ラブ・ストーリーはまだ始まらない。 朝早くから夜遅くまで大勢の人々が行き交う駅。
そのとある通路にて、壁際にポツンと佇む一台の自動販売機。
側面に〝ブレイフラワーの花の自動販売機〟と記された長方形の箱。
退勤し、胸元に『ブレイフラワー』と書かれたエプロンを脱ぎ捨てたイサミ。彼は少し離れた場所から、つい自販機へと視線を向けてしまうのであった。
イサミ・アオは某駅の改札を出て直ぐの場所にある花屋で働いている男である。店頭の花の世話や顧客対応が主な仕事であったのだが、最近になって新たな業務が増えた。
――自動販売機で販売する小さな花束を作る事。
時短での販売経路の開拓はあらゆる業界で進んでいたが、まさか花屋にまで影響が出てくるとは。それが、イサミが真っ先に抱いた感想である。だが同時に、イサミは思った。一定の需要は確実にあるだろうと。
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