①桜が風に舞う、穏やかな春の朝。
正門の前で足を止め、懐かしい校舎を見上げる。
ここは、僕が三年間過ごした場所。
卒業してから、しばらく経ったというのに――こうして目の前にすると、あの頃の記憶が静かに呼び起こされていく。
教室を満たす柔らかな光の中で、先生の横顔を、理由もなく目で追っていたこと。
板書を止め、遠くを見るように何かを考えている姿が、どうしてか気になって仕方なかったこと。
ふと名前を呼ばれ、返した声がやけに上ずってしまったこと。
こうして思い返すと、胸の奥に小さな熱を灯す記憶ばかりだ。多少は美化されているかもしれないが、それでも、僕にとっては今の僕を形成する大切な記憶だった。
かつての思い出のおかげか、新任として赴任する緊張感は確かにあったのに、その強さは少しだけ和らいだように感じる。――その時だった。
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