カシヒトツ「万屋行くぞ」
休みは積読の山でも崩すかと本を見繕っていたら、唐突に部屋のドアがノックされた。
開けたら肥前くんが立っていた。で、先の一言。ポカンとしてたら「さっさと支度しろ」ともう一言。
驚いたも何も、そもそも私、君と出かける約束をした覚え無いんですが?
「えっ……よ、万屋?」
「あんた、行きたいって言ってたじゃねえか」
「お、おぅ?」
話が見えん。そんなこと言ったっけ?とポカーン顔しながら記憶を総動員していたら、唐突にそれを思い出した。
「あっひょっとして、この間の『貸し』のこと!?」
「忘れてたのかよ」
さも呆れたように仰られますが、仕方ないでしょ? 「この間」とは先週の水曜の昼間、「貸し」とは非番で暇そーにペタペタ歩いてた誰かさんにちょっと戦績戻しに行ってもらっただけなのだ。
「ごめん、これ書庫に戻してきて!」
「はぁ? ……仕方ねえ、貸しひとつな」
「はいはーい」
「おい、その辺の茶菓子掴ませて『菓子ひとつ』とか言ったら斬るぞ」
「きっ、うわあ物騒な!?」
「おまえ前科あるからな」
だからって脅さなくても良いと思うのだが、親切を誤魔化しで返した過去の私が悪い。あと、さも私が行きたくて誘った風に言っていたが、借りを返すのに喜々としてついて行くわけないだろ?むしろ気分はドナドナぞ?今から売られる気持ちだぞ?とは思ったけど、そこは空気を読んで黙っておく。
で、行き先はどこかと聞けば万屋街の一角、刀たちが大好きなこってり系ラーメン屋……ではなく、その隣の隣の喫茶店だという。
「そこ、名物のでけぇパフェあるだろ。それ食いに行くぞ」
驚いた。甘党の南海先生ならまだしも、甘いものを与えれば「酒じゃねえのか」とのたまう大人舌の刀が、パフェ? ……と思ったけど、このパフェはただのパフェではない。ビールジョッキかピッチャー、下手すりゃバケツもかくやというタテにもヨコにも大きな器に何種ものアイスクリームやゼリー、フルーツがこれでもかと盛られたとんでもない量のシロモノなのである。通称・異次元パフェ。オシャレなグラスに色とりどりのアイスやフルーツが芸術的に飾られてるのとは別方向で注目を集める名物なのだ。
「あ、あの、肥前くん甘いもの好きじゃないんじゃなかったっけ」
「べつに、食えねえことはねえよ。フライドチキンでもハンバーグでも塩辛いもんで口直させてくれりゃな」
「うっわ、どれだけ食べる気なのこの子」
つまり、パフェの後にそれらもしっかり召し上がるつもりらしい。朝も早よからチーズトースト三枚とおっきな目玉焼きを平らげていたはずだけど、パフェ収めた後にその鶏肉やら牛肉やらもお腹に収まる自信がおありとは、なんともおそろしの胃袋。
私はといえば、既にヒキ気味である。その喫茶店自体は行ったことがあり、ごく普通サイズのケーキなら食べたことがある。ついでに他所のテーブルにワゴンで運ばれていく異次元パフェも見たことがある。味は良い。良いのだ間違いなく。でも量が、質量と体積の暴力がハンパなかった。そりゃ、ちょっと話のタネに食べてみたいなーとは思ってたけど……ついでにお値段も五千円と、ちょっとお気軽に手が伸ばせるパフェとは異次元である。
よく食べると名高い(?)肥前忠広とはいえ、あの量のアイスに生クリームにお菓子の山をやっつけ切れるんだろうか? カレーや炒飯や餃子をやっつけるのとは訳が違うと思うんだけどなあと一抹の不安を抱えつつ、心なしか足取りの軽い刀の後ろに素直についていくことにした。
「あああ美味しいいぃ……」
うっかりオッサンみたいな溜息が出た。仕方ない。お風呂に浸かった時とか美味しいもの食べたら、人間どうしたってオッサン臭い声が出るんですよ。
運ばれてきた異次元パフェは圧巻、三種類のアイスがゴシック建築のように何重も重ねられ、その隙間を生クリームが埋めている。それだけではない、あちこちにワッフルやシガールクッキー、板チョコにプレッツェルに、色々なお菓子が埋まっている。綺麗にカットされたイチゴにバナナにリンゴの姿も見える。一見ごちゃごちゃしているけど、重心やカラーリングがちゃんと計算されているらしく、下手につつくと倒れそうなのに見事なバランスでしっかり立っているのだ。なんだか修復と増築を重ねまくった古代の建築みたいだなあと感心してしまった。
「ボサッとしてると融けるんじゃねえか?」との指摘にハッと我に返って食べ始めたのだけど、一口目から感動してしまった。
お、美味しい……。バニラアイスひとつ取っても違う、バニラの風味が濃厚なのに後味すっきりしていて嫌味が無い。対して生クリームはミルクの味と香りがしっかりしていて、フルーツや他のお菓子と合わせるといいアクセントになる。いちごアイスは果肉が残ってるタイプで、ここにバニラアイスや生クリームを混ぜて味変もアリ。緑色のアイスは抹茶と思いきやピスタチオで、濃厚な舌触りとほんの少しの香ばしさが最後に鼻へ抜けていく。バターの効いたプレッツェル、アイスに刺さってなおカリッと香ばしいワッフル、それらを邪魔しない絶妙な苦味のチョコソース、気がついたら山を崩す手が止まらなかった。
「ふはぁ……美味しすぎる」
何度目かの感動に対し、案の定、ぶはっと吹き出す気配。向かいの誰かさんを睨めば、口元を覆って震えていた。
「何よ」
「美味そうに食うと思ってよぉ……っく」
我慢しきれずそっぽ向いて笑ってる。肥前くんの表情筋ちゃんと生きてたんだなあと変なとこに感心しつつ、いやそこまで笑うか?というモヤッとした怒りを、甘ーいバニラアイスと一緒に飲み込む。返すスプーンで次の一口を崩しにいって、さっきまで明らかに違う手応えに気づいた。
「うわ、肥前くん」
「んぁ? どした」
「見て、アイスの中にブラウニーが埋まってた! 一口サイズのやつ」
「へえ、単にでけえだけじゃねえのか。発掘作業みてえだな。さすがスペシャルシークレット何ちゃら」
「シークレット……ってコラァ!? オプション勝手に付けたな!?」
異次元パフェ本体に飽き足らず、なんとオプションまで追加したらしい。そんなの頼むげんきな胃袋の人おるんかいと思ってたけど、いた。身内にいた。
私の呆れを他所に、肥前くんは真剣な顔でスイーツタワーを着々と崩していく。加減を間違えると一角ごとぼたっと落ちてくるからバランスが難しいのだけど、山が崩れない絶妙な大きさのカタマリをうまいこと崩しては、それを味わい尽くすことに余念がない。もくもくと口を動かしながら、次はどの一角を崩してやろうかと狙っている表情はなんだか幼い子どもみたいで、つい毒気を抜かれてしまった。
「肥前くんや、他人の金で食うパフェは美味しいですかねー」
「貸した分返してもらってるだけだ。ま、美味えけど」
「ってか、書庫におつかいひとつでこれはぼったくりではないかな?」
「ぼったくってねえよ。あの後、書庫でサボってた三日月宗近にとっ捕まって長話につきあわされた」
「あーららご苦労様……」
「しかも、三日月捕まえに来た長谷部のやつになんでかおれまで捕まった」
「えっ何やらかしたの肥前くん」
「何もしてねえ。三日月の監視と、決算書の入力手伝わされただけだ。ったく、非番だったってのにとんだ貧乏くじ引いちまった」
「はぁ、それは災難だったけど……私、悪くなくない?」
「そもそもおまえに捕まらなきゃ、金庫の帳尻調べになんざつきあわずに済んだんだよ」
そう言われるとぐうの音も出てこない。横着せずに自分で書庫に持って行っていれば、肥前くんが巻き込まれることは無かったわけだ。
年末は年越しの準備に加えて弊本丸の決算期に当たるため、忙しさのあまりに一部の刀たちが殺気立っている。肥前くんが引っ張られたのは、出納長であるへし切長谷部がうっかり悪筆で名高いため、字の綺麗な刀を探していたからだと思うけど……いや、やっぱり私悪くないのでは?
解せぬ気持ちはあれど、食べる一口一口が美味しいのでどうでも良くなった。キューブ状のブラウニーはカカオ風味濃厚、別の場所から見つけたキューブはチーズケーキでこれも美味オブ美味。ちょっとしたモヤモヤなんか、ひとくち含んだアイスのようにみるみる氷解してしまう。強い感動が生まれると、怒りがどうにも持続しない。単純なアタマでは複数の感情を同時に処理できないので仕方ないのである。
気がつけば、パフェはもう半分以上がふたりのお腹に収まっていた。
「んふー、美味しいー。絶対無理だと思ったのになぁ、思ったより入っちゃうかも」
「そりゃ何よりだ。おれはこれがフライドポテトとサワークリームだったら楽勝だったと思ってる。この後も頼むぜ」
淡々と食べてるようで、けっこう食傷気味になってるらしい。その解消方法が別の味付けのもの食べるっていうのも空恐ろしい。
「あ、それだよそれ! なんでパフェにしたの? 口直しが云々言うなら、最初からファミレスでハンバーグとかの方が良かったんじゃない?」
疑問といえば疑問だったのだ。美味しく食べられるとはいえ、甘いものは一番の好物ではなさそうな反応を見せている彼が、なんでパフェ、それも異次元盛りのやつ?って思ってた。
肥前くんは『何言ってんだコイツ?』みたいな顔できょとんとしていた。いやこちらの方こそ、その顔になるんですけど。
その顔のまましばらく固まってたけど、視線を外しながらボソリと呟いた。
「おまえ、甘いもん好きだろ」
「はぁ」
「甘いもんたらふく食いてえって言ってたろ」
…………言いました、そういえば。
年末、書類仕事に疲れてイーッてなってた時に「あーもー、甘いもの食わせろー!! これでもかってくらいたらふく食べたいんじゃあああー!!」って叫んだ記憶がございます。あの時執務室は私以外誰もいなかったはずだけど、まあまあガチな叫び方しちゃったからうっかり廊下くらいには聞こえ……うわ、あれ聞かれてたのか。恥ずかし。
さっき笑いが止まらなくなった時みたいな顔をして、肥前くんはお冷に手を伸ばす。
「別に何でも良かったんだよおれは。腹いっぱい食えりゃ良いし、どうせなら好きなもん美味そうに食ってるやつと食いてえ。んで、おまえに食わすならこれかと思った。そんだけだ」
今度は私が固まった。えっ……待って、パフェ選んだのって……まさか、私のためとか?
美味しそうに食べる誰かとお腹いっぱい食べるなら、それこそ土佐の刀たちと行った方が気楽だろう。なのに、わざわざ私を指定した理由が、甘いものを食べる私が幸せそうだからって……いや待て、なんとなく腹減ったタイミングでタダ飯をたかれそうな相手が思いついただけじゃないのか?
「んだよ。……イチゴはやらねえぞ」
ぽかんと放った視線が手元を見ていると勘違いされたらしい、つやつやのイチゴが乗ったお皿を自分の陰に隠そうとしてる仕草が子どもっぽくて、つい笑ってしまった。
「イチゴ好きなの意外」
「あ? 悪いかよ」
「ううん、そこのおっきいイチゴ食べなよ。イチゴアイスもどーぞ」
「アイスはなんか違ぇんだよ。生の寄越せ、生」
*
オプション付きにも関わらず、パフェのお会計はちょっとお安くついた。肥前くんがクーポンを出してきたからだ。
「長谷部にもらった」って言ってたから、たぶん年末のバタバタのお詫びにもらったんだろう。
なーんだ、クーポンもらったから誘ってきただけかあ、と思ったけど、一緒に行く相手に仲良しの土佐組じゃなくて私を思い浮かべてくれたのが、実はちょっと嬉しかったりする。