夢と幻/エメ光♀(FF14)クリスタリウムにある自室の窓から外を眺める。
あれから幾分は活気づいたものの、罪喰いによる脅威はまだ完全に潰えていなかった。
あといくつ、この身に蓄えた光は耐えられるのだろう。
「騒がしい外を見て楽しいか?」
振り返ればそこにいたのはアシエン・エメトセルクだった。
「少しずつでも賑やかになって、いいことじゃない?」
「騒々しいだけだと思うがな」
まぁここから見えるのは岩ばかりだけどね、と付け加えた。
窓から見える外を背に縁へ座り直し、彼に正面を向ける。
彼はゆっくりとこちらに近づいていた。
協力関係を望まれてしばらく。時に静かに時に堂々と着いてきていた彼は、仲間を地脈から引き上げてくれたり我々がまだ知らないことを教えてくれた。
初めこそ皆警戒していたものの、今は少しずつ馴染んでいる。
「警戒しないんだな」
意外な発言だった。
確かに初めて目の前に現れた時は警戒もした、だが今は協力関係を結んでいるはず。
何か警戒すべきことがあったかと考えを巡らせていると、彼はクッと笑った。
「初めてお前たちの前に姿を現したときは警戒していただろう。眉をひそめ、今にも踏み込んできそうだったぞ」
「あれは、みんながいたから」
「みんな?」
あの時を思い出す。
見知らぬ人間が目の前に現れて、アシエンと名乗った。
これまで対峙してきた者を考えればアシエンと聞くだけで警戒するのも納得だろう。
アシエン絡みで大切な人を失った者は多い。
「私が誰かといるとき、私の意思は無視されるよ」
アシエンに個人的な恨みがないわけじゃない。
けれどそれはアシエン・ラハブレアやアシエン・イゲオルムといった1人1人であって、アシエン全体の話ではなかった。
「今まで出会ってきたアシエンの中で協力関係を持ちかけてきたのはエメトセルク、あなただけだった。アシエンにも色んな人がいるんだとあなた自身が教えてくれたんだよ」
「だからお前個人が私を警戒する理由はないと言いたいのか?」
「警戒してほしいならするけどね」
「…結構だ」
警戒されるのは諦めたか。
身体をひねって再び空を眺めようとすると、エメトセルクは窓枠に手をつきこちらに顔を近づけてきた。
驚いて顔を向けると、思ったよりも近くにエメトセルクがいる。
「なに?」
「ならば、お前はどうすれば警戒する?」
返事をするよりも早く、いつの間にかうなじへ置かれた手に力が入った。
突然の引かれる力に瞬きをする。
目の前にあったのは長いまつ毛とかすかな吐息、そして柔らかな感触が唇を塞いでいた。
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「エメトセルクいるー?」
「…なんだ」
「みんなからお昼にってもらったんだ、一緒に食べない?」
そう言って見せてきたのは、トレーいっぱいの食事だった。
コップに入った水が2つとサンドイッチのような軽食や果物、焼き菓子まである。
「1人で食べるのか?」
「残すのも悪いから一緒にどう?って誘ったの…察してよ」
部屋に戻るなり呼びつけるとは、まで考えたところで思考をやめる。
あいつじゃない、こいつはただのなりそこないだ。
席へつくように促され、厭だ厭だと大げさに嘆きながら椅子に座る。
それを確認してから、手袋を外した彼女はいただきますと手を合わせて食べ始めた。
しばらく食べ続けていたが、何も手を付けない私に疑問を抱いたの彼女がこちらを見る。
「食べないの?」
「私がいつ食べると言った」
「美味しいのに」
これも、これも。などと指差す彼女にいらないと手を振ると再び食べ始める。
そうして頬杖をついて食事風景をぼんやり眺めていると、唇に何か当たった。
反射で口を開けるとコロンと丸い何かが放り込まれる。
「―――おいっ」
「葡萄だよ、甘くて美味しかったからって1房もらったんだ」
こちらのことなど露知らず、彼女はまた食事を続ける。
些細な行動が似ているのが憎たらしい。
ため息をつきたくなるのを抑えながらしばらく咀嚼して葡萄を飲み込むと、彼女の口の端にソースが付いていることに気がついた。
おそらく先ほど食べ終えたサンドイッチのだろう。
「ついているぞ」
「え」
手袋を外した手で拭い、指を舐めとる。
「あ、りがとう」
彼女は片言な礼を言いながら、拭われた口の端を指でなぞっていた。
「なんだ」
「えっいや……そ、そういえばエメトセルクたちは何を食べていたの?」
軽く笑いを堪えながら問いかけると、動揺を隠すかのように話を逸らす彼女に小さな悪戯心が芽生える。
古代人も同じようなのを食べてたのかな、などとすぐさま視線もそらした。
嫌な趣味を見つけたものだ。
「そうだな…あの頃の食事は、エーテル補給の為でしかなかった。味を追求してまで生物を殺すのは意に反していたからな」
彼女の髪を弄びながらゆっくり話す。
一方彼女は心ここにあらずといった相槌を打っていた。
指先が耳や頬に触れるたび彼女の身体は小さくはねている。
しばらくそうして昔話をしていると彼女が弱々しくキッとこちらを睨んだ。
「な、なんで髪触りながら話すの?」
「口づけまでしたのに日が経てば食事に誘うお前の神経を疑っているんだ」
「なにそれ…」
彼女は気が抜けたかのように息を吐くと、少し考えてから私と同じように身体を少しこちらに向けて頬杖をつく。
「あなたは、私を見ても私を見てないから」
「なんだそれは……誰かを、重ねているとでも?」
「なのかな?いや別にそこまで詮索するつもりもないんだけどさ」
思い出したわけではないようだったが、察しがいいのも癪に障る。
「詮索するつもりが無いならさっさと食べろ、さもないと…私が食べてしまうぞ」
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「こんにちはー、頼まれたもの、持ってきました!」
大罪喰いを全てこの身に受けても尚いつもどおり各地の依頼を引き受けて報告し、報酬を得る。
今日は珍しく日が高いうちに終わったなどと達成感に浸っていると、またも珍しい出来事が起きた。
「陽の光を浴びたエメトセルクって珍しいね?」
「…人をなんだと思っている」
エメトセルクだった。
初めては夜、その後も日陰だったり室内だったりと陽光には縁がない男のように感じていた。
そんな彼が今、眩しそうにこちらを見ている。
「そんなことよりも、早くこちらへ来たらどうだ」
こちらへと言われエメトセルクに駆け寄ろうとして、すぐさま意味を理解した―――こちらとは海底に沈むあの地のことだろう。
今でこそ平然とここに立っているが、ほんの少し前まで私自身が罪喰いになりかけていたのだ。
力を取り戻したリーンによってかろうじて人間の姿を取ってはいるものの、中身はもはや人のそれとは違う。
皆を屠るか、誰かに屠ってもらう他に道は残ってない。
「…1人で行こうと考えたんだけどね」
あそこへ行くことを仲間に止められ、仲間と共に行くことを約束し、仲間と私の準備が整うまでこうして日々を過ごしている。
どれくらいの時間が残されているかは分からないが、まだ死ぬわけには行かない。
「まだ、来ないのか」
彼はどうしても無理となったら来いと言ってくれた。嗤って見届けてくれるとも。
その言葉に甘えようとしたわけでもなかったが、確かに一度は行こうとしたのだ。
「…ごめんね」
おそらく対峙するだろうことは言えず、ただ笑って謝ることしかできなかった。
すると彼がこちらに近づく。
頭上へ伸ばした手をなぜか寸前で止め私の腰に手を当てると、そのまま自身へ引き寄せた。
「―――来い」
目を開けるとそこはイル=メグのような――でもイル=メグではない――不思議な場所にいた。
「ここは?」
「…幻だ」
たくさんの花々が咲いている。
あたりを見渡してもここには私とエメトセルクしかいないようで、それもあったからか童心に帰ったように少しひらけた所でしゃがみこんだ。
「これ、なんて花かな?」
「さあな」
少し呆れたようにこちらを見ていたエメトセルクも、何故か隣に座ってくれた。
「今日は優しいね?」
「そう見えるのなら、そうなんだろうな」
それからは当たり障りない話をたくさんした。
風が吹き、花が揺れ、そのたびに目を合わせて笑い合う。
とても平和な時間だったように思えた。
「なんか一生分よりもたくさん話した気がする」
「お前は普段から声を発さず会話に参加し過ぎじゃないのか」
「頷いたり首降るだけでみんな分かってくれるから、つい」
横を見ると、彼は組んだ腕を枕にいつの間にか寝転んでいた。
とても気持ちよさそうだと思い私も隣に寝転ぶ。
「本当にいい風…ずっとこんなふうに過ごせたらいいのに」
「なら、そうすればいい」
「え?」
彼の方を見ると、上体を起こして真剣な面持ちのままこちらを見ていた。
「ここにはお前を縛るものは何もない。光のエーテルも、私が中和してやろう」
そんなことができるとは、と頷きながら空を見上げて目を閉じる。
「気持ちのいい風を浴びて、花を愛でて、美味しいものを好きなだけ食べたら、夜は星や月を眺めたい」
「そうだな」
「寝たいときは昼も寝て、起きたいときは夜も起きていたいな」
「あぁ、好きなように過ごせばいい」
「天国に行きたいわけじゃないけど、自分のタイミングで死にたい」
「私が全て、請け負おう」
いつの間にかエメトセルクが私の頬を撫でている。
これらができたらどれだけいいか。
お腹の上で合わせた手をぎゅっと握りしめ、涙をこらえる。
「無理だよ…できないよ」
例え全て本当に叶うとしても、私は第一世界をこのまま見捨てられるほど強くない。
私は英雄だから。英雄にはやるべきことがある。
「なぜだ、私は―――お前がすべてを背負う必要は無いだろう」
「そうかもしれないね、でも私にしかできない事がある」
視界の光が遮られたことに気づいて目を開ければ、目の前にはエメトセルクが私に覆い被さるようにしてこちらを見ていた。
まぶたが開いたことで耐えきれなくなった涙がこぼれ落ちていく。
そのとき、何かがこみ上げて来る感覚に襲われた。
「(ああ、罪喰いの)」
発作だと瞬時に察して顔を背けようとすると、エメトセルクに思い切り顔を掴まれ固定された。
抵抗しようと彼の手首を掴もうとした途端いきなり唇を塞がれる。
以前されたあの、触れるだけの口づけとは違うもっと深い口づけだった。
「ッ…エメトセル、ク、まッ」
次第に息が苦しくなり彼の手首を叩いたり服を引っ張ったりするが、なかなかやめてくれない。
唇の合わせを何度か変えて流し込まれた唾液を飲み込んだ頃、ようやく解放された。
「な、なにす」
「発作が楽になっただろう、これが中和だ」
口の端についた唾液を舐めとりながらエメトセルクが言う。
確かに発作は治まった、それどころか少し軽くなった気さえする。
そこまでしてどうして、と問いかけようとして親指の腹で口を塞がれる。
「これ以上、私から言わせないでくれ……お前はただ、頷けばいい」
彼の手を退かして少し距離を取るように起き上がると、同じように彼も起き上がった。
先ほどのあれだって、別に嘘じゃない。
何もかもが終わったらああやって過ごすのも悪くないとは思う。
でもそれは今じゃない。やるべき事がまだ残ってる。
「ごめんねエメトセルク、そしてありがとう」
彼の目を見ず謝り、そして感謝を告げた。
ゆっくり顔を上げると、いつもの覇気が弱いエメトセルクがそこにいる。
「夢も幻も、もう終わりにしよう」
「お前、」
「そろそろ帰らなきゃ」
彼の手を引きながら立ち上がる。
「エメトセルク、お願い」
「お前は……そうか」
彼は落胆したように、けれど納得したように立ち上がり、再び私の腰を引いた。
「ごめん…ごめんね」
目を開けると、クリスタリウムに戻っていた。
だがそこにエメトセルクはいない。
「あなたどこに行ってたの?みんなで探してたのよ」
声のした方を振り返るとアリゼーがいた。
ここは珍しく人気がないから、探すのも大変だっただろう。
「アリゼー…ごめんね、私に何か用かな?」
「そろそろ準備はどうかなって。あと、あなたの体調も」
アリゼーはいつもどおり話しかけてくれている。
大丈夫、いつもの私だ。
「私も大丈夫だよ…行こうか」
かの地へ、戦いを終わりにするために。