「…………」
八月。深夜二時。ねっとりと湿った空気に、じっとりと汗ばむ肌。どうにも寝付けなくて、布団から体を起こす。向かいのベッドを覗くと、こんな部屋でもすやすやとよく眠っている同居人の顔が見えた。しかし、こころなしか、少し寝苦しそうだ。
「……ひそ…くん、ひそかくん」
寝起きで舌もよく回っていない。独り言にも聞こえるその呟きは、空に漂って消えてしまった。
「密くん……密くん」
なんとか気付いてもらおうと名前を呼びながら、柵越しに頭をぽんぽんと叩く。
「……ん………何………」
絞り出すような声。もぞもぞと寝返りを打って、薄いバスタオルに顔を埋めてしまった。
「どうにも寝苦しい夜だね、密くん」
「…………」
「一緒にコンビニに行って、アイスでも食べないかい」
「一人で行ってくればいい……」
「君とがいいのだよ。……嫌かな」
「……嫌とか、言ってない」
「そうかい」
誉はベッドを降りると、寝巻きからラフなTシャツに着替えて、ベッドから這い出ようとする密の手を取りベッドから下ろした。密も簡単に着替えてしまうと、部屋を出て、サンダルを履いて外に出た。
頬を撫でる風は生温く、あまり心地良いものではなかったが、それがまた「八月」という季節を感じさせた。
「あまりくっつくと暑いだろう」
「嫌?」
「……嫌とは言っていないよ」
誉に寄りかかりながら歩く密は、今にも寝落ちてしまいそうだ。手を握って歩き出すと、そのうち自然と指が絡み合う。
薄暗い歩道。人気のない夜。見えてきたのは、やけに明るく目立つコンビニ。自動ドアをくぐると誉がアイスのコーナーへと急ぐので、密は引きずられるようにしてそれに付いていく。
「どれも魅力的で目移りしてしまうねぇ」
「…………」
カラフルなパッケージが、規則正しく並んでいる。二人の他に客はおらず、冷房の音と誉の声がよく響いた。
「……これ」
「おや、君がマシュマロ以外のものを自分から選ぶなんて、珍しい」
密が手に取ったそれは、半分に割って二人で分けられるアイスだった。誉がレジに持っていって、ズボンの後ろポケットからカードを取り出す。ピッと精算して、ペッとアイスにシールが貼られて、誉がアイスを受け取って、軽く微笑み店員にありがとうと言ってレジを離れた。横でそれをじっと眺めていた密は、自分にはできない芸当だなと思った。
店員の声と一緒にコンビニを出て、パッケージを破こうとしたところで、誉は今までずっと手を繋ぎっぱなしだったことを思い出した。片手ではアイスの袋を開けられない。
「……密くん、ちょっとだけ手を離してくれないかい?」
「………」
アイスの為なら仕方ないと、密は渋々手を離した。目はアイスに釘付けだ。
誉は空いた手を使って、パッケージを破いてゴミ箱に捨てた。アイスをパキッと二つに割り、片方を密に渡す。密は受け取ったアイスをじっと見つめて動かない。
「……食べないのかい?」
「柔らかくなってから、食べる」
「そんなに待たなくても、この気温じゃすぐに溶けてジュースになってしまうよ」
「………」
汗をかいているアイスをまたじっと見つめてから、もそりと咥えた。
「……美味しい」
「夏の深夜に食べるアイスは、背徳感があって、みんなで寮で食べるときとは違った味わいがあるね」
「……うん」
両手でアイスを持っている誉の手を、密が片方無理矢理剥がして自分と繋いだ。誉は驚いてからふふっと笑った。
片手にアイス、もう片手に恋人。密は、両手に花な気分だった。
「もう帰るの」
「そうだねぇ。少し散歩でもしていこうか」
「……うん」
それから二人は、コンビニを離れて、夜の街を歩いた。人気の無い、暗くて静かな街は、二人のためだけに用意された広い広い舞台みたいだった。
「こんなにも不快な暑さなのに、君と居ると不思議と心地良いよ」
「オレは嫌」
「む! 心外だね」
「………暑いのが嫌なだけ」
公園のゴミ箱にアイスのゴミを捨てた。密がフラフラとベンチに座ると、誉もその横に腰掛けた。