カドモリ書きかけ「〜〜♪」
カドックに教えてもらった音楽のフレーズを鼻歌に乗せながら日付の過ぎたカレンダーに×印を付ける。ついでに始末の終わった学生の名前にも。
工学部の貴公子、正真正銘の天才、将来のノーベル賞候補。彼らの言う事は正しい。彼らの言う通り、ジェームズは父であるモリアーティ教授から天才的な頭脳を受け継いで生まれてきた。しかしーーそれだけでは大きなピースが足りない。
明るい好青年の表情の影で謀略の糸を張り巡らせ、自分の手は汚さず目的を達成する才能。己の些細な表情筋の動きだけで人の心理を操り陰謀の罠に嵌める才能。
「〜♪ 〜〜♪」
カドックをいじめたゼミ生、彼のバイト先で理不尽なクレームを付ける客。もはや覚えておく必要のない文字の羅列達にさくさくと×をつけていく。
父から受け継いだのは天才的な頭脳とーー悪の素養。
黙って蹂躙され迫害されるくらいなら、悪をもって悪を制するくらいで丁度いい。使い方によっては大切な人を守る力にもなる。
ただそれは己の中だけの善だとは自覚している。世間一般的に見てジェームズの行いは悪であり、サイコパスだの後ろ指を指される性分であることは自覚していた。
ペンを置き、昨晩どちらにしようか悩みに悩んだシャツに袖を通す。鏡の前でくるりと回り、シャツに皺一つない事を確認した。跳ねていた髪をヘアワックスで撫で付ける。
「……よし、」
彼にだけは知られたくないもう一つの顔を人好きのする笑顔に隠して今日もジェームズは彼に会いに行くのだった。