寒さに寄り添う温もりを 天気は雲一つない快晴。空は高く、空気はひんやりを通り越して寒々しい。
「寒い……」
「そりゃ、冬だからな」
政府に行くまでの道すがら、そんなことを呟けば、本日の近侍である肥前はバッサリと切り捨てた。
――肥前からの対応も冷たい……。
少ししょぼくれながらも、それが彼なのだと思えば仕方ない。いや、むしろぶっきらぼうながらも、ふと呟いた言葉を拾ってくれたのだ。それだけでも十二分に優しいのではないか。そう考えて、気持ちを持ち直す。
「うっ……」
「風が強くなってきたな」
歩いている横を通り過ぎていく風は、冷気を纏っては勢いを増していく。少しばかりの痛みを感じながら、頬や手を撫でては体温を奪っていった風を、恨めしく思っても耐えるしかない。
「おい、大丈夫か?」
それでも、ほんの少し――。ぶるりと震えて立ち止まった私を見て、肥前が振り返る。心配してくれた肥前に、嬉しさからだろうか。じんわりと心が温かくなった気がする。
「大丈夫!思ったより風が強くてびっくりしただけだから」
「……そうかよ」
見栄だと思われるかもしれないけれど、思わず笑顔を浮かべてしまったほど。この時は、嘘偽りなくそう言葉が出ていた。『ありがとう』とお礼を伝えれば、肥前が少しそっぽを向く。
「肥前?どうかした?」
「……何でもねぇ。行くぞ」
そう言って私の手を取った肥前。少し先に見えた街中の時計に目をやれば、確かに政府と約束した時間が迫っている。政府を待たせるわけにはいかない。
――早く行かなきゃ。
そう思いながら歩を進めれば、くいと後ろに引っ張られた。そちらへ目をやれば、いつの間にか私が肥前を追い越していたようで、私の手を持ったまま固まった肥前が目に入った。いつもの彼ならば、さっさと進んで行ってしまうのに。
「早く行かなきゃ遅れちゃうよ」
「お前……」
「何……うわっ!」
わなわなと震えていたと思えば、ぐいと引っ張られる。引かれた力が強くて、肥前の胸へとダイブしてしまったくらいだ。何が起きたか分からずに肥前を見れば、顔が青い。“寒さで白くなる”というのではなく、血の気が引いたような青さ。
「何でこんなに手が冷たいんだもしかして、死ぬのか……?」
「死なないよ末端冷え性っていうので冷たいだけで……」
「そんなわけあるか!人間は死んだら冷たくなるんだろ温かくしろ」
肥前のすごい剣幕になすがままにされる。いつか見た赤い布が首に巻かれ、両手で痛いくらいに力を込めて手を握られた。こんな顔の良い男士に心配されて、本来ならばときめくところなのだろうけれど、肥前の手の温もりを感じるよりも痛覚の方が勝る。更には、圧迫されて手に血が巡っているのかと思うほど白い。時々、手がこすられて摩擦で痛さがあるけれど、真剣な表情に何も言えるわけもなく。
――あぁ……政府まで辿り着けるかな……。
刻一刻と迫る約束の時間を遠目で見ながら、離されることのない手を預けていた。ようやく歩き出したころには、肥前の頑張りの甲斐もあって手は温もりを取り戻していたけれど、政府との約束にはもちろん遅刻した。
「また冷えるだろ」
そう言って手を頑なに離さなくて、政府にも手を繋いだ状態で現れたものだから、周りの視線が生暖かくて居心地が悪かったとだけ言っておく。
「外に出るときは温かくしろって言っただろうが!」
「今日そんなに寒くないよ」
「噓つけ!手が冷てぇ」
そして、あの日からというものの、私の外出時に対する肥前の過保護が増した。私が外出をすると聞くや否や、マフラーや手袋、上着に耳当てを持ちながら追いかけてくる。無理矢理にそれら着用させたかと思えば、満足そうにこちらを見るのだ。
「よし。ほら、行くぞ」
先に靴を履き、今日も手を差し出しては私の手を温めようと付いて来てくれるのだから。
「うん、よろしくね」
いつしか心に灯った温かさは熱へと変わりつつあるのを感じながら、そっと肥前の手に自らの手を重ねて玄関を潜った。決して高くはない肥前の体温。けれど、冷たい私の手を温めるには十二分で――。
心地よく左手に感じた温もりは、冬の間傍にいてくれるようだ。