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    もめんどーふ

    @momendofu_nico
    好きなことを描く/書くを目標にやっていきたい
    見てくださる、読んでくださる方全てに感謝を🙇

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    もめんどーふ

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    DKぎゆさね
    クラスに馴染めないコミュ障ぎゆに、人気者さねが絡んでいく話
    ・ぎゆが趣味で小説を書いてる
    ・恋愛小説といいつつ中身は少女漫画

    もしよろしければ、読んでもらえたら嬉しいです

    #ぎゆさね
    teethingRing

    恋愛小説「なァ。いっつも何書いてんだ?」
     いきなり頭上から降ってきた声に、慌てて顔を上げる。目の前では、大きな藤の目がじっと俺の手元を覗き込んでいた。
     不死川実弥。白い髪に傷の入った顔が目を引く同級生だ。見た目は怖いが、実際は明るくてノリも良く、クラスで友人と楽しそうに過ごしている。俺とは、正反対のような人。
     そんな男が、一体俺に何の用だろう。そっとしておいて欲しいのに。
    「べ、別に、何も……」
    「何もってこたぁねえだろうよ」
     慌てて腕で覆い隠すも、不死川は追求を止めない。周りのクラスメイトもなんだなんだとこちらに視線を向けている。嫌だ、目立ちたくない。
    「な、何でもない!」
     勢いよく立ち上がると、不死川が少し仰け反る。その隙に紙を纏めて立ち去ろうとした……のに。自分が起こした風圧で、束ねた紙が机の周りに散らばってしまった。こんな時に限って。怒りたいような泣きたいような気持ちでそれをかき集めていると、目の前の一枚がひょいと持ち上げられた。そしてそのまま、彼の目の前に連れて行かれる。
    「これ……小説?」
    「……っ!」
     ああ、どうしよう。笑われる。一気に血の気が引いた。暗くて、友達もいなくて、クラスにも溶け込めてない。そんな奴が一人こそこそとこんなものを書いているなんて、クラスの人気者からしたら笑える話だろう。
     乱暴に紙を奪い取り、ぎゅっと唇を引き結ぶ。俯く俺にかけられたのは、笑いでも蔑みでもなく。
    「なァ。俺、本読むの好きなんだけど。ちゃんと読ませてくんね?」
     口からぽろりと零れたような、気の抜けた声だった。
     
     *****
     
     その後。不死川と教室内の空気に負け、俺は屋上まで移動した。不死川も何も言わずついてきて、屋上の石段にどっかと腰掛ける。そして座るや否や、「ほい」と手の平を向けられた。その原稿用紙を寄越せ、ということらしい。もうここまできたら逃げられない。俺は紙の束を力なく不死川の手に乗せた。
     ぺら、ぺら。紙を捲る音だけが、屋上の空気に溶けていく。俺はというと、今の状況が恐ろしすぎて、寒くもないのに体が震えていた。現実逃避で見上げた空は、青い。何でこんなことになったんだろう。不死川の考えも分からないし、とにかく恐怖でしかなかった。
    「…………すげえ」
     どれくらい経ったか。ぽつりと小さな声がする。空から隣へと視線を向けるのと、キラキラした藤がこちらを見遣ったのは、ほぼ同時だった。
    「すげえ面白かった! おめぇよくこんなん書けんなァ! 俺作文とか全然だめだからァ」
     不死川は息を弾ませながら、トーンの高い声を出す。よく分からないがハイテンションな様子に、俺はたじろいだ。
     内心、どきどきしていた。そんなことを言われたのは初めてだったから。以降も不死川は色々言っていたが、あまり覚えてない。お世辞じゃないのか。本当にそう思っているのか。そんな卑屈なことを考える一方で、嬉しくて胸が詰まる自分がいた。
    「なァ。また読ませてくれよ、おめぇの話」
     俺に原稿用紙を返しながら、不死川が言う。今回限りじゃないのか? 正直に言うと憂鬱だったが、ニッと歯を見せる不死川が眩しくて、俺は結局頷いてしまった。
     
     それからというもの、何かにつけ不死川が話しかけてくるようになった。当然周囲からちらちらと目を向けられる。それはそうだろう。独りぼっちの奴に、人気者が絡みにいってるんだから。
     俺としては気が気じゃなかったが、不死川は全く意に介さない。「早く行くぞ!」なんて言って、俺を屋上に連れて行く。そして到着するや否や、にっと笑って原稿用紙を攫っていく。
     最初はただの気まぐれで、適当なことを言っているだけだと思っていた。だけど、いくら疑ってみても、不死川の顔には嘘やからかいも見られない。そんな彼に、段々と「もしかして、本当に俺の話を好きになってくれたのか?」と思うようになった。
     それが徐々に信じられるようになってくると、書くことがますます楽しくなった。これまでサイトに投稿することはあっても、現実世界で誰かに見せたことはなかったから、目の前で読んでくれる人がいるなんてすごく贅沢に思える。嬉しい。自分が、認められた気がした。
     そんなやり取りを重ねていく内に、不死川と普通の話もするようになった。今までどんな人かも知らなかったのに、日に日に不死川に詳しくなっていく。家族のこと、バイトのこと、将来のこと。不死川はいろんな話をしてくれたし、俺の話も聞いてくれた。気付けば昼ご飯まで一緒に食べるようになっていて、自惚れでなければ「ともだち」になれた……気がする。
     最初はとんでもないことになったと思っていたけれど、今は。不死川に見付けてもらえてよかったと、心からそう思う。
     そうして不死川が関わってくれるようになったからだろう、少しずつ他のクラスメイトとも話せるようになった。最初は「おはよう」なんて挨拶されるだけでも挙動不審になっていたけど、徐々にその違和感も消えていく。
     世界は、思っていたよりもずっとカラフルだった。明るくて、優しくて、毎日がどんどん色付いてくる。自分が初めて「普通の学生」になれた気がして、すごく嬉しかった。
    「ねえねえ冨岡君、私達にも小説見せて!」
     そんなある日のこと。クラスの女子数人が、俺の席にやってきた。にこにこと愛想のいい笑顔を浮かべながら、俺を見つめる。
     不死川と仲良くなっていく過程で、もう俺の趣味はクラス中に知れ渡っている。別に恥じるようなものとは思っていないけど、改めて見せてと言われると……。
    「あ……え、と――」
    「冨岡、飯食いに行くぞ」
    「! うん」
     返事に窮していた俺と女子達を遮るようにして、不死川が声をかけてきた。俺が顔を上げるよりも先に、不死川は弁当を抱えて教室を出ていく。
     ……普段なら、俺が構えるのを待ってくれるのに。荷物を持つ後ろ姿がなんだか怒ってるようにも見えて、俺は慌てて追いかけた。女子達の目線を感じたが、それよりもずっと、不死川の方が気になった。
     屋上への階段を駆け上がり、追い立てられるように扉を開ける。全力で走ってきたから、息も絶え絶えだ。きょろりと周囲を見回すと、すぐに特徴的な白髪が目に入る。いつもの石段に座った彼は、既に弁当箱を開け、卵焼きを摘んでいた。
    「ごめん、先食ってた」
    「全然。こっちこそ、待たせてごめん」
     簡単な挨拶と共に、不死川の隣に腰を下ろす。ガサゴソと鞄を探り、弁当代わりのパンを取り出し一口齧った。今日もいい天気だ。ぼーっとそんなことを考える。
    「……ごめん、遮って」
     三分の一くらいを食べたところで、隣から小さな声が聞こえた。顔を向けると、前を向いたままの不死川が目に入る。彼はちらりとこちらを見て、それからがりがりと頭を掻いた。
    「別に、俺がどうこう言うことじゃないのに、その。……冨岡の話、読めるのは俺だけがいい、とか。そんなの、考えちまって」
     さっきまでの女子達とのやり取りが、さっと脳内を通り抜けていく。不死川はぽつぽつと呟いて、また頭を掻く。普段あれだけハキハキと話す不死川が、もごもごとバツが悪そうに言葉を紡ぐ。こんな不死川、初めてだった。
    「……変なこと言って、ごめん」
    「……」
     もう一度謝る不死川に、俺は何も言えなかった。言葉に詰まった。この気持ちをなんと言ったらいいのか分からない。だけど、何も隠さず言うのなら。
     すごく、嬉しいと思った。
     ヤキモチ、というのかは分からないけど、不死川からそういう気持ちを向けてもらえたのが嬉しい。むず痒くて、でも、胸が温かくなる。不死川を独り占めしたような、彼の特別になれたような。そんな気がして、誰に対してかも分からないけど、自慢したくて堪らなくなった。俺なんかには勿体ないくらいの感情だ。
    「いいんだ。俺も……できれば、見せるのは、不死川だけがよかったから」
     滲み出る感情を湛えながら、俺も言葉を返す。不死川は大きな目を更に大きくさせて、俺を仰ぎ見た。
    「あ! いや。もちろん、不死川が読みたいって思った、時に……読んでもらえたら、って」
     ここまで喋ったところで、はっと我に返る。時間と共に恥ずかしさが増してきて、どんどんボリュームが落ちていく。
     恥ずかしい、だけど、嘘偽りのない本音だった。たくさんの人に見てもらえるのは嬉しいけど、俺は誰よりも、不死川に見てほしいんだ。不死川からの「面白かった」が、一番嬉しい。
     不死川は同じ体勢のまま、じっと俺を見ている。大きな藤に俺の顔が映る。その様に、何故か、すごくどきどきした。さっきから心臓がうるさい。もう不死川相手なら緊張しなくなってたのに、何故か顔が見られない。誤魔化すようにパンを食べてみても、ちっとも味がしなかった。
    「……いつでも、読みたい。俺が、一番に……読む、から」
    「……うん」
     小さな声が、空気に溶けていく。それが風に乗って鼓膜を揺らすと、ますます体が熱くなっていく。
     それきり沈黙する俺達を、昼の日差しが柔らかく照らしていた。
     
     *****
     
     その時は気のせいかと思っていたのに、それからも不死川といるとどきどきするようになった。嫌などきどきじゃない、だけど、少し苦しい。俺は一体どうしたんだろう。こんなことは初めてで、自分でも戸惑っていた。
     そんな思いをもて余していたある日。委員会が長引いてしまい、俺は急いで教室に向かっていた。西日が差す廊下を進み、教室の扉を潜ろうとしたところで、ぴたりと足が止まる。
    「……不死川さ、いつまで続けんの?」
    「あ? ……何が」
    「冨岡だよ。ちょっと前からえらく仲いいけど」
     複数の声が聞こえる。その内一つは、不死川の声だった。自分の名前が出たことにびくりとして、その場に立ちすくむ。
    「……なんか問題でもあんのか?」
    「だって、お前……冨岡だぞ? 暗いし、何考えてんのか分かんねえし」
    「…………」
     途端に心臓がぎゅっとした。嫌な汗がこめかみを伝う。
     全くもってその通りだ。俺自身、ずっとそう思ってたんだから、クラスメイトなら尚のことだろう。分かってはいたが、直接聞くと胸がぎりぎりと締め付けられる。
     バクバクと鳴り響く心音を感じながら、そっと中を窺う。あまり身を乗り出すと気付かれてしまうから、実際はほとんど見えなかったけど。
     不死川は、どう思っているんだろう。聞くのが怖い。だけど、本当はずっと胸の内で渦巻いていたことだ。不死川は優しい人だから、お情けで一緒にいてくれるんじゃないか。だって、俺なんかに優しくしても、何もメリットがない。話すのも苦手で、何一つ楽しい話題も提供できない。小説だって、ただ書いてるってだけで、内容は素人レベルだ。そんな俺に、なんで?
     隠していた気持ちが、次々に吹き出してくる。心臓がもんどり打っていて気持ち悪い。汗が絶え間なく垂れてきて、こめかみを伝う。それでも、ほんの少しも聞き漏らさないように、ただその時を待った。
    「お前にベタベタして、なんか距離ナシっぽいしさ。優しさで一緒にいるんなら、そろそろ――」
    「……そんなこと、言うな」
     いきなりだった。クラスメイトの話を遮り、不死川が静かに言う。おちゃらけてない、真面目なトーンの声だった。瞬間、ヒュッと喉が鳴る。周囲に聞こえないか心配になるほどの音がして、慌ててごくっと飲み込んだ。
    「あいつは……俺の大事な友達だ。悪く言うんじゃねェ」
    「……そ、そうだな。ごめん」
     不死川はもう一度念を押すように言った。その声にクラスメイトは少したじろいだ後、不死川に謝る。その間大した時間は経ってない筈なのに、体感では何時間にも感じた。
     二人はそこで会話を終了したようで、軽い挨拶の後、クラスメイトが教室を出てくる。俺は慌てて物陰に移動し、それをやり過ごした。足音が遠のくのを確認して、また教室を覗き見る。
     不死川は、その場でぼーっと佇んでいた。窓の方を向いていたから、表情は分からない。ただ、夕焼けでオレンジに染まる白髪がすごく綺麗だった。その様に、胸がきゅっとする。
     不死川が、俺のいないところで俺を庇ってくれた。その事実だけで息が苦しくなって、シャツをぎゅっと握り締める。何かが溢れそうになって、胸も目も痛い。
     その時、気付けば触れていた扉ががたん! と大きな音を立てる。「しまった」と思った時には、不死川はびくっと肩を跳ねさせ、こちらを振り向いていた。
    「! と、冨岡」
    「……不死川」
     本当に俺がいたことに気付いてなかったらしい。不死川は酷く驚いた顔をしていた。大きく開いた目に、夕陽が反射し、揺れる。
    「もしかして、さっきの…………聞いてたか」
    「荷物、取りに来たら……ご、ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだけど」
     気まずくて顔を伏せていると、何かを察した不死川が、言いづらそうに口を開いた。咄嗟にうまい返しも出来ず、正直に白状する。不死川は「あー……」と小さく唸り、こめかみに手を遣った。
    「……嫌な思いさせて、ごめんな」
     それから、ぽつりと呟く。申し訳なさそうに斜め下を向く彼に、俺は慌てて口を開く。不死川が謝る必要なんかない。俺は。
    「いや、その……嬉しかった。誰かにそんなこと言ってもらえたの、初めてだったから。嬉しかった。本当に、ありがとう……」
     途切れ途切れに言葉が零れる。言っている内にどんどん目頭が熱くなって、視界が滲んだ。許容量を越えた水が、ぽろりと頬を垂れていく。いくつも、いくつも。
    「ばか、何泣いてんだ」
     言語化できない感情が、全部目から溢れていく。不死川はぎょっとして、すぐにかけ寄ってきた。タオルで優しく顔を拭ってくれたけど、それでも涙は止まらない。
     ずずっと鼻を啜る俺の方を、不死川がじっと見つめる。それからふっと顔を逸らし、小さく呟いた。
    「……俺は、おめぇのこと、好きだよ。いい奴だって、思ってる。だから」
    「うん……ありがとう、ありがとう……不死川」
     折角収まりかけていたのに、その一言でまた泣いてしまった。どれだけ泣いたら気が済むんだというくらい、涙が零れてくる。そんな俺を茶化すでもなく、不死川は、見回りに来た先生に怒られるまでずっと、一緒にいてくれた。
     何とか家に帰り着き、自室のドアを潜る。制服も着たままで、ぽすっとベッドに倒れこんだ。
    (どうしよう)
     さっきの不死川とのやり取りが、ずっと頭を回っている。整理しようにも頭がぼーっとして、流れる記憶をただただ傍観するしかできない。
    (……好きだって、言ってもらえた)
     枕に顔を埋める。頭だけで横を向くと、自分の机が見えた。お気に入りのペンと、新しく買い足した原稿用紙が乗っている。
     嬉しかった。だけど、それと同時に、胸が痛くなった。
     自分が好きな友達に、好きだと言ってもらえた。本当に嬉しいし、幸せだ。それだけでもう、十分だ。十分すぎる。その、はずなのに。
    (……俺は、何考えてるんだ)
     俺は何で、物足りなさを感じてるんだろう。物足りないって、なんだよ。
     俺は、不死川と今みたいに一緒にいたくて。ずっと傍にいたくて。また小説を読んでほしくて。たくさん話がしたくて。……できれば、不死川の一番でいたくて。一番になりたくて。友達として。……友達、として?
    (……あれ?)
     心臓の音が、急速に激しさを増す。音はどんどん大きくなって、耳の内から飛び出しそうな程響いてくる。
     周りの音が消えてしまった気がして、俺は慌てて起き上がり、シャツの胸元を掴んだ。シーツが擦れる音、ギイっとベッドが軋む音。大丈夫。ちゃんと聞こえる。
     でも、何度深呼吸しても、落ち着かない。頭の中が不死川でいっぱいになる。どうしよう、怖い。悲しくもないのに泣きそうになって、落ち着かなくて、周囲を見回す。
     俺、おかしい。こんなの変だ。何かが溢れそうで、苦しい。
     俺、どうしよう。不死川に、そんな。変だろ。おかしいだろ。
    「不死川……」
     どうしようもなくて、呆然とする。縋るように見つめた先には、ペンと原稿用紙が佇んでいた。
     
     *****
     
    「お! 来たか新作! 久し振りだなァ」
    「まだ、途中なんだけど……」
     キラキラする目をちらっと見ながら、原稿用紙を渡した。早速ペラペラと捲り始める彼を横目に、小さく息を吐く。
     次の話は……恋の話だ。ある、何の取り柄もない男が、恋をする話。
     ある女性がひょんなことから話しかけてくれて、それをきっかけに仲良くなっていく。その人はすごく優しくて、温かくて。いつしか男は、その人に恋をしてしまう。でも、男は叶う訳がないと思った。男には何もいいところがなく、その女性には相応しくないと思ったから。女性はそれからもずっと優しくしてくれた。一緒に居ると嬉しいのに、それと同じだけ苦しくて、泣きたくなる。本当は伝えたいけど、怖くて伝えられない。
     そんな、どうしようもない男の、話だ。
     この前、頭も胸もパンクしそうになった時、原稿用紙に書き殴ったのがこれだった。普段の何倍も字が汚くて、ちゃんと読めるか心配になる。いや、それ以上に。何でこれを不死川に見せてしまったんだろう。この話を読んで、不死川はどう思うんだろう。
    「…………なんていうか。描写? がリアルだなァ……読んでるこっちが切なくなっちまった」
     零れた声に、はっとする。慌てて横を向くと、不死川が神妙な顔をして原稿用紙を抱えていた。吹き抜ける風が、彼の柔らかい白髪を揺らしていく。手元を眺める藤の目からは、感情が読み取れない。
    「……こういう奴に好きになってもらえたら、幸せだろうなァ」
     ぽつり。また不死川が口を開く。穏やかな笑みに、心臓が跳ねて、胸が詰まる。不死川は少しだけ天を仰いで、それから俺を見た。
    「続き、楽しみにしてる」
    そう小さく零して、不死川はまた笑った。
     
    (……困った)
     自室で原稿用紙とにらめっこする。もうどれくらいそうしているのか分からない。気晴らしにボールペンを回そうとすると、つるりと滑って、からからと机の上を転がった。
     筆が、進まない。あの話の続きが浮かばない。原稿用紙と同じくらい真っ白だ。これまで色んな話を書いてきたが、こんなことは初めてかもしれない。
     別に、空想の話だ。話を作っているのは俺だ。自分が心地よいと思う展開を書けばいい。そう思うのに、手が全然動いてくれない。
     俺には、できない。都合のいい話にはしたくない。だけど、結末が浮かばない。否、考えたくない。書こうとすると、途端に頭がぐるぐるして、文字が浮かばなくなる。
    「冨岡、調子はどうだァ?」
    「ごめん……まだ、浮かばなくて」
    「そっか……」
     不死川が折を見て話しかけてくるが、上手く答えられなかった。不死川は何も悪くないのに、気まずくて目が見られない。ここ最近は、自分から不死川に話しかけることもなくなっていた。話をしたくて、顔を見たくて堪らないという気持ちになったと思えば、会いたくない、苦しいと、それが萎んでいく。
     ご飯も、一人で食べた。帰りも、一人で帰った。委員会の仕事とか家の用事とか理由をつけて、意図的に不死川と関わる時間を減らしていった。
     相変わらず話の続きも浮かばなくて、書いてはくしゃくしゃにした原稿用紙が、ゴミ箱に山を作る。このまま書けなくなったらどうしよう。心配になるけど、だからといってどう対処したらいいのか分からない。
     なんとなく、話を書かないと不死川に会ってはいけない気がした。だから、会わない、会えない。なんて。
     嘘だ。勝手に自分で決めつけてるだけだ。俺が、不死川と会いたくないから。会って何を言われるかが怖いし、文章じゃない、生身の気持ちが溢れるのが恐ろしかったから。
     俺が、不死川のことを……好きになったんだって。そして、その口にはできない思いを、小説にしてぶつけてしまったんだって。
    「……どうしよう」
     髪をぐしゃぐしゃにして、机に顔を伏せる。
     話の続きも、不死川とどう接していいのかも、いくら考えても浮かばなかった。
     
     *****
     
     そうして数週間ほど経った頃だった。自分の机で俯いていると、目の前に影が差す。緩慢な動作で顔を上げると、大きな藤が俺を見下ろしていた。
    「……なあ。飯、食おうぜ。一緒に」
    「……」
    「いつもの場所で、待ってっから」
    「あ……」
     俺の返事を聞くことなく、不死川は背を向けた。自分の席に戻ったと思ったら、すぐに荷物を抱えスタスタと教室を出て行く。まだ返事もしてない。だけどそのまま無視する訳にもいかず、俺も鞄を抱えて後を追った。
     階段を駆け上がり、古びたドアを開けた先に、不死川はいた。いつかのように、もう弁当を広げて卵焼きをつついている。
    「……ごめん、先食ってた」
    「うん、大丈夫」
    「…………」
    「…………」
     沈黙が流れる。多分、こんなことを話すために呼ばれた訳じゃないだろう。不死川の声音は静かで起伏に乏しく、全くと言っていいほど感情が読めない。それが怖かった。
     立ちっぱなしでいるのも不自然だったから、俺もおずおずと不死川の隣に腰掛ける。鞄からいつものパンを取り出し、ぴりりと袋を破る。そうしてもそもそと囓り始めて数口のところで、隣の気配が動いた。
    「……こうして食べるの、久しぶりだな」
    「……うん」
     呟きのような声に、頷く。それからまた、無言が広がった。どうしたものかと不死川に目を遣ると、不死川はちらっと俺を見て、前を向く。その目はフェンスを跳び越え、どこか遠くを見ているようだった。
    「……続き、さ」
    「?」
    「冨岡が書いてる間に、俺も考えてみたんだ。俺も真似して書いてみようかなって。……女目線で気持ち悪いかもしれないけど、聞いてくれるか?」
     いやに明るい声だった。不死川は少し笑って、ふうと息を吐く。もう一度吸って、吐息と共に口を開いた。
    「……女から見たその男は、すごく自信なさげで、自分を卑下する奴だった。女は、それが不思議で仕方がなかった。だって、そいつはすごくいい奴だったから」
     俺はパンの袋の口を折り畳んで、脇に置いた。落ち着かない気持ちを懸命に抑えながら、不死川の声に耳を傾ける。
    「好きなことを話す時の男は、目がキラキラしてて、すごく綺麗だった。女は、その顔を見るのが好きだった。男がとても眩しく見えて、羨ましかった」
     ちらっと不死川を見る。空を見上げる藤に光が当たって、ゆらゆらと揺れている。独り言のような、小さい子どもに読み聞かせているような。そんな不思議な語り口で、不死川は続けた。
    「周りもいい奴だって分かったんだろうな。男は、だんだん女以外の奴とも話すようになった。女は嬉しかった……だけど。徐々に、それが嫌だと思うようになった。自分だけだった男が、遠くに行ってしまった気がして。その気持ちは日に日に膨らんでいって……そしてある時気付いたんだ。…………その男を、好きになってたんだって」
    「……」
     心臓が、徐々に速さを増していく。
     俺は男性の目線で書いていた。女性目線はイメージできなかったから。だからこそ必死に推測しながら書いてたんだけど、やっぱり分からなくて、どうしようか悩んでいた。女性がそんな風に思っていたなんて、考えもしなかった。
     さっきから、胸が苦しい。不死川は、話を考えるのが上手だな。きっと俺よりもずっと面白い話を書けるんだろうな。なんて思って、自分を誤魔化した。だって。
     このままじゃ、変な勘違いを、して、しまいそう、だから。
    「でも、伝える勇気が出なかった。今の関係が終わってしまうのが怖くて。男が離れていくのが怖くて。だけど、それでも伝えたかったんだ……………………避けないでほしい。お前が、好きだって」
     瞬間、ヒュッと喉が鳴る。
     顔が勝手に、不死川の方を向く。それとほぼ同時に、大きな藤の目が俺の方を向く。
     目尻にたっぷりの水を湛え、頬を赤く染めながら、不死川は真っ直ぐに俺を見つめていた。
     何かを言わないと。そう思うのに、口がわなわなと震えて声が出ない。喉が締まった感じがして、ひゅうと細い息が漏れる。息苦しい。
     不死川も何も言わない。お互いを見つめたまま、時間だけが過ぎていく。少し強い風の音が、耳の傍を通り抜けていく。
     そうしてどれくらい経ったか。不意に不死川が顔を逸らした。ふっと雰囲気を変え、困ったように顎を掻く。
    「……小説って難しいな。書こうとしても全然書けねえし、なかなか続きが浮かばねェんだ。冨岡は…………どう、思う?」
     風に煽られ、不死川の髪が舞う。大きな目に溜まった水が、ぽろりと頬を伝っていく。
     それが視界に入った時には、俺は不死川を抱き締めていた。不死川は一瞬体をびくつかせたが、すぐに弛緩する。ゼロ距離で不死川の匂いや温度が伝わってきて、目許が熱くなる。視界が一気に滲む。
    「……ありがとう。不死川のおかげで、結末が書けそうだ。できれば、これからも続きを書いていきたい……いいだろうか」
     俺も、好き、です。肩口の不死川に告げると、逞しい腕が背中に回ってきた。すり、と柔らかい髪が俺の首元を撫でてきて、くすぐったい。
    「……そりゃ、大作だな。楽しみにしてる」
     呟くような声に、ゆっくりと体を離す。ぼやけた視界の先で見えたのは、男が大好きな笑顔だった。
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