咲かなかった恋心 荘園にいた頃が夢幻であったかのような平和な日々が流れていく。
共にいた仲間たちも、どこか遠くの場所で同じように思っているのだろうか。
別の時代の、別の国で生まれ育ち、たまたま荘園の主に招待を受けた私たちは、本当に奇跡的な出会いを果たして同じ時間を同じ空間の中で過ごすことが許されていた。
(だから、今は正常な日々に戻っただけ。寂しがることなんてない普通のことなんだ)
大企業の社長だった父が経営難に陥り、全てを捨てて失踪し多額な借金を背負った我が家と路頭に迷いかけた数千人の社員たちのために私は“あのゲーム”に参加することを決意した。
無事に脱出できたし、借金を返済することができたからよかったものの今思えば己の無謀さ加減には冷や汗ものだ。
荘園の仲間たちに荘園に行った経緯を話すと、ドン引くほどのお人好しと言われたくらいだった。
(みんなのことを思い出すと、何だか懐かしくなっちゃうなぁ)
大切な仲間たちのことを思い出すと胸がホカホカと温かくなる。みんな、とても優しくて人のことを言えないくらいにお人好しな人たちばかりだ。
私はみんなとは何百年も離れた時代の人間。会いたいと思っても二度と会えないというのが現状である。
「考えても仕方のないことだけど、やっぱり考えちゃうなぁ……」
みんなの事を思い出す中で、どうしても忘れたいけど忘れたくない人の事を思い出してしまう。
黒に近い紺色のローブに身を包んだ少し怪しげな雰囲気の人――イライさん。婚約者の為に荘園のゲームに参加したという彼に、私は荘園にいる間ずっと好意を寄せていた。
優しくて頼りがいのある先輩。愛情深くいつも婚約者のことを話すときは幸せそうにはにかむ横顔がとても可愛らしくて好きだった。
けど、私の想いは彼に伝えることはなかった。彼自身も自分に好意が向けられていることに気付いていたかもしれない、………いや、彼は鈍感だから気付いていない可能性もある。が、例え私が彼に想いのタケを伝えていたとしても、婚約者の為にゲームに参加していた彼が私の好意に応えることは決してなかっただろう。
「だから、これでいいんだ!」
荘園の賞金で無事に入学し、送ることができた大学生活。過去のことを悶々考えていて無駄にするのもいけないことだ。
今日の夕方にある友人に誘われている合コンにでも行って、過去の恋を思い出に変えるくらいバチは当たらないだろう。
そう思っていた。