9/19 はやく/菅服
その体温を知りたくない
「キスしてくれたら諦めつくかもしれないです」
無事に業務を終えて帰路に着く駐車場で、菅野は服部を引き留めた。好きですの一言に諦めなと返事をもらうのは、これで何度目だったか。何度も繰り返した問答の中で、例え先に続く言葉を知っていようと、菅野が想いを伝えることを諦めた日はなかったし、服部もまた菅野の言葉を毎度、律儀に最後まで聞く。これは、その中に差し込まれた一つのイレギュラーだった。
未練を断ち切るための口実、その常套句をまさか自分が言う側になる日が来るとは思っていなかった。もちろん、半分以上が冗談のつもりだったが。菅野は口をついたそれを脳内で反芻して、服部の様子を伺う。一転してしんと静まり返る空気に、他所の車のエンジン音だけが微かに響いた。その空気に居た堪れなくなって、菅野は努めて明るく響くように声を張る。
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