それは人魚の恋に似ていた。届かぬ想いに身を焦がし、愛の言葉を音にすることもできずに、泡となって無意味に消えていく。そんな叶わぬ恋をした人魚姫に。勿論、私は各所で描かれている彼女のように、美しくなんてないのだけれど。
「やるぞ、冬弥」
舞台袖でニヤリと笑う彼に、あぁ、と応えて拳をコツンと合わせて観客の前に躍り出る。響く歓声と、高まる会場の熱気。何度も話し合って決めたセトリの通りに歌って、感じる確かな手応えに彰人がこちらに目配せをしてきた。
また彼の夢に、いや、今となっては私たちの夢に近づけている。共に歩めている。それがたまらなく嬉しい。たとえ、この胸の奥底に眠る芽生えたばかりの幼い恋が叶わずとも、夢が叶うのならばそれでいい。
彼の視線に頷いて観客に手を振り、その日のライブは盛況のまま幕を閉じた。袖に戻り、よかったよ、と声をかけてくれるスタッフに挨拶をして、ライブハウスを後にする。外に出ると優しく頬を撫でる冷たい風がライブ後特有の火照った体に心地よい。
「今日のライブも最高だったな、相棒」
月明かりの下、彰人が笑う。まるで子供のように。
(……好きだ、彰人)
決して音にはできなくても、そう思うたび『相棒』という2文字に心が締め付けられたとしても、その想いは変わらない。次もこの調子でやるぞ、と次回への意欲を見せている彰人を前に私はポツリと何でもないように呟いた。
「月が綺麗だな」
「ん?あぁ、そうだな」
夜遅いから家の近くまで送ってく。
そう言ってくれる彰人の優しさに、私は少しだけ泣きたくなった。