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    kudouhikaru

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    kudouhikaru

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    ママとミヤモトちゃんの一件があるので、ムサシのことを密かに妹分として大切にしているサカキ様が見たかった、などと供述しており。
    もしも、ムサシのパートナーとしてコジロウを見初めたのがサカキ様だったら。
    ムサシ不在のコジムサ。
    ピクシブより再掲。

    #pkmn
    #コジムサ
    dicranopterisLinearis
    #サカキ

    神のはかりごと「ムサシちゃん」

    弓なりに反った赤い房の束を凝った編み込みに結い上げた少女が、不思議そうにこちらを振り返る。その表情を見て、サカキは違う、と確信した。

    ここは、ある高級ホテルの立食形式によるビュッフェレストランの会場だった。母が興した財閥ーーロケットコンツェルンをいずれ継ぐ身ではあるが、まだ十四歳であるサカキとしては、こういう上流階級の人間しか集まらない立食形式のパーティーは堅苦しさと息苦しさしか感じない。サカキの家に専属で仕えている料理長が提供してくれる食事の方がいくらもマシだ。が、「これも社会勉強よ」と母に強制的に連れてこられては、まだ幼いサカキに拒否権など存在しない。何せ食事を共にする相手は母の仕事相手ばかりだ。適当に愛想と笑顔を売っておいた方がいい、とはサカキにもわかっている。飲み物を選んで歩いている道すがら、ふと、すれ違った少女が母の親友兼部下である女性の娘とよく似ていた。母が女性ーーミヤモトから貰った写真を一度見せられただけだがーー、よく覚えている。名をムサシ。
    ミヤモトの旦那にあたる男性の出自などはサカキは知らない。その辺りをよく考えれば、彼女の娘が金持ちしか集まらないこの会場にいるのは有り得ない。有り得ないが、ミヤモトは母の命令で、まだ幼いムサシを親戚に預け、ミュウを探しに行ったきり音沙汰がない。サカキの母も、仕事を理由に家には滅多にいない。自分とよく似た境遇の彼女の存在は、サカキの意識の片隅に、常にあった。だからこそ、よく似た少女が視界の端に写って思わず歩を止めた。そして、冒頭に戻るのである。

    少女はサカキを見上げ、青い瞳は瞬きを繰り返している。サカキは琥珀色の液体ーー断りを入れておくがジンジャーエールだーー入りの細いグラスを傍らのテーブルに置き、相手の目線に合わせて片膝を突いて身を屈めた。目線の高さが等しくなると、少女はまじまじとサカキを眺めている。

    「呼び止めてしまって悪かったね、驚いただろう? ーー君が、知り合いのお嬢さんに、あんまりよく似ていたから、驚いてね。つい、声をかけてしまったんだ」
    「まあ。それでなんですのね」

    少女は、見知らぬ年上の男に声をかけられた理由を知り、納得したように頷いた。

    「ですが、ご期待に添えず申し訳ありませんわ。私、そのムサシさんという方ではなく、ルミカと申します。本日は、婚約者のコジロウ様と皆様にご挨拶をさせていただいていますわ」

    サカキの記憶の中で、ミヤモトというひとはいつまでも美しく、若々しい人だった。今もどこかで健在ならば、それなりに年を重ねているのだろうが、何せ彼女はサカキの母の命で、幻のポケモン・ミュウを捜索に出かけ、それきり消息が途絶えているのだ。組織としても、ミヤモトの行方は手を尽くして探しているようだが、手がかりは皆無らしい。それよりも、ミヤモトが見つけたにせよ見つけていないにせよ、彼女が消息を絶った発端であるミュウを探した方が速いのではないか、というのがここのところの組織の弁だ。カントー地方に、巨大財閥として名を知られるロケットコンツェルンの、裏の顔はロケット団。ボスの親友でもあった側近に対し、あまりといえばあまりの答弁だ。サカキにとってのミヤモトというのは、若く美しいひとであり、そして聡明なひとだった。サカキの母とテンポよく、小気味良い会話を繰り広げる彼女は、一見母と対等に、自由奔放に言葉を発しているようでいて、その実、サカキの母の機嫌を損ねないような言葉を巧みに選び抜いていた。彼女と話をしていて、母が声を荒げていた、というのはサカキの記憶の中では皆無だ。それだけミヤモトは、知性に溢れた人で、それでいて、その知性をひけらかさないひとだった。

    ルミカがドレスのスカートの裾を両手で持ち上げて、頭を垂れる挨拶をする。顔を上げた際の、媚びを売るような彼女の笑みを見て、サカキは目の前の少女が名を呼んだ少女ーームサシではないことに内心で落胆し、同時に安堵してもいた。目の前のルミカというこの少女は、青い瞳と弓なりに反った赤い房の髪こそ彼女と酷似しているがーー、内側に秘めている魂の質はまるで正反対だ。ミヤモトの血を引くムサシであればおそらく、自分にとって利を得る男が現れたとしても、こうしてあけすけに媚びを売るような笑みはしない筈だ。彼女ならばきっと、母親譲りの美貌と知性を駆使し、対象の男の本質に寄り添おうとするだろう。そうして、自分の望み通りに、男を手玉に取る筈だ。彼女に狙われた男はきっと、こうした媚びを売るような笑みではなく、艶めいた笑みを送られるのだ。
    サカキのうすく冷ややかな笑みに、本能的に危険を感じたのか、ルミカはドレスのスカートの裾をつよく握り込んだ。そこへ人混みをかき分けて、小さな足音がパタパタと駆けてくる。

    「ルミカちゃん」
    「コジロウ様!」

    少女は味方が現れた安堵感からか、パッと華やいだ笑みを浮かべた。ルミカが婚約者の名を呼んだ時には既に、サカキは先刻のうすい笑みを、柔和な笑みに塗り替えた。よって、少年が不思議そうにサカキを見上げる頃には、彼はルミカに声をかけた際と変わらぬ人当たりの良い雰囲気へと戻っていた。

    「おじさまが探してたよ」

    コジロウと名を呼ばれた少年は、ごくさりげない動作でサカキとルミカの間に割って入ると、至極自然な仕草で、彼女を背に庇うように立った。その為か、ルミカが彼の腕に甘えるように抱きついた為、コジロウが彼女の腕の中で僅かに身を捩る。

    「あら、何かしら。コジロウ様、エスコートしてくださらない?」

    コジロウは、彼女の上目遣いを躱すと、目の前の白いテーブルクロスに置かれた、ジンジャーエール入りの細いグラスを目に止めた。華々しいオードブルばかりで占められたその席では、その存在は違和感であったようだ。サカキの背後のテーブルであった為、彼が持ち寄った物と察したらしい。

    「ううん、ボクもそのお兄さんみたいに、飲み物欲しくて」

    今度はコジロウが、上目遣いにサカキを見上げた。どうやら、婚約者ではあるものの、今この場でルミカから離れたいという想いは、二人の間では共通らしい。

    「ああ、それなら案内してあげるよ。人違いして悪かったね、ルミカちゃん」

    サカキは温和な笑みを浮かべ、ひらひらと彼女に向けて手を振った。そして、飲み物が陳列されている場所へコジロウを案内している途中、当のコジロウが申し訳なさそうに顔を上げた。

    「ごめんなさい」
    「どうして、君が謝るんだ?」

    年齢にそぐわない彼の行動に、サカキは思わず歩を止めた。

    「ボクの婚約者、少し強引なところがあって。お兄さんにも、きっと迷惑かけたでしょう?」

    コジロウという少年は聡く、そして、人柄はいかにも内向的だ。あの少女の手にかかってしまえば、さぞや日頃振り回されているのだろう。その苦労はありありと察せられて、サカキは思わず苦笑した。

    「ああ。ーー確かに、我は強そうではあったね。君も大変だろ、あの娘が婚約者だと」

    コジロウは、こくんと無言で首肯した。
    飲み物が陳列されているテーブルへと辿り着くと、背の小さな彼に変わって、サカキはメニューを読み上げていく。

    「飲み物は何がいい? なんでもあるよ、ミックスオレやサイコソーダも」

    テーブルに小さく手を置いて、伸びをするようにドリンクスターを覗き込んでいたコジロウが、オレンジ色の液体を見て呟いた。

    「あの……、オレンジジュース。ルミカちゃんの分も」
    「君は偉いね」

    さりげなく婚約者を気遣う振る舞いを見せる彼に、サカキは目を見張る。指名されたオレンジジュースをグラスに注いでやり、それを一本ずつ彼に手渡した。
    ありがとうございます、と小さく礼を告げてから、コジロウはそれを受け取った。

    「ボクだけ飲み物貰って帰る訳にはいかないから……」
    「ああ、なるほど」

    サカキは彼の言葉を肯定するように頷いた。

    「ボクの家と、ルミカちゃんの家が決めた婚約なんです。こういう場では、特に大事にしないと」

    婚約者を得る、という自分の立場を、彼は幼いなりに理解しているようだ。双方の家からどう見られるか、彼なりに気を遣い振る舞っている。先刻、サカキの前ですれ違った、幼いシルエットを彼は脳裏に浮かべた。ミヤモトの血を引くムサシも、おそらく一筋縄ではいかない女性に育つだろう。もしもその時、こういう男の子が彼女の隣で、大人びた気遣いを持って接してくれれば。それを甘受するムサシはきっと、本来の、いや、それ以上の能力を発揮出来るのではないか。

    だが、それにはひとつだけ条件がある。

    ふと閃いたその考えを、サカキは手にしたジンジャーエールで唇を湿らせた後、告げた。

    「じゃあ、君としては彼女には恋愛感情はないのかな?」
    「恋愛……?」

    その単語は、幼い彼には咀嚼しきれなかったらしい。不思議そうに顔を上げた。

    「ああ、好きかどうかってこと」
    「好きで、結婚する訳じゃないから」

    これはますます好条件だ。
    女性であるムサシの安全を保障するには、パートナーとして隣に並び立つ男性は、彼女に対して恋愛感情を抱かないこと。これに尽きるのだから。

    「たとえばの話をするけどね」

    サカキは一度、言葉を切った。続ける。

    「たとえば、あの娘とそっくりで性格が正反対の女の子が君の傍に現れたら。その娘とは、上手くやっていけそうかな?」
    「ルミカちゃんと、顔が同じで?」

    サカキに言われ、コジロウは懸命に、自分の婚約者と容姿が瓜二つで、けれど性格が違う女の子を思い描いているようだ。

    「顔は好みだけど。ーー優しい女の子だったら、考えます」

    サカキはジンジャーエールを飲み干すと、我が意を得たりと頷いた。

    「そうか」

    スーツの上衣のスカーフを取り出すと、中に包まれた名刺を一枚取り出した。

    「これは、母の名刺なんだけれどね」

    それを、少年に差し出す。

    「君。ーーもし、将来行き詰まることがあって、困ったらウチにおいで。君が頼って来るような頃には、たぶん僕が社長だから。悪いようにはしないよ」

    手にしていたグラスを一本、テーブルに置いたコジロウは、それを無言で受け取った。

    「ありがとう。お兄さん、名前はーー。あれ」

    名刺を受け取ったコジロウが顔を上げると、目の前にいた筈のサカキが忽然と姿を消している。狐につままれたような顔をして、彼はキョロキョロと周囲を探している。
    雑踏からその様子を伺っているサカキは、唇をスカーフで拭き取ると、静かに折り畳みポケットへ入れた。



    机上にはそれぞれ、二枚の履歴書が鎮座している。二十年前、写真と対面で出会った少年少女達が、真視角の写真証明の中にいた。
    女はムサシ、男はコジロウ。
    サカキはといえば、母が築いた組織に、コジロウにした宣言を一段飛び越え、ロケットコンツェルンの会長の座に落ち着いた。

    「まさか本当に、ロケット団ウチ に来るとはな」

    当時のサカキの考えとしては、ごく普通の暮らしをしているムサシの元にコジロウを送り、彼女の生活がどうなっているか、報告させるつもりだったのだが。
    当のムサシまでもがロケット団の団員として在籍する羽目になった。サカキとしては、こうなってはミヤモトに合わせる顔がない。しかし、わざわざ向こうから飛び込んで来てくれた彼女を、手放す気も毛頭なかった。
    サカキの呟きを拾った秘書のマトリが、怪訝そうにこちらを見た。

    「はい?」
    「なんでもない、こちらの話だ。ーーそれで、マトリ」

    先代の団員の娘であるとはいえ、ムサシを特別扱いするという訳にもいかなかった。社の会長として、組織のボスとして、部下には平等でなくてはならない。

    「決まったのか? 彼女のパートナーは」

    しかし、サカキの視線が履歴書のムサシの写真に落とされているのを、背後に控えている秘書は見逃さなかった。

    「ムサシさんですね。いえ。彼女は非常に成績が優秀で。ーーそれで却って、パートナーの入れ替わりが激しいようです」

    マトリの報告に、サカキは口角を僅かに上げ頷いた。母からミュウ捜索の命を受けたミヤモトの娘だ。

    「だろうな、そうでなくてはならん。ーーよく吟味してやれ。彼女の相手はおそらく、包容力がある相手でなくては務まらん」

    サカキの言葉に、マトリも深く頷いた。

    「ええ。そうでしょうね」

    幸いにも、ムサシとコジロウは同期だ。パートナーをたらい回しにしていれば、いつかバトンは彼に渡されるだろう。

    「ーー上手く、かち合うと良いのだが」

    サカキの視線は次いで、履歴書の中のコジロウの写真に注がれた。ムサシとコジロウ、二枚の履歴書を祈るように重ねると、サカキはそれらを含んだ履歴書の束をバインダーにファイリングした。

    了)
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