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    おたぬ

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    おたぬ

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    人間🍁×狐❄♀

    それはまだ私の尾がひとつしかなかったような幼い頃の話。私には人間の友達がいた。
    その子はどうやら迷ってしまったらしく、辺りをキョロキョロ不安げに見回しながら、私のいる森までやって来た。

    人間と話してはいけない。
    人間に見られてはいけない。

    そう父に言われていたけれど、どうしてもその子を放ってはおけなくて、私は声をかけた。だって、ここには小さくて弱い人間なんか、ペロリと平らげてしまう恐ろしい妖怪もいるのだ。

    父の言いつけを破って叱られるのは怖いけれど、もしかしたら私のような力の弱い狐の声は届かないかもしれないし、そもそも私たちが見える子はそう多くない。それならそっと手を引いてそれとなく森の外に連れて行ってあげればいい。そう思い、声を出した。

    「……こ、こっちに来ちゃだめだよ」
    「ん?だれかいるのか?」

    けれど、その子は見える子だった。



    「とうや!」
    「あ、あきと、ここに来ちゃだめって言ってるのに…」

    出会って日が経つこと数日。あの迷子の人の子は毎日のように森にやって来た。その度に来てはいけない、と忠告するのに次の日には「あそびにきた!」と元気に言ってくる。

    そんな彼は名を東雲彰人といい、私に色々な話をしてくれた。
    絵を描くのが好きな姉がいること。今年から学校という所に通い始めて、今は夏休みという期間で暇なこと。他にも私が知らない森の外側にいる人間の世界を彰人は教えてくれた。

    「今日はクッキーもってきたんだ」
    「………くっきー?」

    彰人は背負っていた荷物の中から箱を取り出し、蓋を開ける。そこには丸い形の薄っぺらい物が沢山入っており、ほんのり甘い香りがした。それを彰人は、たべるだろ?と差し出してくる。

    (……………だ、だめ……)

    とても美味しそうな匂いだが、今は一刻も早く彼をここから帰さなければならない。

    「……いらない。それより、あきとは早くかえって」

    もうこないで、と言う私に彰人は首を傾げてから、またクッキーを私に突き出してきた。

    「いらないって……とうや、すげぇしっぽふってんじゃん。ほしいんだろ?」
    「……!?」

    その言葉に私は慌てて、意思に反して勝手に動いている尻尾を後ろ手に抱えて隠す。

    「……ふ、ふってない……」
    「ふってるだろ。ほら、くってみろよ」

    そんなやり取りの末、彰人の手によって口に入れられた初めてのクッキーはとても美味しくて、彼と話すのは楽しくて。早く帰さなきゃいけないのはわかっているのに、いつまでもこんな時間が続けばいいと思ってしまった。当時はわからなかったが、今ならわかる。

    きっと一目見たときから私は彰人に恋をしていた。
    だから、これは私への罰なのだろう。
    妖怪としての最低限のルールすら守れず、人間に抱いてはいけない感情を向けてしまった私への。

    それが起きたのは、彼と会うようになって季節をひと巡りした夏の日のことだった。この頃には私と彼は森の中でも陽のあたる開けた場所で待ち合わせをするようになっていて、私はそこで彰人を待っていた。

    蝉の声の中でもすぐに彼の足音を拾えるように耳を澄ませていると、程なくしてそれは聞こえてくる。迷いなく駆けてくるそれに待ちきれなくなった私は、座っていた切り株から腰を上げて音の方に足を向けた。

    「あきと!」

    袴を蹴り上げるように走って、見えた姿に呼びかける。彰人も返してくれると、何の疑いもなく信じて。けれど、走ってきた彰人は段々と速度を緩めて、立ち止まり残酷に告げる。

    「とうや?……めずらしいな、まだ来てないのか」

    それから、不思議そうに首を傾げたのだ。私の目の前で。

    妖怪が見えていた子供が成長する過程で見えなくなる。
    それが、ままあることなのは知っていた。理解もしていた。だが、彼がそうである可能性は考えないようにしていた。だって、そんなのは辛すぎるから。

    その日、いつもの帰る時間になっても彰人の瞳に私が映ることはなかった。

    次の日から、彰人はすぐ隣にいる私を探して森を歩き回るようになった。
    時には私の好きなクッキーを持ってきたりして、懸命に私を呼ぶ。私も必死に応えるけれど、どんなに声を出しても彼の耳には届いてはくれない。

    「とうや!どこにいるんだよ!!かくれてないで出てこいよ!」
    「……あ、あきと、まって……1人でおくに行くとあぶないよ……!」

    私よりずっと足の早い彰人は足元に広がる木の根などを難なく飛び越え、もたつく私を置いてどんどんと森の奥深くへと行ってしまう。2人で探検していた時は手を貸してくれたり、待ってくれたりしたのだが、今の彰人に私は見えていない。だから仕方がないのだけれど、置き去りにされるのはやっぱり寂しかった。

    背中が見えなくなった彰人を匂いと音を頼りに追いかける。彼は疲れてしまったのか、大きな木に寄りかかって座り込んでいた。

    「……なんで、出てきてくれないんだよ……とうや……」
    「…………あきと……」

    森の奥はいつも彰人と遊んでいた場所などと比べ物にならないほど闇が深い。木々がよく育っているため陽の光が届かないというのもあるが、ここに住んでいる者たちの影響が強く出ているのだ。そんな中、疲労と不安からか私を呼ぶ声は普段の彼からは想像もできないくらい酷く弱々しいものである。だからその声を聞いた私は、それを無意識にしてしまった。少しでも元気になってほしくて。

    私は、私を知覚できない彼の手を握ってしまったのだ。

    真っ先に耳に届いたのは、彰人の驚いた悲鳴だった。次いで、パシン、という肌がぶつかる音と、彼に触れた手に伝わる小さな痛み。そのすべてを感じてから、やっと私は彼に手を振り払われて、それからがむしゃらに振られた彼の手によって叩かれたのだと理解した。

    考えればわかることだったのに。今の彰人には私がわからないのだから、突然何かに手を掴まれれば誰だって怖いし、驚く。私が悪くて、彰人は悪くない。そう、なのだけど。ギュッと何かに胸が締め付けられた。

    「……あ、あき……と……ごめん、なさい……ちがうの……今のは、わたしで……」

    だから怖くないよ、と言ってみるが、それが彰人に伝わるはずもなく。何か得体の知れない何かがいると判断したらしい彰人は立ち上がり、来た道をまた駆け足で戻っていった。呆然としかけた私は、それでも彰人が途中で迷子になるといけないと気づき、すでに棒になりかけている足でフラフラと後を追った。

    しかし疲労の溜まった足はあまり言うことを聞いてはくれず、すぐにもつれ、何度も木の根に躓き、転んでしまう。そんな時いつも優しく助けてくれる彰人は一度も振り返らず、そのまま迷うことなく森を出ていった。

    振り払われ、叩かれた手が痛い。たくさん走って転んだから、足も、擦りむいた所も痛い。けれど、怪我をしていないはずの胸が一番痛かった。

    あきと。私はここにいる。
    ずっと、そばにいるよ。
    ここに、いるのに……。

    やがて彰人はこの森に来なくなり、私は生まれて初めて声を上げて泣いた。



    そうして、また季節は巡る。
    一度、二度、三度。何度も何度も巡ったが、彼と共に過したひと巡りに勝る季節はなかったと断言できる。

    そう思わせてくれた記憶は私にとって狂おしいほど苦しくも楽しかった初恋として今も傷のように残っている。そんな私も今やひとつきりだった尾はふたつに分かれて、低かった身長も女狐としてはかなり高い部類になった。

    この日も私はもう誰も来はしない、かつての待ち合わせ場所の切り株で日向ぼっこをする。特に理由などないが、ここにいると落ち着くのだ。

    彰人は、元気だろうか。
    私のことはとうの昔に忘れてしまったのだろうか。

    そんなことを取り留めもなく考えていると、私の耳がひとつの音を捉えた。

    (…………人間の、足音?)

    それは人の足音だった。時おり考えるように止まりながら、しかしこちらに向かってくる。人数は1人。足の大きさと歩幅からして、おそらくは男性。迷子、というには少し背丈があるように感じるが、必要ならば追い返さねばならない。

    そこまで考えたあたりで、こちらに向かってくる人物との距離がそれなりに近づいたのか、気配と匂いが強くなる。

    「………………えっ」

    それにはとても覚えがあった。いや、忘れたことなど片時だってなく、今日だってずっと考えていたほど想いを寄せていた気配だった。

    でも、だけど、と己の思考に待ったをかける。
    なぜなら、それはあり得ないから。彼はもうここに来たりしない。来る理由が彼にはもうないのだ。だから、期待なんてしてはいけない。

    そうこうしてるうちに、木の影からそれは現れた。

    「え、と……ここ、だな」

    背も声も昔とは違い、服装もまったく変わってしまっているから一見すると別人のようだが、青朽葉の瞳は以前と同じ色をしている。初めて会ったあの日のようにキョロキョロと辺りを見回すそれは、決して傍にいる私を映さないけれど、それでもわかる。わかってしまう。

    ずっと、あなたに会いたかったから。

    「………彰人」

    声が、体が震える。何をしに、ここに来たのだろう。彼の視線の動きから私が見えているわけではなさそうだが、それならばどうして。

    あぁ、でも、元気そうだ。
    今はただ、それを嬉しく思う。

    そんな私を他所に、記憶より遥かに大人びた彰人は肩にかけていた荷物から何かが書かれた紙と、手の平に乗せられる程度の大きさの板のような物を取り出した。

    (なんだ、あれ)

    森から出たことのない私にはまったくもって見慣れない物ばかりである。彰人は耳に何かを着けてゆっくりと息を吸った。そして。

    「ーーー♪、ーーーー♪」

    彰人の口から綺麗な音が出てきた。凛とした、彼の人柄のように真っ直ぐで、迷いのない音。それに乗せられた言の葉はやはり私にはわからないものだったが、それでも何か意味があることは理解できた。

    (終わった、はずなのに)

    もう、彰人の瞳が私を見ることはなく、私の声が彼の耳朶を震わせるどころか、触れることすらないというのに。

    私はまた、東雲彰人に恋をした。



    どうやら彼の中に私の記憶はないようだが、森の中に開けた場所があったというのは覚えていたらしい。そんなわけで彰人は時々この森に来ては歌の練習をするようになり、私はそれを楽しみに待つようになった。

    「……いや、違う、ここはもっと……」

    そして今、彼は険しい顔で切り株に座り、紙とにらめっこをしている。どうやら歌い方で悩んでいるようだ。たまに声に出して歌いつつ、これも違う、あれも違うと唸っている。

    「……私は最初の歌い方が一番彰人らしかったと思うが……」
    「でも、ここでやりすぎるとサビが……」

    その表情があまりに苦しそうに見えてそんなことを言ってみるが、結果はいつも通りだ。最近の彰人は何かに追われるように歌っている。焦燥感、というのだろうか。再会した時は伸び伸びと歌っていたのに、今はそんなものを感じる。

    何かあったのか。彰人は何かに苦しめられているのだろうか。聞きたくても、何も聞けないのがもどかしい。手を伸ばせば届くほど傍にいるのに、思うことしかできない。

    歌っては悩み、悩んでは歌ってを繰り返すうちに時間は過ぎていき、気がつけば日が傾きかけていた。

    (…………あっ)

    この日、彰人は朝からここを訪れている。そして、そういう日は必ず夕刻になる前に彰人は帰り支度をしていたと記憶している。たしか、そう……いつも、

    (………ばいとの、時間)

    そんなことを彼は呟いていた。それが何かはわからないが、急ぐ様子からして余程大事な用事なのだろう。ちらりと彰人を見るが、まだ紙を睨みつけて、時々板をポンポンと叩いている。時間には気がついていないようだ。

    (な、なんとか……しないと……)

    彰人の力になりたい一心で、私はまた父の言いつけを破った。1回だけ。これが最後だから。そう言い訳をして。



    伝説を超える。そんな夢を見てずっと1人で歌ってきた。同じ熱量で歌える人間がいれば共に目指すことも考えるが、そんな相棒と呼べるような人間には残念ながら会えていない。それでも実力と経験を積まなければとイベントに参加し、ステージに立つ。だが、慣れたからといって、歌が上手くなるかと言われればそんなことはない。

    何かが足りない。
    そんなよくわからないモヤモヤとしたものを抱えながら他のチームに混ざって練習したり、聴き手に回って研究してみたりと色々試してみるが、どうもここ最近は上手くいかない。

    「これがスランプってやつか」

    どうしたもんか、と頭を捻るが練習して1秒でも早く上手くなるしかないと考え直す。結局地道な努力が一番の近道なのだ。今日もバイトまで時間があるから、練習はあの森ですることにした、が。

    (………全っっっっ然上手くいかねぇ……)

    サビを最高に盛り上げるためのサビ前。そのサビ前に繋げるための各パート。ひとつを悩み出すとすべてが悩みの種になる。そんなことをグルグルと考えていると、不意にズボンの裾を何かにクイッと引っ張られた。

    「………ん?なんだ……狐?」

    見ると、俺の服を引っ張っていたのは白い狐だった。細身なその狐はオレが反応したのに気がつくと今度は空を見上げて、またオレを見る。それを何度も何度も繰り返すので、何かあるのかと狐に倣って空を見て文字通り時が止まったように、オレは固まった。

    日が落ち始めている。

    「は、嘘だろ……バイト!」

    手に持っていた譜面を鞄に突っ込み、携帯は時間を確認してからポケットに放り込む。全速力で走ればまだ間に合う時間だ。もし狐がちょっかいを出してこなかったら本気で遅刻していたかもしれない。

    オレは少し離れた所に移動してちょこんと座り、こちらを静かに見ている狐に歩み寄る。毛並みがとても綺麗とはいえ、森にいるのなら野生だろうにまったく逃げる素振りも警戒する様子もない。噛まれないかが少しばかり不安ではあったが、その大人しい様に恐る恐る手を出して、白が微動だにしないことを確認してから頭にゆっくりと手を置いた。

    「サンキューな、教えてくれて」

    本人にそのつもりがあったかはわからないが、助かったことに変わりはない。感謝を込めて優しく撫でてやると、狐は大きな耳をぺたりと伏せて気持ちよさそうに目を細めた。その背後ではふわふわの尻尾がパタパタと忙しなく振られている。どうやら撫でられるのは好きらしい。

    「……随分人懐っこいな」

    可愛らしい様子にもう少し続けてやりたくなるが、時間が時間なので名残惜しくとも今は離れなくてはならない。

    また今度会えたらその時にお礼をしよう。

    そう思い、またな、と声をかけてオレはバイト先までの道を走った。



    最後のはずだった。時間を教えたらもう接触はしない。そう決めて狐の姿で近づいた。それなのに、どうして私は彰人の膝の上にいるのだろう。

    ぽかぽかとした陽が温かく、詩や音程を覚えるためだからか口ずさむ程度の彰人の歌が心地よい。

    「ーーー♪、ーー♪」

    彰人は片手で持った紙面を見詰めながら、もう片方の手は私の背中を撫でる。幼い頃私とそう変わらなかったその手は昔よりずっと大きく、時の流れを感じさせた。

    あの日、振り払われた彰人の手が私に触れている。上を見上げれば、こちらを見て、どうした、と優しく微笑んで声をかけてくれる。それだけで、泣き出してしまいそうなほど嬉しかった。

    (あと、少し……もう少しだけ)

    冬弥、と呼んでもらえなくてもいい。
    私だと気づかれなくてもいい。
    ただの狐で構わない。

    構わないから、あと少しだけ、どうかあなたの傍に。









    白花曼珠沙華の花言葉:思うはあなた一人、また会える日を楽しみに
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