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    のうわ

    @nouwa__prsk

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    のうわ

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    人型の猫🎈×🌟の過去編パートを載せて我が尻を叩きます!

    加筆修正もしてません!
    過去、親など色々捏造してます!

     オレの家には猫がいる。
     それはみんなが想像するような、小さくてふわふわとしたものではなく、人間の技術の進歩で生み出された、人の形をした猫。見た目は人間にふわふわした猫の耳と尻尾を付けただけだから、コスプレをしている人が隣に並んで仕舞えば、どちらが本当の人間か分からない。が、猫の方には猫の耳だけがあり、人間の耳が無いのでそこを見れば見分けることができる。見た目にはそれだけの違いしかない、限りなく人間に近い存在を、オレは自分の家族として大事に面倒を見てきた。時には一緒に叱られながら、一緒に成長して、高校生になった今も唯一無二の存在として隣にいてくれている。
     今回は、そんな猫とオレのお話である。


     まずはオレが猫をプレゼントされた時の話から紹介しよう。

     オレ、天馬司には咲希というそれはそれは可愛い妹がいる。だが、咲希は長年病に苦しめられていた。
     そのため、咲希はオレが幼少期の頃から入退院を繰り返していて、両親は咲希にほぼつきっきり。「幼稚園や保育園に通う歳の子供を病院にひとりにしてしまう」なんてことになったら、大抵の親は病院に足繁く通い、自分の子供が少しでも寂しい思いをしないように努めるだろう。
     オレの親もそうだった。母さんはほぼ毎日のように妹の病室へ足を運び、許可が出た時には病院へ泊まり咲希の側で一緒に夜を過ごす。
     父さんは仕事があったが、それでもなるべく先と一緒にいられる時間を確保して、咲希の退屈が減るように絵本や小さなおもちゃを買っていたのをよく覚えている。
     オレも咲希が大好きで大事だったから、よく親と一緒に病院へ行き、咲希と一緒に過ごした。それでも、オレは保育園にも通っていたから両親ほど咲希の元へは通えず、誰もいない家に帰ることがしばしばあった。
     以前までは笑顔の咲希と明るい両親の賑やかさで溢れていた家だったのに、咲希が入院してしまってからは静かになることが増えた。
     咲希と母さんが病院に、父さんは仕事で家を空けている家はひどく静かで、いつもよりうんと広く感じて。オレは大きな寂しさを抱える日々を過ごした。
     誤解のないように言っておくと、両親は咲希につきっきりであったが、きちんとオレの事も見てくれていた。
     礼儀正しく在れるように、最低限のマナーを教えてくれたり、オレにピアノを教えてくれたり。そしてオレがショーに魅了されれば、ショーのDVDを買って、いつでも観れるようにしてくれた。
     本当に優しい、自慢の両親だ。だが、オレも寂しくて泣いてしまうような、幼く可愛らしい時代があった訳で。もともとこの歳の子供を家に置いておくことを寂しくさせてしまうと嫌がっていたり、危ないとも考えていた両親が、オレに人型の猫をプレゼントしてくれたのだ。

     天馬家にやってきたのは綺麗な紫色の髪をした、オレと同い年の猫だった。
     音を拾おうとピクピク動くふわふわの耳と、くるんと巻かれた、これまたふわふわのしっぽ。家の中をキョロキョロと不安そうに見回す金色の瞳。父さんに手を繋がれたまま、緊張でかたくなったオレより少し小さな身体。
    「オレは司、天馬司。お名前は?」
    「この子は類っていう名前だよ。後で一緒に、この子についてのお勉強しよう。仲良く安全に暮らしていくためにね」
     父さんの言葉に頷きながら、オレはもう一度まじまじと目の前の猫を見た。
     るい、類。いい名前だ。
     オレは新しく家族の一員になった猫の名前を何回も何回も心の中で呼んでみた。すぐに舌に馴染んだ名前に、なんだかさっそく仲良くなれたような気がして、とても嬉しくなったことを覚えている。
     類に家を案内した後、オレは人型の猫について父さんから説明を受けながら、慣れない平仮名と片仮名でたくさんメモを取った。
     人型の猫は人間と同じくらい長生きできる事。
     言葉を教えれば個体差はあるが話せるようになる事。
     人間に近いので同じご飯を食べられるが、それでも猫に与えてはいけない食べ物は危険な事。
     いい事は褒めて、いけない事をした時にはきちんと叱る事。
     __最後に、愛情を持って接する事。
     オレはリビングでオレと咲希が昔遊んでいたおもちゃを興味深そうに見ている類を見ながら、きちんと類のお世話をする約束を父さんと交わしたのだった。

     まず、オレが一番最初にしたのは、類と仲良くなる事だった。
     オレが近づくと類はぱっと逃げてしまう為、最初は慣れてもらう為に不用意に近づかず、同じ空間でただただ一緒に過ごすことだけを心がける。
     本当は早くそのふわふわの耳やしっぽに触れて見たかったが、「慣れてもらうまでは我慢だよ」という父さんの言葉をしっかり守って、類と少し離れた位置で絵本を読んだり、おもちゃで遊んだり、テレビを見たり。とにかくいつもの自分の生活を送って、自分は安全だと示した。
     すると、初めは逃げていた類が絵本を広げるオレの隣に座ったり、ソファーに座ってテレビを見るオレの足元に寝転がったり、一人で寝ていたはずのベッドに、朝起きたら類がいたなんて事が増えてきて、最終的にはオレが触れても大丈夫なようになった。
     それでも耳やしっぽは嫌がられたから、もふもふしたいのを我慢して、頭を撫でて見たり、くっついて座って一緒にショーの映像を観てみたり、猫だからオレより高い体温をもつその身体を抱きしめてみたり。段々と慣れてくれた類は、オレと一緒にお留守番の時間だけでなく、家族との時間まで過ごしてくれるようになった。

     しばらくすれば、オレにすっかり慣れた類はオレが類から視線を外していると、かまってかまってとアピールをするようになった。
     初めはそれが可愛くて構っていたが、それをされ続ければ鬱陶しくなってくる。その頃オレは小学校に入学して、宿題というものをしなければいけなくなっていた。慣れない宿題に集中している時に邪魔をされるとイラッと来てしまうもので。
     つい、類に向かって怒鳴ってしまったのだ。
     オレの自慢の声量で怒鳴れば、人間より耳のいい猫にとってはとてもうるさかっただろう。しかもいきなりだったものだから、類はビクッと飛び跳ねて、ばっとオレの自室から飛び出して行ってしまった。
     幼かったオレはようやく集中できると、出されていたプリントと平仮名の練習帳に取り組んだ。今思えば、その時に類を追いかければ良かったのだ。
     進まなかった宿題が終わったのはそれから一時間後の事。そのくらい時間が経てば、怒鳴った事を反省する訳で、オレは謝ろうとリビングへ降りて類を探した。
     類はソファーの影で、小さく丸まっていた。耳としっぽはぺたんと下がってしまっている。
    「……るい」
     そう声をかければ、肩を跳ねさせてカタカタと震え出した類の姿に、オレは何も言えなくなった。
     折角懐いてくれたのに、怖がらせてしまった。類をこうしたのは他でもない、オレのせいだ。
     オレは謝りたいのに声をかけれなくて、なんと言ったらいいのか分からなくて。申し訳ない気持ちでいっぱいになった心はぐちゃぐちゃだった。
    「ごめんなさい!」
     オレはばっと類に背を向けて、それだけを震える声で走り去りながらなんとか伝えた。
     オレは、類から逃げてしまったのだ。そのまま自室にこもり、ベッドの上で自責の念に駆られながらわっと大泣きした。
     ぼろぼろ、ぼろぼろ。
     溢れる涙で顔もシーツもすっかりびしょびしょになってしまったが、それでもオレの涙は止まらなかった。
     家に帰って来た両親は、様子のおかしいオレと類を心配そうにしながら、それでもこれは二人の問題だと口を出さず、オレは自分の力で類にちゃんと顔を合わせて謝る方法を必死に模索することになる。

     だが、それはとても難しいことだった。

     しばらく、オレと類は同じ家の中でずっと離れて過ごした。何をするにしても隣にいてくれた存在が今は遠くにあって、視界でいつも揺れていた、紫のしっぽが恋しくてしょうがない。
     夜、寝る時も類と一緒にいたから、猫の、あの高めの体温がない今、なかなか寝付けなくて、布団がとても広く、冷たく感じた。
     何をする時も側にいてくれた類は、オレが自室にいる時はリビングに、オレがリビングにいる時には二階のどこかで過ごしている。それに類は今日にオレを避けるものだから、オレはずっと類の姿すら見ることが出来なかった。

     自分のせいで、類を悲しませてしまった。
     類に避けられている。
     嫌われてしまったのかもしれない。
     自分のせいだ。オレが怒鳴ってしまったから。
     あの時の類は小さく震えていた。
     その類にオレは顔も見ずにごめんなさいと叫びながら逃げてしまった。
     ちゃんと謝りたいのに、なんと言ったらいいか分からない。
     ……どうしよう、どうしよう。

     そう考え始めてしまったら何をするにしても集中出来なくて、何もないところで転んだり、ぶつかったり、ぼーっとしてしまう事が増え、学校の先生や友達にも心配をされてしまった。
     家に帰ってもその調子で、丁度広げていた算数の宿題だって、三十分経ったのに一問も進んでいない。
    「るい、るい……」
     じわっと視界が滲んで、問題文とイラストが歪む。あの日止まったはずの涙が溢れて、プリントにぽつぽつしみを作った。
    「うぅっ、るいっ、るいぃ……」
     ポケットからハンカチを出して、顔を覆う。けど、すぐにそのハンカチもびしょびしょに濡れて、涙を吸ってくれなくなった。
    「るい、ごめんなさい……ぐすっ」
     これでは宿題もできないからと、ベッドにぼすんとダイブした。そしてオレは涙をこぼしたまま、いつのまにか泣き疲れて眠ってしまったのだった。

     目を覚ました時、オレの目元には濡れたタオルで覆われていた。そしてお腹がやけにあったかくて。けど、そのぬくもりをオレはよく知っている。
     いや、そんなわけが無いだろう。オレが怖がらせてしまったのだから。だから、このぬくもりの正体はきっと、毛布とかクッションに決まっている。
     恐る恐る手を動かしてぽすんと触れた、ふわふわした感触。
     やっぱり、オレはこのふわふわを知っている。
     これは毛布とも、ふかふかのクッションとも違う。けど、こんなにふわふわした感触のものは、うちには無い。
     あるとすれば、そう、類の頭だけ__
     静かに目元のタオルを退かして、そっと首だけを持ち上げ、自分のお腹の方へ視線を向ける。
     視界に入るのは、あの紫。
     そこにあったのは、オレのお腹に突っ伏して眠る類の姿だった。すうすうと寝息を立てる類は、オレが動いたのにも気が付かないほどにぐっすりと眠っていて、その身体は完全に脱力しきっている。
     まさか、本当に類がいるだなんて。類が、オレのそばでこんな風に力を抜いて、寝ているだなんて。
     前は当たり前のことだったのに、オレがしたことを思えば、怯えられて当然だ。なのに、類はオレに無防備な姿を晒してくれている。
     オレは類を起こさないように身体を起こして、類の背中が呼吸に合わせて上がったり下がったりするのを、ただじっと見ていた。
     胸の奥から温かいものがじわじわと広がってくる。喜びと、期待。けれど、あの怯えた目が頭から離れてくれない。
     オレは、類になんと言ったらいいのだろう。どうやったら、ちゃんと謝れるだろうか。
     久しぶりに見た類の姿とそのあたたかさと、もし謝れなかったら、許してくれなかったらという想像で、オレはまたぼろぼろ泣いてしまった。
     ぐすぐすと泣く声に目を覚ました類は、大丈夫? と言わんばかりの目で、オレの方を覗き込んでいて。その顔にはもう、オレが怒鳴ってしまったあの日の恐怖は浮かんでいなくて。
     それが嬉しくて嬉しくて、また涙が止まらなくなって。
     わんわん泣き続けるオレの向かいに座った類は、ずっとオレの涙をぺろぺろと舐めてくれた。オレは自分よりも少し小さな体を引き寄せて、ぎゅっと抱きしめた。ぽすっと肩に頭を預けて、ぬくもりを味わう。
     類はもう、逃げなかった。
    「るい、ごめんなさい。オレが怒鳴ったからびっくりさせたよな。……オレ、小学校に入学してから宿題をやらなくちゃいけなくなって、新しい事がたくさんで、いっぱいいっぱいだったんだ。だから、頑張ろうとした時に類がオレの邪魔をしたんだと思って、怒鳴ってしまった」
     きゅっと、類を抱きしめる手に力がこもる。
     オレは類がどこまで言葉を理解しているのかは分からなかった。でも、類はオレの喋っている事を理解しているとしか思えない反応をしていたから、きっと分かっているだろうと、拙い言葉で必死に自分の想いを伝えた。
    「オレ、初めて類にあった日にはあんなに怖がっていた類が、オレと仲良くなってくれて、すごく嬉しかったんだ。今までひとりで本当は寂しかった時間も、類が側にいてくれたから、寂しくなかった。でも、そんな幸せな時間をオレが壊して、怖がらせたんだって思って怖くなった……。あの時、ちゃんと謝れなかったから、どうやって謝ったらいいのかも分からなくて、どうしよう、どうしようってぐちゃぐちゃしてたんだ」
     オレは類から身体を離して、しっかりと目を合わせた。久しぶりに見た金色の目は、相変わらずきらきらしていて、とても綺麗だった。
    「類、ごめんなさい。また、一緒にいてくれる……?」
     じっと類を見つめていたら、類は何かを思いついたような顔をして、ぴょんとベッドを降り、オレのひらがなの練習帳を何処からか持ってきた。そして、一番後ろの五十音表のページを広げて、人差し指でゆっくりとひらがなを指差していく。
     ぼ、く、の、ほ、う、こ、そ、ご、め、ん、な、さ、い
    「僕の方こそごめんなさい?」
     そう訊くと類はこくんと頷いて、ぺこっと頭を下げた。
     ぼ、く、も、ま、た、い、つ、し、よ、に、い、た、い
    「僕もまた一緒にいたい?」
     こくっと頷いて、嬉しいという感情を全面に出した類がオレにぎゅうっと飛びついて来た。オレはその勢いに負けて、ベッドにごろんと転がる。
     類は嬉しそうにころころ笑っていて、オレもそれに釣られて、ふたりでぎゅうぎゅう抱きしめ合いながら笑い合った。
     そして、オレはもう二度と類を悲しませまいと心に誓ったのだった。

     この時、類はひらがなを指差してオレと会話をしたが、実はこの頃、まだ類には文字を教えていなかった。
     数年後、類に「あの時は何で教えてもいない言葉が分かったのか」と訊くと、類は「君が眠った後にひらがなの表を覚えたり、幼児向けの学習絵本を読んだのさ」と教えてくれたのだが……。
     オレの猫、天才過ぎないか……? と思ったのだが、これはきっと親バカならぬ飼い主バカからくる発言じゃないと信じたい。
     なぜなら、『賢い個体は言葉を話せるようになるが、その中でも流暢に話す個体は稀である』という人型の猫。
     稀な存在であるはずなのに、類はそれはもうペラペラと流暢に言葉を話すからである。あの頃はあんなに素直で可愛かったのに、今となってはオレを言葉で言いくるめるほどに達者になってしまった。一体誰に似たのか……と頭を抱えるほどだ。
     類がどうやって言葉や文字を吸収したのか……それについて今度はお話ししようと思う。


     仲直りをしてからというもの、類はオレが宿題をしている間は側で大人しく過ごすようになった。
     オレの背中にぴったりとくっついて眠ったり、オレが問題と睨めっこしているのをじっと隣で見つめていたり、オレの教科書を眺めたりしながら、オレの邪魔をしない様にと本人なりに気をつけているらしかった。
     気を遣わせてしまうのが申し訳なかったが、宿題が終わると同時に構って欲しそうに服の裾を引いたり、飛びついて来たりするので、その時に全力で構うようにしている。その頃、親に新しく勉強机を買ってもらったのだが、それに座ると今までカーペットに座って勉強をしていたのに、椅子で高さが出てしまうせいで類が寂しそうにする為、結局勉強机は使っていない。
     カーペットに置いたクッションの上に座って、折り畳み式のテーブルに勉強道具を広げる形に落ち着いてしまった。
     そうやって、オレが勉強している間はじっとしているようになってから一ヶ月程経った頃。
     算数の問題の載ったプリントで躓いてしまい、あと一問というところでオレの手は止まってしまった。
     その時、じっと隣でオレを見守っていた類が、オレの鉛筆を奪って、机に放置されていたノートの隅にへなへなした文字で数式を書いたのだ。オレはびっくりして、じっと類を見つめた。
     類にヒントをもらって分かったが、なんと類の書いたその答えは正解だったのだ。
     大きくなった類は、あの時のことを振り返って、「司くんの教科書を読んでたら分かったんだよ。あの時には、まだしゃべれはしなかったけれど、読み書きはできていたと思う」と、天才すぎる発言をしていた。

     それから、類はどんどん吸収していった。すぐに一年生の内容は理解してしまって、読み書きも簡単な計算もできるようになって、オレは直ぐに抜かされてしまった。
     二年生の教科書を持って帰って来たその日には、全て読み終わって理解していたのだから、類は相当頭が良かったのだと思う。
     オレが二年生になった頃には、辿々しくはあるものの、単語が話せるようになって。それが少しずつ拙い文章になって。三年生に進級した頃には、その時のオレと変わり無いくらいに言葉を話していた。
     父親もびっくりの賢さに、我が家では天才だ天才だとチヤホヤされていた。そのうち類用の参考書が増えていき、オレが中学生になった時にはもう、類の学力は大学レベルまで達していた。
     類はオレが勉強している間は常に隣にいたから、分からないところがあると類が直ぐに教えてくれると言う、塾の必要のない生活を送っていた。
     テスト前なんかはオレにつきっきりで勉強を見てくれて、珍しく真剣な横顔を眺めることができた。
     だが、それが終わると、先程までのキリッとした顔はどこへやら。へにゃへにゃの顔で「司くん!!」と叫びながら飛び込んでくるので、それをもふもふ撫でながら構うところまでがワンセット。構って欲しくて飛び込んでくる類を撫でないと、しっぽでべしべし叩かれてしまう。
     そうやってオレは類のおかげで家庭学習が捗っていたのだが、類はいつのまにか咲希の勉強まで見るようになっていた。

     退院して戻って来た咲希は初め、見慣れない類に恐る恐ると言った形で近づいていたが、類が素直に甘えたりおとなしくしている様を見ると、あっさり懐いて懐かれて、あっという間に仲良くなってしまった。
     まるで本物の兄妹のようにはしゃぐふたりにオレは思わず笑顔になってしまう。咲希が無理をしないように、ゆるくセーブをかけながら動く類と、それを分かってそれに甘えながら一緒に遊ぶふたりは本当に微笑ましくて。
     何より、咲希が笑顔でいてくれる事が嬉しくて、オレにとってはその光景が幸せの象徴だった。
     だが、咲希は良くなったり悪くなったりで、入退院を繰り返していた。すると、どうしても学校から遅れてしまう。そこを類が元気になって戻って来た咲希に教えて、面倒を見てあげていた。勉強に関して、オレの出る幕は無いので、そこは全て類に任せきりでいた。
     咲希も咲希で、もうひとり兄が出来たようで嬉しかったんだと思う。「学校の先生より分かりやすい!」と、学校の先生が聞いたら泣きそうな台詞でよく感動していたし、それは今だって変わらない。本当に学校の先生よりもはるかに分かりやすいのだ。
     勉強は咲希もオレも面倒を見てもらっていたから、オレのできるお兄ちゃん業は、ピアノを弾いてあげたり、薬を飲んだかの確認をする事くらいしか出来なかった。
     でも、「お兄ちゃん、ありがとう!」の言葉を聞けば、咲希は喜んでくれているのだと嬉しかった。

     話は脱線したが、類はどんどん言葉を学び、オレの教科書や父さんの買ったテキスト、使い方を覚えたインターネットで勉強をして、どんどん学びを深めていった。
     類が言葉を話せるようになってから、オレたちには「会話」という新しいコミュニケーションツールが加わって、もっと仲を深められたと思う。類は思ったことが素直に顔に出ていたから、喋れなくても困ることはあまりなかったが、実際に言葉を交わせるに越したことはない。
     ああ、でも、喋れるようになってから、野菜への嫌悪をより表すようになったことだけは大変だったが。

     初めは本当に幼稚園児のようだったオレと類も、だんだん成長していって、とうとうオレは中学生になった。類はオレより一回り小さいままで、相変わらずべったりくっつきながら一緒の時間を過ごしていた。
     その頃、咲希が再び入院してしまっ他のもあって、より類と過ごす時間が増えたのだと思う。
     人型の猫はまだ珍しかったので、外に出るのは危ないと、咲希のお見舞いの時はお留守番せざるを得なかったが、ひとり寂しい夜は類の温もりがすぐそばにあった。
     テスト勉強や課題を手伝ってもらって、一緒にテレビやショーのDVDを見て、ご飯を食べて、咲希を笑顔にできるように小さなショーを一緒に考えて。
     流石にこの頃になると一緒に風呂は入らなくなったが、並んで歯を磨いて、同じベッドに潜り込んだ。大きくて真新しいベッドもすぐに慣れて、特に冬は暖を取る為にもくっついて眠っていた。中学生になって、少しずつ身長が伸びたのと、オレと類が同じベッドで寝ているというので、親が大きいベッドに買い替えてくれたのだ。
     基本的に同じことの繰り返しだったが、毎日があたたかくてとても幸せだった。咲希がいれば、きっともっともっと幸せだったと思う。

     だが、オレと類が『ずっと一緒』という日常は、中学三年生の時に遠いものとなった。
     そう、高校受験である。
     春休みから塾に通って、火・木・土の週三で授業を受けて勉強をした。学校側終わってから塾に行く為、夜はどうしても遅くなってしまう。
     夏休みを迎える頃には、ほぼ毎日のように塾に通っていた。暗記をひたすらしたり、苦手科目に取り組んだりとなかなかにハードだった。
     夏休みを過ぎた頃から、毎回の授業後に残って自習スペースで次の授業で出さなければいけない課題をして帰るようになっていた。家に帰ると力が抜けてしまうから、塾で一気にやってしまおうという目的で、家に帰りたい一心で必死に課題をこなしていた。分からなかった時は先生に質問をして、分かるまで教えてもらう。そして日曜日には、その頃から始まった「その学校を受験する人だけが集まる対策コース」に一日を費やしたおかげで、家にいる時間がほとんど無くなってしまった。
     学校でも塾でも、今までにないくらい勉強をしていたせいで、家に帰ったオレは干からびていたと思う。
     受験シーズンは例え家にいたとしても、課題をしているか、疲れ切って何も手につかなくなっているか、寝ているかのどれかで、構って欲しそうにしている類を視界の端で捉えながらも、その相手をする余裕が全く無かった。
     でも、類は変わらずオレのそばに居てくれていた。勉強している間は側でじっとオレの手元のテキストやノートを眺めていて、分からないところがあるとすぐに教えてくれて、オレはスムーズに勉強を進めることができた。
     けれど、それも夏休みの途中までしか続かなかった。類が、突然オレのそばにいてくれなくなったのだ。
     きっと、オレが忙しくてかまえないと言う事を理解したのだろう。もともと「構って構って」と常にじゃれ付いてきていた類の事だから、余計に寂しくて辛かったはずだ。
     類は野菜嫌いであること以外は、かなり物分かりがいい。だから、構ってくれることを期待して隣にいるよりも、初めから諦めてしまった方が楽だと思ったのではないかと、後のオレは考えた。
     その頃は咲希も入院をしていたから、余計に
     オレが何かしている時に隣にいる事が、一緒に寝る事が無くなって、類はリビングで過ごす時間が増えた。夜もソファーで寝ているらしい。
     オレが珍しく暇になって、「類、遊ぼう!」と声をかけても、クッションに埋まってツーンとそっぽを向くようになって、とうとう一緒にいる時間はほとんど無くなってしまった。
     もちろんオレはとても寂しかった。けれど、類をそうさせてしまったのはオレ自身なのだ。何かしたいのに、やらないといけない事だけだけ増えて何も出来なくて、結局そのままになってしまった。
     いや、これは言い訳だ。本当はどうにかしようと思えば出来たのに、何も行動を起こさなかったのはオレ自身なのだから。
     ちくちく、心が痛かった。それでも、オレはずっとひたすら勉強をして、受験に挑んで、合格を勝ち取って。気が付けば、類がそっけない態度を取るようになってから何ヶ月も経って、春を迎えていた。
     中学校の卒業式も終わって、アルバムにみんなでメッセージを書き合った。先生の合格の報告には来いよと言う声を聞きながら、まだ蕾もない桜の下を歩く。


     中学校に合格の報告をして家に帰れば、両親はもう咲希の病院へ行った後で、類だけしかいなかった。
    「ただいま、類」
     声をかけても、ソファーの上でクッションを抱き込んで、ふんと向こうを向いてしまっているから目も合わない。
     オレは類の目の前にいるために床に座った。そして、ソファーに座る類を下から見上げる。
     ……こうやって類をしっかりと見たのはいつぶりだろうか。変わらない、このふわふわの耳とふわふわのしっぽ。昔よりぐっと大人びた顔。交わらない金色。
     笑った顔だって、その声だってずっと見ていない。この綺麗な紫色の毛と髪に触れたのはいつだ?
     ずっと勉強で見ないフリをしていた現実を目前に突きつけられる。類がふっと、オレに視線を向けた。そこには、あの嬉しそうな表情も、楽しそうな色もどこにも無い。ただ、何も浮かんでいない、無表情の鋭い金色がオレを一瞬だけぐさりと刺していった。
     昔、オレが怒鳴った時の類は怯えていた。けれど、仲直りした後の類はふにゃりと笑ったり、にやっと悪そうな顔をしていることが多かった。
     でも、今はどうだ?
     今更何だと言わんばかりの目で、こうしたのはお前だぞと言いたげな目でオレを見ている。
     オレは何と切り出せばいいのか分からなくなって、下を向いた。オレに沢山考えて、一番いい謝り方を探したり、許してもらう方法を考えるなんて無理だ。そんな難しいことはできない。
     オレに出来るのは、ただ素直に謝って自分の気持ちを話すことだけ。
     オレは馬鹿だ。随分類を放ったらかしにしてしまった。
    「なぁ、類」
     冷たい金色が怖くて、本当は目を逸らしてしまいたい。
     でも、きちんと目を合わせる。それができなければ、謝っても謝っていない事と一緒だ。
    「類、ほったらかしてすまない。構ってくれることを期待しても、オレが何もしないから諦めたんだろう? オレ、自分が勉強に忙しくて必死で構ってやれなくても、類なら分かってくれると思っていたんだ。けど、それは何もしない理由にはならない。オレは類に甘えて、一番大切なことを怠って、今、こうやって類に冷たい目をさせてしまっている……! 類、ごめん。オレは、お前をもう悲しませないとそう決めたのに、またやってしまった……! オレはなんと謝ったらいいか……」
     類は無言で、オレをじっと見つめている。
    「オレは、決してお前のことが嫌いになったわけでもない。『いつもありがとう。久しぶりに映画を見ないか?』って言えばよかった。『構ってやれなくてごめんな。大好きだぞ』って、撫でておけば良かった……!」
     オレの目からは涙が溢れてくる。泣いちゃダメだ。今、泣くのはオレではないのだから。
     けれど、必死に我慢しようとしてもオレの涙は止まらない。
    「類、本当にごめん。咲希もいなくて、母さんも父さんも居ないのに、オレは類と一緒に居られなかった。抱きしめるくらいいつでも出来たのに、それをしなかったのはオレだ。もう、お前を悲しませないと誓ったのに……本当に申し訳ない……!」
     必死に頭を下げる。頭を下げたところで、許してもらえないと思いながら。
     だって、本当は類の相手をしようと思えば出来たのだ。ちょっと撫でるだけでも、少し抱きしめるだけでも、それくらいのことなら毎日でも出来たのに、それをしなかったのはオレだ。だから、全部オレが悪い。
    「つかさくん」
     久しぶりに聴いた、類の声。その声はひどく幼くて、震えていた。
    「ごめんね」
     類はオレよりも大きくなった身体を丸めて、オレの頭をきゅっと抱きしめた。
    「僕、司くんが大変なのは分かってたんだ。『受験』は忙しくて大変だってちゃんと知ってたのに、覚悟していたのに、思っていたよりも司くんに構ってもらえない事が寂しくて……なら、最初から期待しなければいいやって諦めて……」
     類はオレに頬を擦り付けて、今にも涙が溢れそうなほどに潤んでいる目をオレに向けた。
    「……司くん、僕の方こそごめんね。ねぇ、司くん。僕、また司くんと一緒にいられる? 一緒にいてもいい?」
    「当たり前だ! オレの方こそ、いいのか? オレは、お前を悲しませないと決めたのに、それを破ってしまった……そんなオレでも、いいのか?」
    「司くんじゃないと嫌だ……! 僕にとっては、司くんじゃなきゃ一緒にいる意味がないんだよ……」
    「類、ありがとう。また、一緒に過ごそう」
     大きく頷いて抱きついてきた類を、よろめきながらもなんとか堪えて受け止める。ぎゅうっと固く抱きしめあって、オレたちは無事に仲直りをすることができたのだった。
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