Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    utai_pxm

    @utai_pxm
    はきだめです

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 87

    utai_pxm

    ☆quiet follow

    ファウネロがかきたかった(願望)
    ※血出たり歯がとれたりしてる

     血の味を噛んだ、歯の感触がひとつ抜け落ちていることに気づいて、唾液と一緒に掌に吐き出した。飲み込まなくてよかったが、付け直すのは少し手間だ。それよりも隣で口元を血まみれにしている料理人の方が心配だった。口の中に裂傷を作ったらしい、舌を動かせないから発声もしにくいようで、早急に対処が必要だった。
    「ネロ」
     肩を掴み、顔をあげさせる。治療を施す前に、痛みを和らげるように感覚を少し鈍らせなくてはならない。かばんをひらいて、抜けた歯を放り入れ、かわりに薬草の葉を一枚取り出した。奥歯ですり潰そうと口に含んで、抜け落ちた歯の部分を思い切り掠めた。
     口の中は大事だ。魔法を唱えるための声に、意味をのせる舌も、正しく音にする歯も。そうじゃなくとも、笑顔を浮かべたり、食事を楽しんだり、歌をうたったり。
     痛みで顔を顰めてしまうと、ネロの眉間に皺が寄った。首を横に振るだけで返事をする。顎を掴んで、口を開かせ、すりつぶした薬草を捩じ込んだ。ものわかりのいい料理人は、涙をこぼしながらも喉を上下させる。それを確かに見届けてから、呪文を唱えた。
    「『サティルクナード・ムルクリード』」
     傷口を清め、止血をして、ふさいでいく。うまくいったことを確認して、最後に水筒を渡した。のろのろと口元をゆすいだネロが、ありがと、とつぶやいたのをきいて少し肩の力を抜く。しかしネロの眉間の皺はとれない。水筒をこちらに返しながら、何度も顎を動かして
    「なんかしびれてる」
     と苦情をこぼした。
    「三時間くらいは我慢して」
     たしかに、料理人からそれをいっときでも奪うことになるのは、気が引ける心地もするが。あとに残らない方が大切だろう、三時間、瞬く間であればいいけれど。
    「ファウストは」
     ネロは渋々とした顔のまま、こちらのかばんを指さして、さらに剥き出した自身の歯を示してみせた。ああ、とかばんの中から、先ほど放り出した歯のひとつぶを取り出す。
    「今からやるよ」
    「よろしく」
     妙な声かけだったが、わずかに細められた目が三時間先の未来を少しだけ語っていた。三時間後に自分はこの歯でガレットを食むのかもしれない。血の味も、舌のもつれも、すりつぶした薬草も、しびれた感覚も、その瞬間にひとつの安堵のためいきに変わるかもしれないなんていう、嗅ぎ慣れた陰気な未来の話だ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💗💗🙏💘💘💘💘💘💘💘💘💘💘👏👏💗💗💗💜💙💜💙💖💖💖💖🙏💗💗💗💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    utai_pxm

    MAIKING謎の現パロブラネロ(ブラッドリーが作詞作曲した曲のボーカルをネロにやってほしいみたいな呟きをなぜか形にしようとした産物)
    聖歌隊の足音1 ブラッドリー・ベインが人生で一番はじめに触れた音楽は聖歌だ。年の離れた姉が敬虔な信徒で、子供のころに家の近くの古い教会の聖歌隊に入れられたのがきっかけだった。同い年くらいの奴らと同じ格好をして行儀よく並び、声をそろえて神を賛美する。その一連の行為自体は大層つまらなかったが、歌い方は覚えた。覚えるだけ覚えたら声変わりを待たずにさっさと抜けて、住んでいた通りの近くにあったライブハウスに通うようになった。そのライブハウスはかつて路上で喧嘩をする代わりに音楽を使い始めた奴らの闘技場を前身とした、今ではこの辺りで活動する名も無きミュージシャンたちの集う混沌としたたまり場でもあった。
     ベインの家はとにかく兄弟が多く、いつもろくに金がなかった。幼い頃は小遣いなんて一文たりとも貰えなかったから、正規の方法で会場には入れなくて、バイトをしていた年の近い兄にくっついてライブを見た。はじめは相当に煙たがれていたけれど、諦めずに通いつめれば顔見知りは増えていき、よくそこでライブをしていたロックバンドのメンバーの一人にギターの弾き方を教わった。バンドのアンサンブルを耳で学んだ。ライブの熱気や高揚感を客席から得て、自分も壇上へ上がることを選んだ。
    3177