【炎博♀】波打ち際で跳ねて、踊って▼
ビーチの開放的な雰囲気と、燦々と降り注ぐ太陽光に目を細めたら、海水に浸った柔らかな砂に踵を掬われた。
そのまま真後ろに倒れてしまうと身構えた寸前、伸びてきた腕に支えられる。確りと腰をホールドされ、海面にダイブすることは防がれた。
顔を上げれば、太陽光を背に似つかわしくないほど仏頂面をしたエンカク。サングラスの向こう側の瞳が、私を非難していた。
「気をつけろ」
「ありがとう、エンカク」
ゆるりと腕が離れていく。
この暑さだというのに、彼は汗ひとつ掻いていない。
水着を着たら、と提案してみたものの見事に突っぱねられ、いつもよりラフではあるが普段着だ。ボトムスの裾を捲り上げ、海に入っている。
私といえば、オーキッドに強く勧められ、断ることができなかった黒いオールインワンの水着を身につけている。日焼けしないようにとケミカルレースのガウン付きだ。日焼けは気にしないと言えば、オーキッドは無言で強めの日焼け止めも一緒に渡してきた。あの圧には逆らえない。
なので、濡れたとしても、なんら問題はない格好をしているのだ。
けれど、お目付役のエンカクには水際で足を浸す程度にしろと言われ、膝上の深さの場所へは行かせてもらえないし、泳ぐなんてもってのほかだ。――まあ、私は泳げないのだけれど。
私の隣を、大きな浮き輪を抱えた子供が走り抜けていった。
「浮き輪か。いいな」
エンカクを振り向くと、あからさまに面倒くさそうにしかめ面をされた。
「お前は子供か」
「失礼だな。泳げないのだから、大人だろうと補助具を用いても何も恥ずべきことではないでしょう」
薄手のジャケットの裾を引っ張ってみせる。
エンカクは小さくため息を吐いて「待っていろ」と砂浜の方へ歩いて行った。遠くなる背中をぼうっと眺める。
いくらエンカクが強面で異様な殺気を放つサルカズとはいえ、この浮かれたビーチの雰囲気に呑まれた異性から声をかけられてしまうかもしれない――などと考える。
そんな彼を揶揄ったら、どんな表情をするのか。そんな空想をするのが楽しい。口元が緩んだ。
ぱし、と右手首が掴まれる。
「お姉さん、危ない。転ぶよ」
振り返ると、そこに立っていたのは見知らぬペッローの若い男性。
こんがりと日焼けしたヘルシーな肉体を全面に出し、派手な色彩の水着は目に痛いほどだ。首元で輝くゴールドネックレスが太陽光に照らされてさらに眩しい。
まさか、声をかけられたのは私の方だとは。少し驚いた。
転ぶほど体勢を崩してはいないが、そういう手口なのだと理解している。
「ありがとう」
礼を言ってやんわりと手を振り解こうとしたが、手首を強く握られていて叶わなかった。
「お姉さん、ビーチの方で少し休んだ方がいいんじゃない? オレのパラソルのところにおいでよ。ビールも冷えてるし」
男の指差した方を見れば、これまた派手なパラソルの下に数人のペッロー男性たちが座ってこちらを眺めていた。
男性しかいないところを見ると、いまのところ収穫はないようだ。もちろん私が最初の収穫物になるつもりは毛頭ないが。
「いや、私は――」
「あっ、クラフトビールの方が好きとか? もちろんあるよ、オレも好きでさ、いっぱい取り寄せたんだ。もちろん、ビールに合う肉も焼くし、どう?」
餌の数々を丁寧に並べられても、微塵も魅力を感じない。無感動の私を見ても、目の前の男は鼻息を荒くしているだけで退く気はないらしい。
整備されたコンクリートの上ならば走って逃げることも可能だが、足場の悪い水際というのがその判断を阻む。
なんと言えば諦めるだろうかと思考を巡らせていると、突然男が体勢を崩して、水面に倒れ込んだ。大きな水音。派手に水飛沫が舞う。
「何をしている」
ドスの効いたエンカクの声だ。
どうやら男を横から突き飛ばしたらしい。
「エンカク、暴力はよくない」
「こいつが勝手にバランスを崩しただけだろう」
じろりと足元に倒れている男を睨みつける。
意外にも男は、
「な、なにすんだよ。アンタ、彼氏か?」
とエンカクに食ってかかった。
エンカクは何も言わずにしゃがみ込んで、男の胸ぐらを掴んで引っ張り上げた。
「だったらなんだって言うんだ。お前に関係あるか?」
エンカクの背負っている剣に気付いたのか、男は情けない悲鳴をあげながら砂浜へ駆けていった。
フン、と鼻を鳴らしたエンカクがこちらに向き直る。上から降ってくる視線は思ったより柔らかい。
「何か言いたげだね」
「お前でも、ああいう虫が寄り付くのだなと思ってな」
「ふふ、物好きな虫だったね。こんな顔色の悪い、貧相な身体の女に、どんな蜜があると思ったんだろう」
ガウンを半分脱いでみせる。
自分でも、見るに堪えない身体だと思う。
どこもかしこも痩せ細って骨が浮いているし、柔らかな部分は少ない。あちこちに古傷があるし、腕には無数の注射痕が刻まれている。目の下の隈はおそらく一生消えないだろう。
こんな身体のどこに魅力を感じたのかな、あの男は。そう自嘲する。
「蜜――ねぇ……」
「エンカク?」
サングラス越しのエンカクの瞳は不敵に揺れている。
脱ぎかけたガウンをしっかりと着せられた。丁寧にボタンまで留められた。
「お前のそれは蜜というより、毒だろうな」
「うん? 悪口かな?」
「どうとでも受け取れ。ほら、もう上がるぞ」
問答無用に手を引かれて砂浜へ向かう。
決して振り解けないような強さではなかったけれど、振り解こうとは思わなかった。
何故だかエンカクの機嫌が良い。何かした覚えはないけれど、それを害うのはもったいない気がした。