5 鼻歌泥棒
この町へ来てからずっと、静かな雨が降っている気がする。
通り沿いを少し歩くとお風呂屋さんがあるから入ったら良いですよ、怪我も清潔に保たないと膿んだりするし。と先日知り合った小学生に教えられたが、その建物の前を通ってみたのは気まぐれだった。長い煙突が伸びる古びた建物。この通りは何度か歩いていたけれど、足を止めたのは初めてだった。入口にかけられた「ゆ」の一文字だけが白抜きで染めてある暖簾は潔くて良いと思った。
『入浴料金大人(12歳以上)460円』。掲げてある看板に書かれたそれが高いのか安いのかはわからなかったが、間もなく底をつきそうな所持残金を考えると支払うのは難しいと思った。風呂に入らなくても死なないが、飯が食えないと命に関わる。オネーサンがくれた握り飯はとっくに食べ尽くしてしまった。このままニキの家に戻らないなら、すぐにでもどこか働き口を見つけないといけない。けれど、学歴も家もない、薄汚い俺が働ける場所なんて都会にあるのか怪しい。自分が悪循環に陥っているのはわかっていた。
10514