赤い糸が、見えるようになった。
運命の人の小指と小指を結ぶという、少女漫画によく出てくる伝説のアレ。それが突如友也の視界に出現したのは、三日前の朝のことだった。
普通の「真白友也」の身に起きた摩訶不思議、超常現象。
友也はまず、眼科に行ってみた。突然の眼の異常、ごく普通の対応ではあるが、大事なことだ。
結果、原因はわからなかった。夜中遅くまで台本を読んだり、漫画を読んだりする生活習慣に苦言を呈されて、目薬を一つ渡されただけで終わってしまった。
次に、いつも追い掛け回されてる変態仮面のことを疑った。また奴の突拍子もない何かのせいでおかしくなったのかと思った友也は、本人に直談判をしに行ったが、彼には全く覚えがないようで空振りに終わった。
Ra*bitsの活動もここ最近は忙しくもなりつつあるし、何よりこの赤い糸は、友也の生活をそこまで邪魔するものでもない。
ただ、非現実的な糸が宙に浮いて見えるようになっただけ。他に悪魔や天使、はたまた幽霊などが寄ってくるようになったわけでもない友也は、結局この件を他の誰にも話さず、そのまま様子を見ることにした。
夢ノ咲学院のガーデンテラスにいる今、幼なじみが紅茶を淹れてくれるのをいそいそと待っている間も、テーブルの下、寛ぐ人々の合間、皆の頭の上を赤い糸が何本も伸びているのが、友也には見える。
この三日間でわかった、この赤い糸の法則はいくつかある。
まずこの赤い糸が見えるのは、半径5メートル以内の範囲。世界中全ての人々の赤い糸が見えるわけではないということだ。
そしてその赤い糸は、太さは細さ、色の濃淡があったりもすること。
昨日の帰り道、太い頑丈そうな糸で繋がっていたカップルを見かけたが、喧嘩が徐々にヒートアップするにつれて、糸がどんどんと細くなり、終いには見えなくなってしまった。糸は、人の感情に左右されていくらしい。
友也は、赤い糸を視認しても、極力無視するにしていた。
糸は人と人を繋ぐもの。それに余計な口を出さない方がいいと思ったし、何より糸が見えることを友也は他の誰にも話していない。面倒も避けるべきだと思った。
「友也くん、どうぞ」
そう言って目の前に座る創が差し出してきたのは、涼やかな色合いをしたアイスティーだった。カランと氷の音を鳴らすグラスを受け取りながら、友也は、ありがとう、と礼を口にする。
創は自分の前にも同じグラスを置くと、くるりとストローで氷を回した。
「最近の友也くん、なんだか元気が無さそうなので......少しでもリラックスしてもらいたくて、用意したんです。是非ゆっくり飲んでくださいね」
はんなりと柔らかく微笑む創の指先を、友也は無視しようと心に決めていながらも思わず見つめてしまう。
その先に伸びる細い赤い糸を目で追うと、それは紛れもなく自分の薬指へと辿りついているのだ。
(これ……どうしたらいいんだろう……)
最近の懸念はこの件だ。創からこの糸が伸びているというだけで驚いているのに、それがまさか自分に結びついているだなんて。
でもこれを知ったというところで、今までと態度を変えたりするつもりはない。