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    おたぬ

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    おたぬ

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    付き合ってない🍁❄♀がお蕎麦を食べてるだけ

    美味しいお蕎麦彰人には中学の頃から大切な相棒がいる。彰人に足りない音楽の知識や、耳の良さ、そして互いの声の相性も文句のつけようのない彼女は、すぐに彰人にとって掛け替えのない存在となった。白い肌に、綺麗な長い髪。女性にしては背が高く、背丈だけではなく、他のところも色々と発育のよい女の子。音楽知識はずば抜けているのに、当たり前のことを取りこぼしてきた彼女は日常生活を送る上で何かと放ってはおけない子だった。何せ、世間というものを本の世界でしか知らないのに、彼女自身はとてつもなく人の目を引いてしまう外見をしているのだ。今まで何度、見知らぬ男性に声をかけられ、手を引かれる冬弥を見つけて、何度、2人の間に割り込んだことか、彰人にはわからない。

    けれど、それを面倒だと思ったことは一度もなく、むしろ、「すまない、ありがとう、彰人」と申し訳なさそうに、しかし安堵した顔を見るたびに湧き上がるのは別の感情で、それが恋慕へと変わるのに、そう時間はかからなかった。

    伝説を超えることを夢見て時間は流れ、気がつけば2人は20歳を過ぎ、共に歩んだ時間は10年を越えようとしていた。

    「彰人、お蕎麦できたぞ」

    バタバタとライブハウスで年末を駆け抜け、ようやく落ち着いたお正月。炬燵で寛いでいた彰人の前に冬弥が年越しに食べ損ねたそれを置く。醤油と蕎麦独特の香りにふわりと鼻腔を擽られ、蕎麦の上にはいつもはない焼かれたお餅が乗せられており、食欲をそそられる。学生の頃の冬弥は包丁だって握ったことがなく、それを扱う手つきも危なっかしかったというのに、いつの間にか、こんなにも美味しそうものを作るようになっている。実家を出てひとり暮らしを始めるにあたり、相当練習をしたようだが、ますます女性としての魅力が増していく彼女に、彰人はどうしても焦りのようなものを感じてしまう。

    「いただきます」
    「ふふ、どうぞ」

    料理のため後ろでまとめていた髪を解き、エプロンを外してから自身も炬燵の中に入った冬弥が彰人の言葉に嬉しそうな笑みでそう返して、箸を持ったのが視界の端に見えた。なるとに刻み葱、鶏肉、椎茸。それらを摘みながら、彰人は甘めの汁が絡んだ蕎麦をツルツルと啜る。

    「……どうだろう、彰人。今回は鶏ガラだけではなくて、椎茸からも出汁を取ったのだが」
    「あぁ……それで椎茸が入ってんのか」
    「勿体ないからな、切って入れたんだ」

    蕎麦汁を去年と変えたらしい。言われてから、そういえば去年までは椎茸が入ってなかったな、と気がつく。正直なところ、味がどのように変化したのか彰人にはいまいちわからなかったが、それでも言える言葉はひとつだけあった。

    「ん、美味い」
    「……っ、そ、そうか……!」

    よかった、と、頬を染めて喜ぶ彼女に、彰人の頬も自然と綻んだ。だが、その胸の奥深くにはドロリとしたとても冬弥には見せられない汚泥のような何かが溜まっていく。甘めの味付けがされた、美味しい蕎麦。それは彰人の好みに合わせて調理されたものだ。

    (これも、いつかは……)

    いつか。もしかしたら遠い将来、もしくは近い未来で、別の男に振る舞われるかもしれない。そう考えると、気が狂いそうだった。共に過ごしてもうすぐ10年になるが、伝えられずにいる彼女への恋心との付き合いも、凡そ同じくらいになるだろうか。今思えば長い付き合いだな、と、心の内で笑い、甘い蕎麦汁が染み込んだ餅に齧りつく。やはりそれは、どこまでも彰人好みの味がした。

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