風邪っぴき小話集・藍良ver
「うぅ、全身が痛いよォ」
2段ベッドの下で身体を丸めているのは、発熱で真っ赤に頬を染めた藍良。
体調不良を訴え始めたのはつい先日の事だった。久しぶりに学校へ行こうと身支度をしていると、スマートフォンが小さく震えた。
『今日学校行けないかも』
そこには藍良からのメッセージ。
秋口はまだサボり癖が抜けきれていなかったが、段々と学級に馴染め、最近は仕事のない日は一緒に登校することが常であった。
『具合悪いの?』
『なんか身体が重くて、ちょっと気持ち悪い』
『大丈夫?』
『多分寝てれば大丈夫。ヒロくんは学校いってらっしゃい。』
『そっち行かなくて大丈夫?』
『大丈夫』
文面からもいつもの元気が感じられない。今すぐに駆けつけたい衝動に駆られたが、具合が悪い時は1人で静かに過ごしたいのかもしれない。後ろ髪を引かれながらも1人で登校した。
今日は仕事もないし久しぶりに部活へ行こうか、いやでも藍良が心配だ。終学活の挨拶が終わり、鞄を肩にかけた時、今度はスマートフォンが長く震えた。藍良だ。
『どうした!?』
『ヒ、ヒロくん…早く帰ってきてェ』
弱々しい声がスマートフォンから流れる。やっぱり今日は学校に行くべきじゃなかった。
勢いよく教室の扉を開けた拍子に、大きな音が鳴り響く。クラスメイトが驚いて声を出したが一彩には届かない。
後悔の念と藍良の事で頭がいっぱいで、気づいたら藍良の居室の前に立ってた。
「藍良!入るよ!」
静かな部屋にこんもりと膨らんだお布団。
「藍良…?」
「ひ、ヒロくん…」
顔は火照って、汗が頬を伝っている。
頬に手を当てると、全力で走ってきた一彩の体温よりも温かく、高熱があることがわかった。
「おれね、寝てたんだけど、起きたら身体全身が痛くてっ!喉もカラカラでっ!うぅ」
大きな瞳からぽろぽろ涙がこぼれる。
「辛かったね。僕が隣にいてあげれなくてごめん。」
とりあえず、なにか飲むものを。お水、お水は冷蔵庫にあるのかな?藍良のコップは?ハートの絵が描かれているマグカップ、これかな?後は何が必要?わからない、わからない。僕は今まで看病をしたことが無いから。僕が小さい頃熱を出した時、みんなどんなことをしてくれていたっけ?藍良が僕に助けを求めてくれたのに、不甲斐なくて悔しくって。
「お水持ってきたよ。身体起こせる?」
「うー、身体が痛くて起きれない…」
ベッドに腰をかけ、藍良の腰と肩を支えて上体を起こす。藍良の身体は今にも沸騰してしまいそうなほど熱かった。お水を手渡すと力なくコップを掴んで口元へ運ぶんだ。
「…ありがと、おれ、もう1回寝る」
「わかったよ。何もしてあげられなくてごめんね。」
「ううん、……隣にいてくれただけで安心した。駆けつけてくれてありがとうねェ。」
そう言い終わると、微睡みの中へ旅立った。
・一彩ver
38.5℃
「あちゃー、遂にヒロくんもかかっちゃったかァ」
クリスマスから年末年始とノンストップで仕事をこなし続けたALKALOIDだった。やっと一息つけると思った矢先、藍良がインフルエンザに感染した。それを看病していた巽、マヨイの順番で高熱に倒れ、遂に一彩もインフルエンザに罹患した。
幸いにも藍良が全快していた為、一彩の看病を担当することになった。
体調を崩すのは都会に来て初めてだ。
節々が悲鳴をあげ、食欲の化身(と藍良に呼ばれている。)の僕がお粥すら口に含むことが出来なかった。
「お薬もらったから、すぐに熱は下がると思うんだけど、冷えピタ貼っとく?」
「…冷えピタとは何だ?」
「おれが熱出してた時におでこに貼ってたやつ、おぼえてる?あれ貼るとすっごく気持ちいいんだよォ」
あぁ、あれかと合点がいく。故郷にいた頃はおでこに氷嚢を乗せていたが、寝返りを打つ度にずり落ちて睡眠どころでは無くなっていた。冷えピタを見た時は革命だと思った。
「お願いするよ」
「はぁい、取ってくるねェ」
ドアがパタンと閉まる、途端に静まる部屋。感染症に罹患すると旧寮の部屋で一日を過ごすことになる。ここは夏までALKALOIDみんなで使用していた部屋だ。
ALKALOIDのメンバーが立て続けにインフルエンザになったからここ数週間は夏に戻ったような感覚になった。
巽先輩とマヨイ先輩はもう殆ど全快した為、既に自室に戻っている。2人も僕の看病をすると言ってくれていたのだが、またぶり返したら困ると藍良が2人をなだめた。
つい最近まで多忙な日々が続き、藍良と2人っきりで過ごす時間がなかったから、先輩には悪いけれど少しだけ舞い上がっている自分がいる。
「お待たせしましたァ」
冷えピタともう片方の腕にはスーパーのビニール袋を吊り下げている。
「冷蔵庫行ったら、燐音先輩が差し入れーって渡してきたんだけどォ。心配なら少しでも顔出せばいいのにィ」
袋の中身は栄養剤やアイス、冷えピタなど看病グッズがたんまりと入っていた。お礼のメッセージを送ろうとスマホを手に取るも、節々が悲鳴をあげ身体が言うことを聞いてくれない。後日お礼を伝えよう。
「じゃあヒロくん、おでこ失礼しまぁす。」
藍良が心配そうに僕の顔を見つめながら、僕の額に手をあて、前髪をあげる。そんな仕草に心拍数が上がった。
「冷えピタ、付けるよォ。」
独特な匂いが鼻をかすめた後、ぴたりとおでこに密着した。強烈な冷たさにこめかみがキーンと鳴った。
「あはは!ヒロくんすごい顔ォ!」
「笑わないでくれよ…」
「ごめん、ごめん。初めてはびっくりしちゃうよねェ。おれも昔、冷えピタ苦手だったなァ。」
「僕も、早く克服できるように頑張るよ」
「克服出来るくらい熱出したら困るよォ!…そうだ、次からは手ですこーしだけ温めてから付けようねェ」
「…ウム、そうしてもらえるとありがたいよ」
そう言うと藍良はふんわりと笑った。今日は存分に甘えても怒られないのかもしれない。
「藍良、」
「なぁに?」
「僕が眠るまででいいから、そばに居てくれないかな」
「えェ、仕方ないなァ」
床にペタンと腰を下ろし、僕の手を握る。
「風邪をひくと、人恋しくなるもんねェ。今日は特別大サービスで一緒にいてあげる。ヒロくんは安心して寝なねェ。」
「ありがとう、藍良、…大好きだよ。」
「はい、はい。ありがとォ」
『大好き』の意味がイマイチよく伝わっていないように感じる。でも、薬の副作用なのか頭がボーっとしてもう何も考えられない。今日はこのまま寝てしまおう。また今度、僕の気持ちを伝えたい。だから今日はおやすみ。