花火「ES花火大会、とはなんだ?」
今は巽がマヨイに指導されている、束の間の休憩中。いつもの様に、子犬のような目をこちらに向けて聞いてくる。
「ここアンサンブルスクエア近くで行われる花火大会!長時間放映されるんだけど時々アイドルが出てきて、一緒に花火を見てくれるんだよォ」
「なるほど、そんなイベントがあったんだね。今、連絡が来たのだけど、今年は僕達もアイドルとして参加できるみたいだ!」
「ほんとォ!毎年見てた花火大会に出れるなんて夢みたいだよォ」
毎年恒例、ES花火大会。動画配信サイトで生中継され、同時視聴人数は数万人にもなる、大人気イベントだ。
藍良も例に漏れず毎年徹夜して、推しのアイドルを今か今かと待っていた。
「藍良が喜んでくれて、僕も嬉しいよ!…ところで、花火とはどんなものなのだろうか?名前は聞いたことはあるけど、実際に見たことはないんだ。」
「えぇ!花火見たことないのォ!…そうだなァ、夜空に大きなお花が大きな音立てて咲く感じ…?いやこれじゃあ伝わらないよね」
「藍良さん、どうされましたか?」
マヨイの指導が終わった巽が汗を拭きながら声をかける。
「今年、ES花火大会にALKALOIDも参加できるみたいなんだけど、ヒロくんが花火見たことないんだってェ」
「なるほど……それなら、百聞は一見にしかずです。隣町で花火大会があるようなので、お2人で行ってくるのはどうでしょう?」
8月の終わり、毎年隣町で花火大会が行われているのは知っていた。しかし、友達のいない藍良は1人遠くから眺めるだけで終わっていた。
「ぜひ行ってみたいよ!藍良!」
「うぅん、いいけどォ、でも先輩たちは?」
「この日は生憎、マヨイさんと2人でお仕事が入ってるので…お二人で楽しんできてください。」
「と、まあこんな感じで…」
「それって、花火大会デートじゃない!!」
時は流れて、1週間後。
サークルの活動日だったのだが、他のメンバーは早々に仕事で解散してしまった。
折角だからとこの後予定のない、藍良と嵐でカフェに立寄ることになったのだ。
「デ、デートってそんな…」
「でも一彩くんのこと好きなんでしょ!好きな子と2人っきりで花火大会…これをデートと呼ばないでなんと呼ぶのよ!」
「うぅ…」
プリティ5では恋愛の隠し事は厳禁。
嘘をつくのが苦手な藍良は初っ端から恋心がバレてしまっている。
「こうしちゃいられないわ!今から浴衣買いに行きましょ!」
「そんな!お忙しい鳴上先輩に…申し訳ないですゥ、それに、浴衣で行くって言ってないので…」
「デート準備より大切な予定なんてないわぁ!それに不意打ちで浴衣で現れたら、相手のハートを鷲掴みよ!」
それからあれよあれよと着せ替え人形状態。
デパートを出る頃には日がすっかり落ちてしまっていた。
「浴衣まで買ってもらって、ほんとにありがとうございました。」
「いいのよぉ、当日可愛く着付けてあげるから楽しみにしててねぇ」
「ありがとうございますゥ」
そして花火大会当日
「うん、バッチリよぉ!藍良ちゃん、世界一かわいいわぁ♡」
白地に向日葵が描かれた浴衣。髪の毛も編み込みが施してあり、いつもとは違った雰囲気の白鳥藍良が完成していた。
「…とっても素敵、なんてお礼を言っていいか…ありがとうございますゥ」
「うふふ、デートのお土産話がお代になるから、めいいっぱい楽しんできてちょうだいね!」
「…はい!」
ES近くの路地裏で待ち合わせ。
別にES内でも良かったんだけど、誰かに見られたら茶化されそうだったし…
それになんか、外で待ち合わせした方がデートっぽいかなって。
待ち合わせは17時。
少し早めに到着予定だったけど、待ち合わせ場所には見慣れた赤髪がぴょこぴょこ動いていた。
「ヒロくん、待ったァ?」
「藍良!今来たところだよ!…それは浴衣かい?」
「そ、そう、折角だから着てけって鳴上先輩が…」
「かわいいよ!藍良にピッタリだ!…髪型もいつもと違うね、とても似合ってるよ!」
「あ、ありがとう…」
歯の浮くようなセリフが流暢に出てくる一彩にもう感心してしまう。
「次、花火大会がある時は僕も浴衣着ようかな」
「ヒロくん、浴衣着付けられるの?」
「故郷で似たような服を着たことがあるから、多分できるよ!次は藍良の浴衣も着付けてあげようか?」
「…えっ、じゃあよろしくお願いしますゥ。」
さらっと『次』を約束されたような気がする。
不意に乱された息を飲み込んだ。
花火大会の最寄り駅に着くと、沢山の人でごった返していた。気を抜くと迷子になりそうで必死に歩いている矢先、一彩がこちらを振り返る。
「…藍良、手を繋ごうか」
「えっ?」
「え、いや、これだと迷子になりそうだなと思って。僕はメガネとマスクで変装してるし、藍良もいつもと雰囲気違うし大丈夫じゃないかな…?」
一彩は手繋ぎ魔だ。何かにつけて手を繋ぎたがる。最初は戸惑ってたけれど、ファンの人にも好評(?)だし、みんなの前では手を繋いでもいい。だけど、プライベートの時は何だか「ガチ」っぽいから手を繋ぐのは辞めようというルールがあった。
「全くしょうがないなァ。迷子になったら大変だから今日だけだよォ」
「ウム!」
屋台で食べ物を買い込み、河川敷に2人座る。
珍しい食べ物に一彩は目を奪われ、片っ端から買ってきてしまった。ビニール袋には焼きそばやフランクフルト、ラムネまで沢山詰め込まれている。確かに屋台のっていつもは食べれないものが多いよね。
買い物中は両手が塞がって、2人を繋ぐ手は解かれた。もう手繋ぎはこれで終わりかなァ?と思っていたら、自然とまた繋ぎ直されビックリしてしまった。手なんて繋ぎなれているのにいつもと違う状況に舞い上がっているのかもしれない。
段々と暗くなる空。表情が見え辛くなるのがちょっぴり寂しい。今日のヒロくんは全部おれに向けられたものだから、ちゃんと独り占めしたい。
なんて思っていると、ヒュー、ドンッドンッと花火が打ち上げられた。
隣のヒロくんを見ると一瞬身体が強ばったけれど、すぐに花火に夢中になっていた。
「ヒロくん、これが花火だよォ」
「ウム、ビックリしたけど、とっても綺麗だね!」
花火が上がる度にクルクルと変わる表情。マンガ読んでると「花火より君が素敵だよ」なんてセリフ出てくるけど今ならその気持ちがちょっとだけ分かる。花火に照らされたヒロくんはとっても綺麗だった。
目が合いそうになって慌てて空を見上げる。
色とりどりの花火。赤、黄色、紫、緑。あれおれたちのイメージカラーにそっくり。
「ね、ヒロくん」
「ん?」
横を向くとすぐに視線が合った。
「は、花火見てたんじゃないの?」
「花火を見てたんだけど、花火に照らされる藍良のの横顔がとても素敵で見入ってしまったよ」
「な、何それェ」
紅くなった頬を隠すように下を向くと、手を握られる。
「…実は花火については過去のライブ演出を学ぶ際に何度か見たことがあったんだ。だけど、藍良と一緒に見たかったから、その、知らないフリをしてしまった。ごめんよ。」
「え!」
「巽先輩が花火大会のことを言わなくても、僕が誘おうと思ってた。…ちょっとズルいよね。」
突然の告白にうまく言葉が出てこない。
それっておれと花火大会に行きたかったから、知らないって言う口実を付けたってこと
「え、いや、そんな口実なくても一緒にいくのに。…て言うか、何で今になってそんな白状したの?」
「ウム、何でだろう。…藍良に隠し事をするのは良くないから?」
「何それェ」
「ねぇ、藍良は僕に隠し事してない?」
「えェ?どういう事?」
「いや、ごめん、この聞き方はズルいな。…ちょっと耳貸して」
「う、うん」
一彩の髪の毛が耳にあたり少しチクチクする。
擽ったい、そう言おうとしたその時
「藍良、好きだよ。ずっと隣にいて欲しい」
驚いて顔を見ると暗がりでも分かるくらい頬が紅潮しており、いつもの戯れのような告白とは違うのがわかった。
その瞬間、一際大きな音が鳴り、大輪の花火が打ち上がった。それに後押しされるよう2人の影は重なる。
「これがおれの気持ち。」