寒かった冬も過ぎ去り、麗らかな春の訪れを感じる長閑なお昼。BAD DOGSとしてもVivid BAD SQUADとしても、参加を予定していたライブのすべてを全力でこなした後の暇な土曜日を、彰人は冬弥と公園で過ごしていた。特に何かをしようというんじゃない。ただ、昨日の学校からの帰り道。「それじゃあまたな」と別れようとする彰人の袖口をクイッと控えめに掴んで、誰にも気付かれずに空気に溶けてしまいそうな声で「明日も会いたい」と頬を染めた彼女に言われてしまえば、男として断れるはずも、断る理由もなかった。それだけの話である。
暖かくなったとはいえ、2人が逢瀬の場所として選んだこの公園は遊具が乏しく、遊びに来る子どたちの姿はない。そんなどこまでも静かな公園のベンチに2人並んで座り、何を話すでもなく、するでもなく、ただボーッと共に時間を浪費する。
(なんつーか、嫌じゃねぇんだよな)
ここにあるのは、ペラリ、と冬弥が本のページを捲る音と、風にさざめく葉擦れの音だけ。そんな沈黙でさえ、冬弥となら心地よい。波長が合う、とはこういうことを言うのだろう。彰人はそんなことを考えた。たまにはこんなのもいい。
無意味でありながら幸せに満ちた時間が、2人の間をゆったりと進んでいく。
(………あっ)
何となく携帯で最新の期間限定デザートを調べていた彼の目に、ひとつのメニューが飛び込んできた。曰く『季節限定カップル専用パンケーキ』。春をイメージしたらしいそれは見た目もさることながら、苺をふんだんに使用しており味の方もかなり期待が持てそうな1品である。
(カップル、専用……)
彰人と冬弥は紛うことなきカップルだ。「好きだ」と伝え、「私なんか」としつこいくらいに自分を卑下する彼女から何とか本音を聞き出して、やっとの思いで結ばれた恋人である。だから、これを食べることは許される……はず。本命の彼女とこういったメニューを頼むのは少し気恥しい気もするが、他のメニューにコーヒーやクッキーもあるようだから、冬弥の口にパンケーキが合わなかったとしても大丈夫そうだ。
(明日デートに誘ってみるか)
まぁ、今もデート中と言えばデート中なのだが。
店の場所や限定メニューについてひと通り確認をし終えた時、彰人の肩に、トン、と何かが寄りかかってきた。
「……冬弥?」
何か、と言っても隣には冬弥しかいないため、必然的に肩に寄りかかってきたのは彼女となる。頭を彰人の肩に預けてきた彼女はこの陽気にやられてしまったのか、すやすやと可愛らしい寝息を立てて眠っていた。
(珍しいな)
真面目で居眠りなどしない冬弥の寝顔はなかなか見る機会がない。そのため、どうせならじっくり見たいと冬弥へと目を向けて、彰人の体はビシッと石のように固まった。
(………なっ、え……は?)
単語にすらならない文字が脳内を舞う。混乱極まる頭の片隅で、そこは男として、あまり見つめていいものじゃない、と何者かがそう叫んでいた。わかっている。彰人もそう思いはする。けれど、それでも彼の青朽葉はそこから目を離せなかった。
こちらに身を寄せたことで俯瞰できるようになってしまった、冬弥の胸にある深い谷間から。
ゴクリ、と無意識に彰人は生唾を飲む。別にそれを見るのが初めてなわけではない。もう何度も胸だけではなく裸体だって互いに見ているし、触りもしている。いや、だからこそ、だろうか。
彰人は知っている。彼女のそれが柔らかく、弾力があることも、そしてそれに触れた時の彼女の痴態も。すべて、彰人は知っている。
ゴクリ、と、再度彼は溢れてくる唾液を飲んだ。先刻まで暖かくなってきたと感じていた頬を撫でる風が、途端に涼しく思えるほど体が火照り出している。
見るな。これ以上見たらまずい。未だ冷静さを保っている自分がそう警告を発していた。
あぁ、たしかにそうだ。こんな公共の場で盛るわけにはいかない。冷静に。冷静になろう。
ふーっ、と息を吐き、体の中心に集まりかけていた熱を彰人は散らして視線を冬弥の胸から逸らす。そして、逸らした先でまた釘付けになった。
ぷるんとして、美味しそうな桜色の唇。薄く開かれ、今は寝息を立てているそれが、男の欲を咥えたことがあると知っているのは自分だけだと思うと、たまらない気持ちになる。歯が当たらないようにめいっぱいに開いて、小さな口で懸命に奉仕してくれた。気持ちいいと伝えた時の、纏う色気とは真逆に無邪気に笑う顔が最高に可愛くて、すぐにベッドに引き倒してしまったのはまだ記憶に新しい。
(……って、何考えてんだ、オレは……!)
居眠りしているだけの彼女を見て、なんでこんなことを考えている。頭を振って次々に思い出される冬弥との熱い夜を振り払おうとするが、どれもこれも彰人が見てきた安価なAVよりも刺激的で上手くいかなかった。
『あきと』と、歌声とも、普段の落ち着いた声とも違う、甘く蕩ける蜂蜜のようなそれが彰人の脳内にリフレインする。
(あー……、クソっ……)
すっかり張られてしまったテントを隠すため、彰人は冬弥を起こさないように注意しつつ、そっと足を組んだ。