快諾の頷きひとつと共にそう零してこちらを振り向いた顔には、穏やかな笑みが浮かんでいた。
そんな表情を引き出せたことに心が満たされて、軽やかな気分でバスルームへと向かう。
顔を洗って寝癖を撫で付けて再びリビングへ戻ると、キッチンに向かっていて空いた席の隣に艷やかな白米の盛られた茶碗と温かな湯気の立つ椀が並んでいる。
そして準備が整えられつつあるその席にだけ置かれた、ご丁寧に一口大に切り分けられたオレンジの盛られた器。一見彼らと同じ食卓にみせかけて自分のためだけに用意されたそれに思わず心が踊ってしまうのだから、我ながら単純なものだ。