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    NoaNino

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    NoaNino

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    過労で味覚が死ぬ夏の五夏

    恋人が先に帰宅した日は、玄関のドアを開けると美味しい匂いがする。

    「ただいまーっ」
    「おかえり。ちょうど良いタイミングだよ、手洗って着替えておいで」
    「今日なに?肉じゃが?」
    二十三時の晩餐は僕らの日常。
    「そう。肉安かったからね」
    豚肉を使った肉じゃがは、傑の実家の味。僕の実家じゃ絶対出てこないような、いわゆる庶民の味にすっかり口は慣らされてしまった。

    急いで手を洗い、部屋着に着替えて食卓に舞い戻る。テーブルの上には肉じゃがを中心におかずが3品、ご飯に味噌汁。冷蔵庫にはきっとデザートもあるだろう。

    「美味そ、いただきます!」
    いつも通りに手を合わせ、一番に肉じゃがに箸を伸ばす。
    口に放り込んだじゃがいもからは慣れない味が染み出す。
    「……ん?あれ、今日また味付け違うね」
    「…あぁ、分かった?スーパーでレシピ紹介されててさ、それ試してみようと思って。昨日のレシピのシチューも美味しかったよね。どう?」
    「うん、美味しー…」
    美味しい。普段とは違う出汁で、お酒も少し入ってる慣れない味付け。僕はもう少し濃いめが好きだけど、一般的に美味しいと言える味だ。

    一般的な「美味しいもの」を僕らはもう一週間も食べている。



    傑がとんでもない味付けをし出したのはもう3年近く前のこと。

    卒業して、同棲を始めてすぐにお互い忙しくなって、ようやく2人合わせて丸一日の休みが取れた前夜、傑が作った夕食は明らかに味がおかしかった。
    ソースの味が濃すぎるハンバーグと味が薄すぎるコンソメスープ、甘すぎの限度を超えた手作りプリン、酸っぱすぎる手作りドレッシングのサラダ、高専時代に傑が作ってくれたお気に入りのメニューたちは、何か悪い事をした当て付けかと思うほど酷かった。

    忙しかったけど、帰ってきた日に洗濯もしたし洗濯物は畳んだし、トイレ掃除もした。ゴミも捨てた。傑に嫌がらせをされるようなことを僕は何もしていない。
    そのくせ傑が曇りのない顔で美味しいか訊ねるので、美味しいと答えた。

    その日は味がやばいおかずと違和感をそのまま飲み込んだ。恋人が忙しい中で作ってくれた自分の好物にケチをつけるほど性格は悪くない。



    何回か味がおかしい食事をした後で、疲労が溜まっている日の傑は味覚がおかしくなっていることに気づいた。だいたい連勤後。
    味がおかしい自作のおかずを、傑は平気で咀嚼する。
    僕がブラックコーヒーに砂糖を大量に入れてやっても気づかない。普段ならすぐ怒るのに。
    いい味だね、なんて本気で言ってんのかバカ。

    味が完全にわからないのか、ふつうに感じているのか。

    本人も自覚があるだろうに、僕にまで隠そうとしているのが気に食わない。
    かといって傑がせっかく隠そうとしているものを暴いてやろうとも思わなかった。

    問い正したら、傑はきっともっと隠そうとする。



    だからそのかわりに、傑を普段の何倍も甘やかした。どうしたら治るかなんて分からないけど、ゆっくり落ち着いて過ごせば、良い方に転がるんじゃないかと思った。
    硝子に診せるのはそれでもダメだったらでいい。

    家事は率先してやって、風呂に入ったあとの傑の髪をオイルをつけながら丁寧に乾かして、布団に入ったら、アイマッサージに体の揉みほぐしを入念に。全身のマッサージが終わったら抱きしめて、眠る姿勢をとった。
    「今日どうしたの」と傑が恥ずかしさに体を捩るくらいに甘やかし、「なんでもないよ」、そう言って抱きしめ直した体は少しだけ痩せていた。
    朝は傑を朝寝坊させて、朝ごはんは傑の好きなものを作った。昼は映画を一緒に見て、ダラダラして、夜はまた抱きしめあった。翌朝、任務が朝から入っている日、傑が作る朝ごはんは普通の味に戻っていた。


    そんなことを何度か繰り返した後、連勤後の傑の料理の味が突然安定した。
    「たまにはレシピに忠実になろうと思って」、そんな正論を吐いてはいたけれど、味がおかしい事に何となく気づいたのか。目分量の限界を知ったのか。誰かに指摘されたのかもしれない。
    忠実に、忠実に、正しい味だったけれど、傑はいつだって僕好みの味付けをしていたから、その正しさは僕の口には少し合わなかった。
    料理本を見ながら料理を作るのは決まって忙しかった直後、味覚が戻ったのではなく、たぶん誤魔化し始めた。僕のために。

    美味しい、傑の作るごはん大好き、口にすればするほど、傑は正しくあろうとする。
    繕おうとする。
    おかしくなっている自分を隠して、抱え込んでしまう。

    僕が好きになった男は、少し繊細なところがあった。

    いつもなら一日二日少し休めば、いつも通りに戻っていた味付けは、もう1週間もよそのレシピ頼りになっている。



    慣れない味付けの肉じゃがの残りをタッパーに詰め、冷蔵庫に仕舞う。食器は綺麗に洗って拭いて、食器棚に戻す。
    ちょうどお湯が湧いて、食後のお茶を傑と味わいながらバラエティを見る。
    二人で入っても広い浴室で、傑の髪を丁寧に洗い、特別ケアのトリートメントをつける。風呂から上がったらいつも通りに丁寧に乾かす。ベッドで互いの体をマッサージ。向かい合ってハンドマッサージまですれば、今日はまたどうしたの、と傑は笑う。

    「べーつにー?久々だから丁寧にやりたいだけだよ」

    顔を上げて、傑の顔、口元を見る。視線に気づいたのか、自然に傑はキス待ちの体勢になり、僕は傑の顔を頬に当てた手で引く。

    重ねた唇の隙間を割り込んで舌を絡める。
    ちゅぱちゅぱといやらしい音が鳴る。1分ほど夢中で重ねていたキスを終える。名残惜しそうな顔をしてみせる傑の唇の端に親指を両側から引っ掛ける。ブサイクに傑の顔が歪む。
    突然のことに傑は暴れ、抗議のために口をさらに開こうとして、なひすふんだ、なんて変な声を出した。

    「……ね、味分かってないんでしょ」

    一日二日なら見ないふりもできた。一週間も続いてる。さすがに看過できない。
    このまま放置したらどうなるか分からない。

    「は、…えっ、何言って…」

    「さっき歯磨いた後に飴舐めたんだよね、鼻もバカになってんの?他は?」
    「ぁ……」

    歯を磨いた後にものを食べるな…ーー、歯磨きしないで布団に入るな、散々傑に言われ、何年も守ってきた言いつけを破った。
    唾液にはまだ歯磨き粉じゃない甘みが残っている。バレないはずがないのに、傑は気づかなかった。

    「……働きすぎなんだよねえ僕ら。しばらく休もうよ。美味いもの食べいってさ、映画見て、ゴロゴロして過ごそ、休養以外に治療はないって硝子も言ってたし。あ、沖縄とか行っちゃう?」
    「いや、でも…」

    「いや、も、でも、もねえよ。オマエと僕が死ぬほど忙しく長年働いたおかげで後進はしっかり育ってる。僕らが一週間くらい休んでも問題ない、立派な術師だらけになった。信用しよ」

    有無を言わせない僕の言い分に、傑はしばらく何か言葉を探していたけれど、数分経って諦めたのか大きなため息を吐いた。

    「はぁぁ、君には敵わないな。…わかった、休むよ。治ったら直ぐに復帰するからね。治るまでだよ」
    治るまで、それでもいい。まずはそれだけでもいい。
    「それでよし。やった!どこ行く?色々調べてたんだよね」
    ベッドに潜り込み、スマホの検索履歴を眺め、二人で休暇の予定を思い描きながら眠りにつくのも悪くない。
    傑の療養のためとは言え、長年やれずにいたことに少しだけ心が踊る。

    布団をめくって、あとは飛び込むだけ、その瞬間に傑が僕の頭を鷲掴む。




    「とりあえず歯磨きに行くよ、悟。」
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