ししゆま「はい、こっちふたりの荷物ね。教室から持ってきておいたよ」
孝臣と悠馬が閉じ込められていた準備室からひとつ挟んだ隣の空き教室。そこへ立ち寄った千里が三人分の荷物を抱えて出てくる。
開いた扉の隙間から見えた室内の設備に、ここで柳と千里は自分たちを出歯亀よろしく覗き見ていたのだろうことは簡単に察しがついた。こっちは狭くて埃っぽい場所に閉じ込められていたというのに、ソファで寛いでいたのかと思うと少々、いやかなり腹立たしい。
けれどふたりのお節介のおかげで互いの誤解が解け、悠馬との仲も修復どころか進展したのだ。今回ばかりはそこには触れまいと孝臣はひとりため息を吐くだけに留めた。
「ん」
「ありがとう新兎」
「決着がつくまでどれくらいかかるかわかんなかったしね」
「おい、クソうさぎ。俺のスマホは?」
鞄を受け取り目当ての物を探すが見当たらない。視線は鞄に落としたまま孝臣は千里に問いかけた。
「え? ああ、そういえば机に出しっぱにしてたんだっけ。忘れちゃった☆」
「チッ使えねー」
わざとらしく舌を出してウインクする千里にそれだけ言って孝臣は悠馬たちに背を向けた。
「ちょっとーせっかく鞄持ってきてやったのにその態度はなくない?」
「教室に戻るのか? それなら一緒に──」
「いいからお前は先に帰ってろよ。ずっとあんなとこいたんだ、疲れてんだろ」
背後からふたりの声がほぼ同時にかかる。孝臣は首だけ振り向いて悠馬を見やった。
「ほんっとゆまぴには優しいよね~? オレにはお礼のひとつもない癖に」
「うっせ。文句言う前にスマホくらい持ってこい」
「はあ~? ゆまぴ、今の聞いた?」
孝臣のもとへ半端に足を踏み出したまま止まっていた悠馬の腕に千里が抱きつくように自分の腕を絡めるのを視界の端に捉え、不愉快さに眉間にしわが寄る。
「ゆまぴこんなやつほっといて帰ろ帰ろ。最近まともにゆまぴと話せてなかったしオレゆまぴ不足なの。オレのことも構って~」
「獅子丸」
「あ?」
「えっと、また寮で」
「お、おお」
立ち去る前に一言くらい文句を言ってやろうと口を開きかけたところに悠馬から名前を呼ばれる。思わず不機嫌さを全面に滲ませた声が出てしまった。
マズい。
そう思う間もなく悠馬の顔を見れば、言われた本人はさして気にした様子もなくふわりとはにかんで孝臣へ小さく手を振った。
本当に一瞬だった。
それまであった不愉快さも焦りも悠馬のその表情、言葉ひとつで最初からなかったかのように綺麗に消え去ってしまった。
急かす千里に腕を引かれ歩き出した悠馬に孝臣も軽く手を振った。もう悠馬がこちらを振り返ることはきっとないだろうとわかってはいたけれど。
◆
「あった」
教室に戻り自分の席へと向かう。机には放課後、教室を出た時と変わらずスマホが置かれていた。スマホを手に取り素早くチェックする。特に急ぎの連絡などがなさそうなことだけ確認すると踵を返し扉へと歩き出そうとして、不意に先ほどの悠馬の『また』という言葉が脳裏に蘇った。ぴたりと足が止まる。
今までの悠馬ならきっと孝臣がひとり教室へ戻るのにわざわざ付き合おうなんて言い出したりはしなかっただろう。その事実が悠馬の中で自分が確かに特別な存在になったのだと、実感を伴って孝臣の心を喜びで震わせた。
「やべ……」
今更ながらに気恥ずかしくなり孝臣は勝手に緩みそうになる口元を押さえた。触れた箇所が熱い。
「くそっこんな顔じゃ戻れねえだろ」
ダサいとは思いつつ抑えることもできず、ずるずるとその場にしゃがみ込み両手で顔を覆う。指の隙間から洩れる吐息すら熱を持っていて、それは当分冷めてくれそうにはなかった。