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    おたぬ

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    おたぬ

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    乳牛❄♀がイルミネーションを見に行く話

    オレの女でいてくれないか家畜はペットではない。日々飼い主である人間の糧となるために飼育され、その役目が終われば処分される。それが家畜だ。愛されるために生を受け、終わりを悲しんでもらえるペットとはその命の意味が違う。それを私は理解しているし、種牛との交尾で雄のギラついた瞳に恐怖した瞬間、私という存在に生きる価値がなくなったことも知っていた。だからこそ、飼い主と同じ食卓で食事をし、ひとつのベッドで共に眠り、さらに激しくも愛に満ちた種付けと搾乳までしてもらえる今がどれほど幸福なのかも、私は理解している。

    本当なら終えていた命を拾い、身も心も愛してくれる彰人。今の私は、そんな彼のために毎朝搾りたてのミルクを用意する、家畜として幸せな毎日だ。私はそれ以上を望んではいない。望んではいけない。

    秋が終わり、冬へと移り変わった12月。この時期人間達は何かと忙しいようで、彰人も家を空けることが多くなる。そんな日々の合間の今日、向かい合わせに私を膝へ乗せてソファに腰掛け、テレビを眺めていた彰人が不意に私を呼び、ポツリと零した。

    「デート行くか」
    「…………デート?」

    聞き慣れない言葉をオウム返しし、私は彼の言った言葉の意味を考える。以前、テレビで『デートスポット』というのが特集されていたことがあるが、そのデートだろうか。しかし、それはたしか、人間の雄と雌が行くものだと記憶している。聞き齧った情報を思い出し、首を傾げた。

    「彰人、私はたしかに雌だが、乳牛だぞ……?」

    そも、乳牛を外に連れ出す場合はカウベルの付いた首輪とリードの装着が義務となっており、それではデートではなくペットの散歩であり、家畜にそういった散歩は不必要である。いや、その前に彰人と私は交尾はすれど、番の関係ではなく、どこまでいっても人と牛。愛し合っていいわけがないのだ。だからデートは無理なのでは?と、そう主張する私に、彰人はたまに見せる悪い顔をして、私の髪へ指を潜らせる。

    「そのことなら、オレに考えがある」

    だから大丈夫、と。髪を梳く指に牛耳を擽られ、ピクンと体が跳ねる。家畜の散歩をデートにする方法。そんなものがあるのだろうか。私にはまったくわからなかったが、彰人がしたいのなら、それで構わない。私が頷くと、彼は嬉しそうに笑って、私をソファへと押し倒す。どうやら、今日も種付けをするようだ。そんなに頻繁に種を注がなくともミルクは出るのだが、私も彼との交尾は嫌いではないので、寄せられる唇に自身のそれを差し出した。

    そんなことがあった数日後の太陽が一際輝きながら沈んだ頃、朝から出かけていた彰人がいくつかの紙袋を抱えて帰ってきた。

    「冬弥、服買ってきたからこれに着替えてくれ」
    「…………服?」

    健康診断以外ほとんど外出しない私に、服?
    きょとんとする私に彰人はニヤリと笑い、紙袋の中から女性用と思われる衣服を取り出して言った。

    「これからデート行くぞ、冬弥」

    元々家畜用の簡素なものではなく、人間用の大き目のシャツや彰人の部屋着をもらって着ている私は、おそらく他の乳牛達に比べ、人間の服は着慣れている。それでも人間の、それも女性用となると話は別である。どれだけ外見が人に近かろうと、生態はまったくの別種。特に乳牛の胸部は人間の女性とは比べ物にならないサイズだ。折角彰人が買ってきてくれたそれが無駄になってしまったら、と不安に思いながら、私は手渡されたそれに袖を通す。ドキドキと裾を下へと下ろすと、それはかなり伸縮性のある素材を使われているのか、ミルクの詰まったそれを難なく包み込んだ。大丈夫そうだな、と彰人も安堵の息をつく。彼は人間と乳牛の身体的特徴の違いを考えて服を選んでくれていたようだ。改めて着用した服を見てみれば、手が袖で半分ほど隠れるので、もしかしたら本来よりひとつ大きいサイズなのかもしれない。

    それから、彰人に促されるまま着替えを進めていくと、尻尾はスカートとコートで、耳は深めに被った帽子で隠されていき、最後に首輪に付いたカウベルは鳴らないように舌の部分をテープで固定され、さらに首輪の上から肌触りの良いマフラーが巻かれた。

    「あ、彰人……これは……」

    鏡の中に佇む彰人の手で身なりが整えられた自分はどこも見慣れぬもので、戸惑ってしまう。首を振っても鳴らないカウベルに、見当たらない耳と尻尾。

    (……これでは、まるで……)

    まるで、人間の女性のようだ。目の前にいるのは、本当に自分なのか。そんな疑いすらかけてしまう。

    「思った通り、よく似合ってんな」

    私にとっては驚きの光景だが、彰人にとっては予想の範囲内だったらしく、うんうんと満足そうに頷く彼が鏡越しに見えた。どうやら、私は彼の期待にそえたようだ。

    「んじゃ、デート行くか」

    嬉々とした彰人に手を取られ、玄関へ導かれた私は、しかしあることに気がついて、大きな手をクイッと引き、彰人の歩みを止める。

    「待ってくれ彰人。色々と用意してくれたのは嬉しいが、このままでは首輪が隠れてしまっているから、外には……」

    首に巻かれた温かなマフラーを示し、言う。外出時の装着が義務付けられている首輪は、乳牛が個人の飼育下にあることを周囲に知らせ、また、もしはぐれてしまった時、盗難に合った時、その乳牛の所有者を明らかにする、大切なものだ。それが隠れてしまっていては、家畜として、外に出るわけにはいかない。それを思い出した私は、ふるふると首を横に振り、彰人の手を離す。すると彼は「相変わらず真面目だな」と苦笑し、離れていく私の手を捕らえ、ギュッと両の手で優しく握った。

    「なぁ、冬弥。今日だけだ」

    落ち着いた声色で、私に言い聞かせるように、彼は続ける。

    「いや、この家を出て、帰ってくるまでの間だけでいい」

    私の手を包み込むふたつの手から彰人の高い体温がじんわりと伝わって、少しだけ、ドキリと胸が高鳴った。

    「――――――――――――」

    その言葉にぶわりと体温が上昇し、頬が熱くなる。狡い。そう言えば、彼は悪戯が成功した子供のように笑った。

    あぁ、本当に、その顔も。本当に、本当に、狡い。



    初めてのブーツを彰人に手伝ってもらいながら履いて、立ち上がる。その際、スっと手を差し出され、彼を見ると言われたのは、「リードの代わり」だった。

    「今のお前を見て牛だと思うやつがいるとは思えねぇけど、はぐれたら困るし、お前を他の男に盗られるわけにもいかないからな」

    だから、外にいる間はリードの代わりに手を繋ぐ。そういうことらしい。なるほど、と頷き、私は出された手に自身のそれを重ね、久方ぶりに自宅の外へ足を踏み出した。

    いつもは見送ってばかりなのに、自分の足で門を跨ぐのは何となく不思議な感じがする。それも、今日は歩いてもカラカラ鳴るカウベルの音もなく、また私と彰人の間で揺れるリードもない。その代わりに、あるのは手から感じる彼の温もり。

    (本当に、不思議な感覚だ)

    先ほどからトクトクと心臓が小刻みに脈を打っていた。ひんやりとした冬の冷たい空気に頬を撫でられているのに、まったく寒く感じないどころか、心地よくさえ思える。

    このデートは日が沈んだ後の出発のため、辺りはすでに暗く、何か箱のような物を手に持ち、家路に急いでいるのだろう人々がちらほらと見受けられた。その流れを私達はゆったりとした足取りで逆流する。いつも彰人はもう少し早いペースで歩いていた気がするが、履き慣れない靴を履いている今は、この歩調が有難かった。

    (いや、私に気を使って、そうしてくれているんだろうな)

    優しい人だと、心からそう思う。早鐘を打つ胸が、声高らかに彰人への想いを叫ぼうとしていた。そんなものを告げても、私が私であるかぎり、彼との間に未来など授かることはできないというのに。ふぅ、と熱の篭った息にこっそりと飛び出そうになったそれを混ぜて、吐き出しておく。もし常と違う空気に当てられて、変なことを口走りでもしたら大変だ。

    「冬弥?」
    「……っ、なんだ、彰人?」

    思考に浸っているところに突然足を止めた彰人に名を呼ばれ、ビクリと肩が跳ね上がる。彼の方に目を向けると、心配そうな瞳がそこにはあった。

    「いや、ため息ついてっから、疲れたのかと思ってよ……ほら、履き慣れてない靴だろ?」

    靴はいつものやつで来るべきだった。
    そう後悔の念を滲ませ、こちらを案じてくれる彰人にまたムクムクと吐き出したばかりのそれが私の中で膨らんでいく。しかし、それを音に出すわけにも、さりとて黙りでいるわけにもいかず、私は首を横に振った。

    「それは大丈夫だ、彰人。この靴はたしかに慣れないが、今のところは平気だ」

    ミルクが貯まり、ずっしりと重い胸の奥深くに生まれたそれを隠して言うと、彼の金色が私を鋭く射抜く。どこまでも澄んだ宝石のような瞳に見つめられ、心臓がまた悲鳴を上げた。しげしげと、内心が忙しいことになっている私を見ていた彰人は、けれど納得してくれたようで、「そうか、疲れたら言えよ」とだけ残し、私がそれに頷くのを確認すると、足を前へ踏み出した。

    その歩みはやはりいつもと比べ、ゆったりとしていた。



    1人帰路を急ぐ大人、楽しそうに笑い合ってどこかに行く家族連れ、寄り添う男女。様々な関係と理由を持つ人々が入り交じった道を歩き、しばらくして、私はあることに気がついた。

    (男女の2人連れが増えている?)

    どこに向かっているのかは聞かされていないが、周囲にいる人間が彰人に近い年頃の男女ばかりになっている。私が途端にキョロキョロし始めたからだろう。隣からクスリと笑う声が聞こえ、可笑しそうに彼が笑っていた。

    「なんか気になるもんでもあったか?」
    「……いや、ただ、周りが男女ばかりだな、と、そう思っていた」

    疑問を素直に口に出す。それに彰人は「あぁ、それな」と一頻り笑うと何でもないことのように言った。

    「そりゃ、今日はそういう日だからな」
    「そういう日?」

    人間の営みにはあまり明るくないが、今日という日は特別な日なのか。首を捻って記憶を辿っても、私が覚えている特別な日は、彰人の生まれた日や拾ってもらった日くらいのもので、思い当たるものは何もなかった。

    「まぁ、お前が気にすることでもねぇよ」
    「そ、そうか?」

    彰人に手を引かれるまま、私は仲睦まじく身を寄せあって進む男女を横目に、彼女らと同じ方向に進む。時おりテレビで見たことのある人間の番。それを実際に目の当たりにすると、マフラーの下にある首輪や、服で隠された耳と尻尾を嫌でも思い出してしまう。鏡で見た時は自分のことを、まるで人間の女性のようだ、と思ったが、人間から見ても、そう見えているのか。首輪もリードも付けずに、あの男は何をしているのか、と、そう思われてはいないだろうか。緊張から尻尾が震えそうになる。

    (大丈夫だ。これは彰人が選んでくれた服。……だから、大丈夫)

    言い聞かせ、ザワつく心を落ち着けていると、リードの代わりに繋がれていた彰人の手がスっと動き、指と指が突然絡められ、またギュッと握られる。大丈夫。隣から言葉は何も聞こえなかったが、たしかに、私にはそう聞こえた。

    「……と、ほら、着いたぞ」

    家を出て、長いような、短いような時間を歩いて着いたのは、大きな広場だった。周囲にはやはり寄り添い合う人間の番達。けれど、広場の中央、そこに聳え立つそれを見た私は気になっていた番達からの視線も、何もかもを忘れて輝くそれに心を奪われた。キラキラ、キラキラ、と、色とりどりの光を放つ大きな木。交尾ができるようになるまでを過ごした牧場では、決して見ることのできない光景に息を飲む。

    「凄い……綺麗だな、彰人」
    「ん、そうだな」

    繋がれていた手が腰に回され、そっと抱き寄せられる。外では初めての抱擁に驚いたが、幸い、周囲の番達も私同様に目の前の光る木やお互いに夢中なようで、誰もこの場に紛れ込んだ乳牛のことなど見てはいなかった。

    「本当ならどっか店にでも行ければよかったんだが、さすがにそれは難しいからな。こんなことしかできねぇけど、気に入ったみたいでよかった」

    帽子越しに落とされた口付けに、帽子の下で耳がビクリと跳ね、ずっと早かった心臓がさらに壊れた機械のように、大きな音を立てた。彰人にも聞こえてしまいそうなそれに、つい気恥ずかしくなって、彼のコートをキュッと握り、もう一度、夜闇の中輝く木を見上げる。

    「本当に綺麗だな」

    彰人が零したそれに、私も無言で頷く。ここでこうしていられるのは、今日だけ。とても短いたった一夜の夢ではあるが、それでも今は、こうしていられる。いつまでも、このままで。そんな願いはありはしないけれど、この日見た景色も、感じた温もりも、思い出も、私は忘れはしない。

    「ありがとう、彰人」

    少しの間だけでも、まるで彰人の番になれたようで、とても幸せだった。

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