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    おたぬ

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    おたぬ

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    🍁色の下着を買う❄♀

    下着:一般に最も肌の近くに着る衣服の総称。

    つまりそれは基本的に人に見られるようなものではない。私にとって下着とはそういう認識だった。故に着用した際に苦しくなければ後はそれほどこだわりというものはなく、コストパフォーマンスが良ければなお良し、くらいに考えていた。それがまさか、前提から覆る事態になるとは。

    つい先日のことだ。その夜はライブの熱が冷めず、その気持ちのまま父のいる家に帰りたくはなくて、彰人もそれを察してくれた。本当はそれはいけないことだとわかってはいたけれど、私と彰人はホテルに行き、そこで彼に初めてを捧げた。

    その行為が世間的に成功なのか、失敗なのか。それは終わった今でも私には判断がつかないのだが、今までの人生の中で最も幸福な時間であったことはたしかである。そう、それはいい。とても痛かったが、彼に喜んでもらえたし、愛されているとわかった。私が悩んでいるのはそこではない。

    (彰人の目には、どう映ったのだろうか)

    今まで人に見られるとは考えずに買っていたそれを、彼はどう思ったのか。行為中は感じたことのない痛みと、彰人とひとつになる感覚に頭が真っ白になっていたが、冷静になってから色々なことが気になってくる。そのひとつが下着だ。

    インターネットで調べてみれば、交際中の男女間における性行為時の女性の下着というのは中々に重要であるらしく、

    『派手すぎてちょっと引いた』
    『地味すぎて萎えた』
    『色気がなさすぎるのはガッカリする』

    等々。様々な意見が見受けられた。派手すぎるのも、地味すぎるのも、色気がないのもダメ。では、何を買えばいいのか。生涯で男性と交際することになるなど今でさえ自分でも予想外なのだから、その先の知識があるはずがない私は半ば途方に暮れた。あの時は彰人の気持ちは萎えなかったようだが、次はどうなるかわからない。

    (次が……私にあるのだろうか)

    それすら私には予想できないが、幸いなことに彼は私の体で気持ちよくなってくれていたようだし、2回目がないとは言い切れない。となれば、備えておくに越したことはない。

    「と、いうわけで。彰人はどんな下着が好みなんだ?」

    ネットの海に転がっている見知らぬ男性100人の好みを知ったところで、それが彰人でなければ意味はない。そう思った私は、本人に聞くのが早いだろうと昼休みに彼にそう尋ねてみた。情報はより正確であればあるほど良い。私は肉体関係を含む交際をするにあたってそれは必要なことと判断し、彼に聞いたのだが彰人はどうも違ったらしく、思い切り噎せてしまった。

    「彰人、大丈夫か?」
    「いや、おま……、お前……こんなとこで話す内容じゃねぇだろ、それ」

    ゲホゲホと咳をする彼の広い背中を摩っていると、そう窘められた。たしかにここは外だが、みな思い思いに談笑に花を咲かせているため私たちの会話など聞いていないように見える。しかしこの話題は彰人の好みの話だ。もしかしたら恥ずかしいのかもしれない。それとも、言うのがはばかられるような物が好きなのだろうか。

    「おい冬弥、何考えてる。言っとくが、別に下着なんて何だっていいんだからな、オレは」

    今さら下着くらいで嫌いになったりしねぇよ。
    そう言った彰人の顔は赤らんでいたが、それが咳からくるものなのか、別の何かが原因なのかは私にはわからない。

    (私の……好きなものでいい……のか?)

    それが一番難しい気がするのは私の気のせいだろうか。



    それから新しい下着を即決していた以前とは違い、悩みながらも何着か購入した頃、嬉しいことに2度目の機会が訪れた。

    「………んッ、んぅ……ぁ、んむっ……んんッ……」

    ホテルのベッドの上、唇を合わせて舌を絡ませる。ただ舌が触れ合っているだけなのに、自分のものとはあまり思いたくない声が出て、胸が高鳴り体が熱くなって力が抜けていく。絡ませて、食むように歯列をなぞられて。まるで彰人に食べられているかのよう。キスはもう数えられないほどしてきたというのに、未だにこの深いキスは慣れない。息が苦しくなってきたのを彼の胸を叩くことで知らせると、彰人はゆっくりと離してくれた。

    「だから、鼻で息しろって言っただろ?」
    「……それは、そう……なんだが……」

    何度も教えてくれているのに、キスをされると頭が働かなくなってしまって、どうしても息を止めてしまう。すまない、と謝ると彼は笑って、今度は触れるだけの口付けをしてくれた。

    「少しずつ慣れてきゃいい」

    それは、私が慣れるまでしてくれる、と考えてもいいのだろうか。それまでこの関係を続けてくれる、と。そう期待しても許されるのだろうか。そうであってほしい、と願いを込めて私は頷き、また、どちらからともなくキスをする。それを合図に肩を押され、体を支えられながら押し倒された。

    「……冬弥」

    普段の彰人よりも、甘くて低い声。歌っている時、機嫌が悪い時、嬉しい時。様々な彰人の声を聞いてきたけれど、そのどれとも違う声色で名を呼ばれる。初めて交わったあの時と同じ声だ。何かが私の奥底で疼くのを感じて、嬉しいのに、その一方で逃げ出したいような不思議な気持ちになる。

    「………あき……ん、んぅ……ッ」

    再度、唇を塞がれた。それと同時に脇腹から腹部、そこから上へ上へと彰人の手が私の体をシャツ越しに滑っていく。触れるか触れないかのそれが擽ったくて身を捩ると、押さえ付けるように、逃げるなと言うように指を絡めて手を握られた。

    そのまま私の息が苦しくなる前に唇を離されて、息継ぎをするとまた塞がれるのを繰り返される。その間も手は動き続け、やがて彰人はシャツを捲りあげて下着に触れた。絶え間ないキスで酸欠気味になり、ぼんやりし始めた意識の中、私は彼からの次のアクションがないことに気がついて彰人を見る。すると彼はジーッと私のそれを見つめていた。

    (あ、れ………)

    そこでふと、そう言えば今日はどの下着を着たのだったか、と思い返す。そんなに奇抜なものは買っていないし、どれでも見せられないようなことはなかったはずだが、彰人が思わず動きを止めてしまうようなものはあっただろうか。

    (……………あっ……)

    そうだ、今日はあれを着た。一番新しく買ったものであり、ショップであれこれと悩むようになってから最も買うかどうかを迷って、結局どうしても欲しくて購入ものでもある。

    「……あ、彰人……その、それは……」

    初夜はあまり鮮明に記憶が残っていないのだが、彼はあまり私の下着を見てはいなかったと思う。少なくとも、こんなに凝視はされなかったはずだ。脳裏によぎるのはインターネット上で見た、自身の好みと異なる下着を恋人が着用していたという男性たちの書き込み。

    『萎えた』

    その単語が彼の口からも出るのではないかという、恐怖。やはり、自身の趣味嗜好ではなく似合う物を店員に聞けばよかった。火照った体が徐々に冷えていく。
    そこで押し黙って下着を見ていた彰人が、口を開いた。

    「珍しいな、冬弥がこの色って」
    「………えっ」
    「いや、お前は寒色系が好きだと思ってたから、少し意外だった」

    たしかに私も本来であれば、この下着を買ったりはしなかっただろう。けれど、それに気づいてしまったから。そのオレンジと黄色の差し色が目に付いてしまったから。

    「彰人の髪の色に似てると思ったら、どうしても欲しくなってしまって……」

    色合いが子供っぽいというのも男性は気にすると言うのでやめようかとも思ったが、それでも我慢ができなかった。しかし、それでも彼が好まないと言うのであれば話は別だ。

    「だが、彰人がもしも嫌だと言うなら……少し残念だが、これからは彰人の前では着けないように気をつけ……っ!?」

    彰人に嫌われたくなくて必死に言葉を並べていると、突然、彰人が私の肩に顔を埋めて、彼とは思えぬ小さな声で呟いた。

    「…………ってる」
    「すまない、彰人……声が小さくて……よく……」
    「……………………似合ってる」

    2回目ははっきりとそう言って、彰人は私を抱き締めてくれた。
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