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    takeruru_Y

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    自動販売機用の花束を作った花屋のイサミと、自動販売機の花束に惚れたスミスのシン花。

    ラブ・ストーリーはまだ始まらない。 朝早くから夜遅くまで大勢の人々が行き交う駅。
     そのとある通路にて、壁際にポツンと佇む一台の自動販売機。
     側面に〝ブレイフラワーの花の自動販売機〟と記された長方形の箱。
     退勤し、胸元に『ブレイフラワー』と書かれたエプロンを脱ぎ捨てたイサミ。彼は少し離れた場所から、つい自販機へと視線を向けてしまうのであった。
     イサミ・アオは某駅の改札を出て直ぐの場所にある花屋で働いている男である。店頭の花の世話や顧客対応が主な仕事であったのだが、最近になって新たな業務が増えた。
     ――自動販売機で販売する小さな花束を作る事。
     時短での販売経路の開拓はあらゆる業界で進んでいたが、まさか花屋にまで影響が出てくるとは。それが、イサミが真っ先に抱いた感想である。だが同時に、イサミは思った。一定の需要は確実にあるだろうと。
     イサミが務める店舗はハブステーションに位置していた。花屋であるのだから、当然ながらじっくり店員と相談をしながら花を購入していく客層は存在する。けれども、店頭に並べた花束を「これ」と瞬時に購入していく真逆の客層も存在するのだ。
     自動販売機という手段であれば、後者の客層に一層アプローチ出来るのではないか。それが上層部の思惑である。
     試験的な運用から始まった花の自動販売機であるが、結果としては本運用となった。想定以上の売上を出している状態なのだから。
     そうなれば、自動販売機で販売する為の商品を継続的に作る必要が出てくる。店頭での対応をしつつ、イサミはこつこつと日々花束を作り続けるのであった。
     どこかの誰かが、どこかの誰かの為に。
     または、自分自身の為に購入してくれる花束を。
     イサミにとっては特に変わりのない作業であった。店頭で注文を受けて花束を作る時も、店頭に並べる誰が手に取るか分からない――誰も手に取らないかもしれない――花束を作る時も、イサミは常に同じことを思っているのだから。

     ――どうか、この花束を手にした人が、少しでも花を楽しんで貰えますようにと。

     けれども、イサミの花屋人生で一つだけ〝差異〟が発生したのである。
     それは、花を購入する人が誰なのかが分からないということだ。
    (だからって、わざわざ自販機を確認するつもりはねぇけど)
     退勤後の帰路の途中、自販機に視線を向けてしまったイサミは己に言い聞かせる。
     自販機で購入する客層には〝急いでいる〟人だけでなく、〝花屋で花を買っている姿を見られたくない〟や〝店員とのやり取りが煩わしい〟と考えている人がいる可能性がある。今、自販機の前に立って購入している様子のスーツ姿の男性だってそうである。
     顧客の意思に反する行為はすべきではないと、イサミは直ぐに視線を反らそうとした。
     反らそうと、したのだが。
    (――あっ)
     イサミは気づいてしまったのだ。
     ブレイフラワーの自販機の前でしゃがみ込み、取出口から花束を取り出す男性。
     立ち上がった背丈は自販機よりも僅かに高く、イサミより体格が良いと察せられた。その手には小さな花束が握られていたのである。
     間違いなく、イサミが作った花束が。
     そして、その花束を見つめる男の横顔が――あまりにも、優しくて。
    「……」
     己が作った花束をそこまで愛おしく見てくれる人を見るのが、イサミは初めてであった。
     数秒その場で立ち止まってしまったイサミ。駅の利用客に押しのけられて、己が通路の邪魔になっていると気付いた彼は慌てて早足でその場から去る。
     頬の火照りの理由が分からぬままで、彼は駅の改札口を通り抜けるのであった。

    ***

    「イサミ、最近はブルースターがお気に入りなの?」
     同僚のヒビキにそう尋ねられ、イサミはふと手を止めるのであった。
     現在、彼が作っているのは自動販売機で販売する予定の花束である。販売方法故に、作る花束のサイズは小さめだ。だから、使用する花も小型の物を選んでいた。
    「……そうかも、しれない」
     だが、イサミは指摘されて気付くのであった。確かに自分はブルースターばかりを選んでしまっていると。
     あの時、男が手にしていた花束で使われていた花を。
    「イサミ?」
    「いや、何でもない」
     頭を振るって、イサミはブルースターに伸ばしていた手を引っ込める。花束の購入者はあの男だけではないというのに、自分は一体何をしているのかと己を叱責しながら。
     イサミの様子に首を傾げるヒビキであったが、彼女は店頭に客が現れた気配を察して彼の傍から離れていくのであった。
     イサミはほっと溜息を吐き出す。ヒビキは鋭い。彼女から己の動揺を隠しきれる自信はかなかったので、助かったと。
     あの日以来、イサミは自販機の傍を通らないようにしていた。帰路は遠回りになってしまったが仕方ない。職権乱用のようで居た堪れなかったし、何より怖かったのだ。

     自販機の前に立つ男をもう一度見てしまったら、自分は己のどうしようもない感情の名前を認めないといけなくなるのではないかと。
     自販機の前に男がいなかったら、自分は残念がってしまうのではないかと。

    (どこの誰とも分からない人なのに)
     それは、あまりにも一方的な〝一目惚れ〟で。
    (俺は何をしているんだ)
     ブルースターの花言葉は『幸福な愛』。
     可憐な青色の花が持つ美しい言葉とはほど遠い己の感情に後ろめたさを抱きながら、イサミは再びブルースターに手を伸ばしてしまうのであった。

    ***

     ――だから、もう一度見たくはなかった。
     退勤後、久しぶりにヒビキ達との飲み会の予定があったその日。
     イサミは近道だからと〝ブレイフラワーの花の自動販売機〟がある通路に足を運んでしまったのだ。
     結果、彼は見てしまったのである。
     自販機の前に立つあの男の姿を。それも以前より近い距離で。イサミは、彼の顔をはっきりと視認してしまった。
     遠目でも綺麗に見えたブロンドの髪に、美しい青色の双眸。ブルースターを想起させる色。
     彼はその手に花束を持っていた。イサミが拵えたブルースターの花束ではなく、黄色のガーベラの花束を。
     その花束を、隣に立つ人に渡している姿を。明るく弾けるような笑顔と一緒に。
    「――」
     イサミはより駆け足となって、大勢の人に紛れて彼らの横を通り過ぎた。
     歩き続けながらイサミは思い出す。男がイサミが作った花束を持って、優しく微笑んでいた姿を。
    (馬鹿か俺は。何を勘違いしてたんだ)
     イサミは彼の笑顔が花束に向けられていると、酷い勘違いをしてしまっていたのだ。彼は花束を渡す相手を考えていただろうに。
    (なんて、酷い)
     唇を噛み締めながら、イサミは只管に目的地へと歩み続ける。
     あまりにも一方的な初恋であった。
     イサミは未だ男の名前も、声すら知らないというのに。彼から花束を渡されていた人は間違いなく、男の名前も声も、彼がどんな人間かも知っているのだ。
     そもそも、イサミはスタートラインにすら立てていない。
     それを分かっていた筈なのに、と。
    「イサミ、やっときたか!……イサミ?」
    「イサミさん?」
    「おい、アオ。どうかしたか?」
     待ち合わせ場所にはなんとか辿り着いたイサミ。彼は、己を出迎えてくれた同僚のヒビキとミユ、そして上司のサタケに声を掛けられて不思議に思うのであった。どうして、皆が自分を気に掛けてくれてるのかと。
    「……イサミ」
     すっと、ヒビキがイサミに手を差し伸べる。彼女の手にはハンカチが握られていた。
    「話せるなら、聞くよ?」
     そこで、やっとイサミは気づくのであった。
     己が涙を流していたという事に。生まれて初めて――失恋をしてしまった事実に。
     これから楽しく飲む予定だったのに、己は何をしているのかとイサミは益々情けなくなってしまう。けれども、三人があまりにも温かく受け入れてくれるので、イサミはサタケに支えられて入店した店内で涙と共に全てを吐き出してしまうのであった。

     イサミ・アオ、二十四歳。初めて失恋した日の話である。

    ***

    「ああ、ヒロ!君がいてくれて本当に助かったよ!」
    「そりゃどうも。花を受け取って感謝される日が来るとは思ってもみなかったけどな」
     とある駅に一個だけ存在する花の自動販売機。その前で同僚からガーベラの花束を受け取りつつ、ヒロは苦笑するのであった。
    「それにしても、分かるのか?本当に?」
    「分かるよ。その花束は彼が作った物じゃない。こっちがそうさ」
     再び取出口の前にしゃがみ込み、手に取った花束をヒロに見せながら金髪の男――ルイス・スミスはハッキリと明言するのであった。ヒロが受け取ったガーベラの花束の一つ奥に並べられていたブルースターの花束を愛おしく見つめながら。
     明るいスミスの笑顔を知っているものの、花束を見つめる彼の表情をヒロは今まで一度も見たことがなかった。同時に、彼は確信するのであった。スミスは本気だと。
    「お前、いい加減に店頭で声を掛けてみたらどうなんだ?直ぐそこの店舗で働いている店員なんだろ?」
    「それは……したい。したいさ。でも……」 
     出来なかった、とスミスは項垂れる。
     花の自動販売機の側面に記載されているブレイフラワー。その店舗は、この自動販売機が置かれている駅の構内に存在する。向かおうと思えばいつだって足を運べる場所に在していた。
     そう、行くことは出来る。行くことだけは。
    「ストーカーみたいじゃないか?」
    「俺からすれば、自動販売機に並んでいる花束を誰が作ったかって分かる方が怖いぞ」
    「Oh……」
     がくり、とスミスは肩を落とす。確かに思ってはいたが、友人に指摘されると一層己の〝ヤバさ〟が分かってしまうと。
     スミスの想い人は、数か月前に彼がふらっと立ち寄ったブレイフラワーという花屋の店員であった。
     養女のルルの入園式に関する諸々が落ち着き始めた時、ふと視界に入り込んできた花屋である。駅の改札の真ん前にある花屋。珍しいと好奇心で足を踏み込んだスミスを迎えてくれたのは。
    『いらっしゃいませ』
     一人の男性店員であった。
     角刈りの黒髪に、鳶色の双眸。ブレイフラワーと胸元に書かれたエプロンの下に着ている黒シャツからのぞく腕はしっかりと鍛え上げられており、胸に抱いていた青色の花束は――彼をより美しく見せていたのである。

     理由も何もない。
     スミスは、彼に一目惚れをしてしまったのだ。

     頭を真っ白にしながら、何とかスミスは小さな花束を買って店から離れた。それが、スミスがブレイフラワーに足を運んだ最初で最後の日である。
     以降、何度か店に足を運ぼうとするも、スミスはあと一歩が踏み出せないでいた。
     あまりにも一方的な初恋であった。
     スミスは未だ男の名前も、彼がどういう人間かも知らないのに。だが、彼が拵えてくれた花束の可憐さと美しさが正に彼を表現しているように思えて、スミスは毎日花を丁寧に世話していたのである。
     そんな或る日。スミスは出会ってしまったのだ。
     ブレイフラワーの自動販売機に。
     その中に並べられていた――愛しの彼が作成したに違いない、花束に。
     以来、スミスはほぼ毎日自動販売機の確認をしていた。そして、彼の花束が売られていれば、それを買って帰っていたのである。
     あまりにも連日購入するので、ルルには「スミスはお花屋さんになるの?」と尋ねられてしまった。会社の自席に花を飾り始めたところ、同僚のヒロには「転職するのか?」と揶揄われてしまった。
     諸々の説明をした結果、ヒロが気になるからと着いてきたのが今日である。
    「そもそも、その彼はバイトって可能性もあるよな?社員だとしても、いつ異動があるか分からないぞ。そうなったら、二度と会えないんじゃないか?」
    「怖い事を言わないでくれ!」
    「スミス、俺は本気でアドバイスしているつもりだぞ。お前が本気みたいだからな」
    「ヒロ……」
     青色の花束を両手でしっかりと抱えつつ、身を竦ませるスミスの肩をヒロは強く叩くのであった。
    「礼儀は守って頑張ってみろよ。もし失恋した時には、しっかりと飲みに付き合ってやるからさ」
    「……ありがとうな、ヒロ」
    「良いってことよ」
     ルイス・スミス、二十四歳。明日に勇気を爆発させる事を決意した日の話である。

    ***

    「あの、良かったら……今度、食事に行きませんか?」
    「――え?」
     失恋した日の翌日の出来事だ。
     比較的に客足が落ち着く昼過ぎの時間帯。ヒビキとミユが休憩で店頭にはイサミしか居ないというタイミングで昨日失恋した相手が来店して、ブルースターの花束を注文し、会計後に何故か自分を食事に誘ってきたのである。
    「その、突然、失礼だと思うのですが……!」
     金色の髪に、青色の瞳。
     ハンサムと評されるだろう顔を真っ赤に染めて、必死にイサミへと声を掛けてくる姿。
     ――訳が分からなかった。
     彼には想い人が居るはずで、想い人に花束を渡していた筈で、イサミとは――実際は一度だけ接客をしているのだが、イサミの認識では――初対面の筈で。
     そもそも、仕事中の他人に声を掛けてくるのもどうかと思うのだが――と色々と考えるイサミであるが、昨日ヒビキとミユに恋愛に関して色々とアドバイスを貰えていた彼は気づけてしまったのである。
     これは、好意がある誘いであると。
    「い――」
     失恋したはずの一目惚れをした相手。そんな彼から、声を掛けて貰ったのだから。
    「行き、ます……」
     顔を真っ赤に染めながら、イサミは頷いてしまったのである。
     未だに名も知らぬ男。彼と一緒に、行きたいと。
     
     イサミ・アオ、二十四歳。ルイス・スミス、二十四歳。
     これは、彼らのラブ・ストーリーが始まった日の話である。
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