バタークリームで彩られたバースデーケーキが床に落ちて、無惨に砕けていた。カラフルなチョコチップやチョコスプレーがクリームと共に散って、ひどく甘ったるい匂いが一室に充満していた。割れた風船。散り散りになった紙吹雪。全てが煩わしくクレタスの気分を害していた。そのベタつく香りを上塗りするかのように感じるのは鉄っぽい生臭さだった。赤、ピンク、青、黄、緑とクレヨンの箱を開けたようなカラフルなケーキの残骸に、ねっとりとした血が流れていく。
小さな薄い掌で握ったナイフは不釣り合いな程に大きく、柄に指が回りきらない。血と脂で滑るそれはうっかりすると手から滑り落ちてしまいそうだった。幾分と低くなった己の視界より更に下に位置する、今し方ナイフで鳩尾を刺した相手を見下ろした。男か、女かさえも分からないほどにその存在は不明瞭だった。ぼんやりとした影にしか見えないそれの肉を切り開き、内臓を刺し貫く感触はしっかりと感じていたのに、その相手が誰であるかも分からない。
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