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    NoaNino

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    さけのいきおいではじまる五夏※過去作リライト

    会場から鉄道を乗り継ぎ、迷いながらふらついた足で21時前の新幹線に飛び乗った。東京に着くのは23時すぎ。終点だし寝過ごす心配もない。
    出発間近の新幹線に駆け込んだのに自由席は思ったよりも空いていて、前方の席をひっくり返して4人掛けにしたシートに、3人が座る場所を確保した。
    がたん、と動き出した新幹線に、ほっと酒臭い息を吐く。
    「……っはー、久々にこんな走ったー…吐くかと思った…、はー…はいばら、ちゃんと座りな」
    「んんー…げとーさん?もうのめないですってー」
    酔いと心地よい疲労、目を瞑ったらすぐに眠りの世界に落ちてしまいそうだ。
    「あーー、疲れた!!」
    悟は緩みきったネクタイを引き抜き、乱暴にカバンに捩じ込む。
    窓の外はあっという間にキラキラした都会の夜の街を離れていく。
    灰原を押し返すのを諦めた悟は大きく溜息をついた。
    体は眠気に向かっているのは分かるのに、走りすぎてカラカラになった喉が水分を欲している。走って醒めた分、もう一杯くらい飲んでもいい。ちょうどそのタイミング、車内販売のワゴンが近づく。お茶を、と声をかけようとした瞬間、
    「すみません、何か甘い酎ハイ…と、傑、ビール?ハイボール?……それから、お茶2本とー……あとなんかつまみあります?甘いやつ」
    悟が先に口を開き、気づけば私の手にビールとお茶が1本ずつ収まっている。
    「……3次会しよ」
    悪戯っ子のように笑い、悟はつまみのチョコレートの箱を開けた。



    いい式だったよね、から始まり、硝子の夫の話、泣きながら挨拶をしていた歌姫の話、余興の話、……昔の話。一日中一緒に授業を受けて、夜も誰かの部屋に集まって、授業のこととか宿題のこととかくだらないこととか、ずっと話していた頃の話。話題は尽きなかった。

    車内販売がまた回ってきて、今度は私がビールと酎ハイを買う。
    空っぽになった缶をビニール袋に放り込み、新しい缶を開ける。
    飲みながらまた話を再開する。

    灰原の妙な寝言に笑っているうちに、車内アナウンスが新横浜への到着が近いことを知らせる。眠ってしまうかと思ったのに、昔話に花を咲かせていたら、あっという間だった。
    「灰原、起きろ」
    ぺちぺちと灰原の頬を叩き、揺り起こす。
    少しは酔いが醒めたのか、眠気とアルコールの狭間で灰原が揺れる。
    「新横浜、着くよ」
    「ん……んんっ、ふぁい」
    減速を始めた車内で鞄と、引き出物の袋を掴ませ、僕に飲みかけの缶を預けると、傑はデッキまで灰原を引きずるようにして歩いていく。

    なんて世話焼きな男。
    電車はやがて停車し、ホームに押し出されて、何やらデッキの傑に話かけている灰原の姿を見ながら、預けられたビールを飲む。まずい、苦い、やっぱり甘いほうが僕は好きだ。

    ごくりと喉を過ぎていく感覚も、苦いだけの味も、いつまで経っても美味しくないけれど、それを飲む傑の姿を見ると、何故か美味しいもののように思える。

    車内アナウンスを聞きながら、今日の式を思い出す。友人は、同期は、結婚し、家庭を持っていく。
    傑はどうなんだよ?任務で忙しすぎてそれどころじゃないだろ、そんなやり取りも飽きるほどした。
    どこの家の娘が適齢期だとか、紹介されそうな機会はたくさんあったし、付き合いだとお見合いに引っ張っていかれたこともある。
    けれど初恋に敵うような相手は、1人だっていなかった。いい匂いや柔らかな皮膚に惹かれたことは、1度だってない。

    「……おかえり、お疲れー」

    この男以上に好きになった相手なんて、いない。

    このいちばん近い友人関係を壊すくらいなら、このままがいい。
    せめて傑が彼女を紹介してくるまでのあいだは。

    僕から缶を受け取りながら、傑が座る。
    「最後何叫んでたのあいつ、めっちゃ注目されてたけど」
    「んー……?ああ、


    次は夏油さんの式ですかねって。相手いないのにね」

    缶を傾け、ごくごくと音を立てて傑が飲み干していく。あんなに美味しくないのに。傑は美味しそうに飲む。酒に強い傑のペースは変わらない。
    東京まで20分弱。未開封はあと一本、傑なら案外飲み切れるかも。
    「まずは相手探しからだね、いいお年頃だからね、私たちも」
    「んー…そーだね」
    「まあ、そんな暇ないんだけどね、忙しいし」



    「そういえば灰原と七海もそろそろって言ってた今日」
    「え、マジ?聞いてない」
    明日も早いので、そう言って二次会には参加しないで先の新幹線で帰った男を思い出す。睡眠時間を確保するために早く帰ったというのに、今頃新横浜の改札で灰原と合流した頃だろう。そういう男だ。
    「お前だってそろそろ実家が黙っていないだろ、孫の顔とか」
    そこまで言って、悟が言葉を止める。私の目をじっと見たかと思えば、再び一気にビールを呷った。
    「そうだね、まあ…忙しいし、急いで結婚したいわけでもないし、」
    悟が誰かと恋に落ちて、結婚すると紹介されて、結婚式に呼ばれて…幸せそうな二人を見て…そして漸く失恋するのだ。自分から失恋しにいく勇気なんて、私には今も昔もないから。
    だから早く、諦めさせてくれたらいいのに。

    「…んーーー、じゃあさあ…もう…、


    僕にしとけば」

    指先からアルミ缶の感触が消える。体にアルコールはきちんと回っていた。
    音が世界から一瞬消える。床と缶が音を立てて我に返った。車両の揺れに合わせて転がりかけた缶を拾いあげる。僅かに残っていたビールがつくった水たまりをティッシュで拭きとりながら、悟の言葉を頭のなかで繰り返す。何、いまの。聞き間違いか?
    「…あ、ははっ…、今なんか言った?聞こえなかった」
    空っぽになった缶を拾い上げてビニール袋に放り込む。平静を装うも手持ち無沙汰になって、慌ててもう一本残った缶を掴む。あれだけふわふわと気持ちのよい浮遊感に包まれていたのに、冷や水でも頭からかけられたようだ。
    「………酔ってるの?お茶いる?飲みかけだけど」
    震える指先を最後のビール缶のプルタブに引っかける。酔っているにしたって簡単に開くはずなのに、指先がぶるぶると震えて、力の入れ方が分からない。
    悟の顔も真っ直ぐ見られない。皺の寄ったスラックスを眺めながらプルタブに必死に指を立てた。
    「酔ってるけど、酔ってないよ……、……酔ってない。…ねー…僕にしときなよ、傑」
    悲壮感すら感じる声音に、もう一度繰り替えされたその言葉に、慌てて顔をあげれば今度は悟が顔を伏せている。
    耳まで真っ赤になっているのはアルコールのせいだけじゃないだろう。
    「は…はは…っ、何…言っ…て…悟、思った以上に酔ってるんじゃないか…、東京駅着いたらトイレいこう、とりあえず具合悪いなら吐いて…」
    缶の開封は諦めた。もういいや、持って帰ろう。
    車内アナウンスが品川への到着を告げる。私たちを物珍しいものでも見るような顔をしてサラリーマンが通路を急ぎ足で歩いていく。聞こえていたのだろう。
    東京駅をめざし数分間だけ走る新幹線、この車両にはもう私達しかいなかった。
    「…いや、……酔ってねー、って。くそ…かっこわる、こんな勢いで…言うつもりじゃ…」
    誰もいなくなった車内で、悟がぽつりぽつりと言葉を吐き出す。全て図星でこっちの顔まで、酒ではない何かで真っ赤になる。
    「…硝子、すごいー…幸せそうで……、っつーか、みんな、どいつも、こいつも…式出ると、そりゃ…もー…幸せそー…で、……そのたびにお前とそういうの…、想像して…あきらめて…なんか……、いつか、お前に恋人紹介されて、結婚式に呼ばれて…幸せそうなお前見て…そしたら漸く失恋できると思ってたのに…もう無理…っぽい」
    がまんできない、掠れる声でそう吐き出し、熱っぽい悟の視線が私を捉える。アルコールだけではない色に目が染まっている。

    「…傑、

    ごめん、我慢してるのむり。

    ……好き…」

    終点を告げるアナウンスが流れる。徐々に減速をした車両が大きく揺れて、ホームに滑り込む。

    私が大好きなあの頃と変わらない強い眼光に捕えられたら、
    何度も夢見ては無理だと諦め続けた言葉が、酒に唆された勢いでシチュエーションも選びきれずに出てきた言葉だとしても、今更返事なんて悩む理由がない。
    「っ、…わたし、も…」
    終電の新幹線の自由席。ぐしゃぐしゃになったスーツに、酒に濡れた口で漸く吐き出したのは互いの中に長年積もった恋心。ムードも何もないけれど。
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