数週間ぶりに高専に戻った翌日は風もなくよく晴れた。
教室から椅子を一脚持ち出し、屋外の一角に置く。
その下に新聞紙を敷き詰め、傑を椅子に座らせる。
櫛を通す必要もないくらい、綺麗な髪の少し伸びた毛先に指先を通し、僕はいつものように小さく鋏を入れる。
刃同士が擦れ合い、間にあった艶やかな数センチを捉える。根との繋がりを絶たれた先が、重力のままに落ちる。
数週間に一回、高専敷地内、青空の下で僕は傑の髪を切る。最初の頃は不慣れのまま鋏を動かし、時に失敗し、随分心配させた。
何回と熟していくうちにもう半年ほど。鋏捌きは随分上達したと自負する。
「ねえ、悟」
「んーーー?」
珍しく見つけた枝毛を少し長く切って落とす。
「たまにはばっさり切ってくれないか?毎回小まめに切ってもらってありがたいんだけど、こうして数週間ごとにやってくれるのは手間だろう」
「そんなことないよ、僕が好きでやってんの。いい息抜きだし、外で髪切るの何かもう楽しいね」
あの頃の長さ、軽さは、もう指先が覚えている。そのかたちを目指して、感じる重みが指先の知る重さになるように、少しずつ少しずつ近づけるように切る。
「実を言うと洗うのも乾かすのも昔より時間がかかるから、ひと思いにやってほしい」
「…えー、でもさ、今更短い傑とか想像できなくない?不便なら僕が洗うのも乾かすのも手伝うよ」
櫛を通して、髪の間に残った毛を落とす。
ぱらぱらと小さな毛のかけらが新聞紙の上に散らばっていく。
「君は任務でいないこともあるし、慣れても随分不便だから。短いほうが何かと楽なんだよ」
溜息半分に傑が存在しない右腕があるかのように肩を回してみせる。
ぷらぷらと何も通っていない袖が宙に揺れるたびに、重傷を負った傑を殺せず、硝子に診せ、上を黙らせ、自分の監視下に置くことを認めさせたあの日のことを思いだす。
傑の理想、10年前自分が気づけなかった傑の思い、何度思い出しても、何度考えても、何が最善だったのか、今も僕は理解しきれていない。
切り終えて毛先が整った髪を両手で丁寧に後頭部に集める。ひとつにした髪の束を、ゴムでまとめれば、あの頃と変わらぬ後ろ姿、追いつけなかった雑踏のなかではない、となりで見ていた愛しいかたち。
「さとる、私結構短髪も似合うんだよ」
その姿への執着もきっと傑は気づいているのだろう。それでも。
「ふぅん。…まあもう少しだけでいいからさ、…僕の我儘聞いててよ」