肌 七虎はーーーーーーー
肺が空っぽになるようなため息が出た七海が、
目の端に映る長い針を呆然と見つめる。
そんな七海が倒れ付しているのは、地獄の連勤を終えて、久々に帰って来た自宅のソファーの上だった。
べとべとの身体はもう諦める、諦めるとしてせめて顔くらい洗おうと、まんじりともせずしだして早、1時間程。
あー。あと長針が5の位置を指したら動こう、いや10、15、25……と思っていたところにリビングのドアが開いた。
「うわわっ、ナナミンが居るっ」
そう言って視界に舞い降りたのは天使。いや恋人の虎杖くんだった。
くたびれた私にかけより『おーい!お疲れーっ』なんて手を振りながら言っている。
「いたどりふん……」
「だめだこりゃっ」
思ったより10倍も腑抜けた声を出した私に苦笑しつつ、
「ちょっとまってて」と視界から消えてしまった。
『ああ、行かないで下さい…』という意味の長い長いため息は虚空へ吸い込まれていって彼には届かない。観念して動くか、と愛しい天使を視界に収めるために決意を決めた私の頬に、不意に暖かいパイル生地の感触が触れた。
「顔洗いたかったでしょ?ほら、何個かあるから…」
そう言って、顔から、首、肩…へと絶妙に拭かれて行き、気づけばいつの間にか新しいナイトウエアにまですっかり着替えをさせられていた。まるで記憶がない。
「ははっ、ナナミンがクッタクタだw」
「ん"ー……」
「……なんでそんなセクシーな声だすの……」
セクシー?セクシーと言ったか。何処がだ。こんなのは草臥れたボロボロのアラサーの呻き声以外の何でもないですよ。と言いたかったがもう呻き声はおろか、視界まで霞んで来た。
「はいはい。運ぶからね~~」
なんて言った恋人はとても屈強で、本当に運ぶことが出来る腕っぷしの持ち主だ。軽々と腕をを引っ張りあげて、半身を担がれた私の前に赤みの差した耳が映る。
私は彼のこの口程に…時にはそれ以上に素直なこの耳をこよなく愛していた。それが一歩ごとに漏れる私のフンフンという吐息に産毛を揺らして熟れていく。
ああ、セックスがしたい…、
この身体では満足させることなど出来ないから、延期になってしまうが、
無性にこの子の、体温を、肌を、感じたくなった。
そう悶々と……有り体に言えばムラムラとした気持ちがもたげ始めた頃ベットに着いた。
少し体温の残るシーツになす術なく転がされ、恋人の後頭部型にへこんだ枕に鼻を埋ずめた。深く息をする、嗅ぎ馴れた愛しい薫りが肺を満たした。すると、私の無体に気付いた恋人に慌てた様子で枕をとられてしまう。
「ちょぉ、なにしてんのっ」
「いたどりくん、いかないで」
「だから、なんなんよ…そのセクシーな声は…」
「そんなことをいうのは、きみだけです…」
実はベットに着いても離さないでいる腕をひっぱると、
優しく私用の枕に頭が乗せられた。
顔にかかった前髪をよけて、額に柔らかい感触が触れて、やっぱり独り寝は無理だと回らない頭が訴えた。
「添い寝、してください…
「いいよ…」
なにも着ずに。」
「でぇぇ?」
「くふっ、最後まで聞かないからですよ、ほら」
「う"ー……」
「ほら、脱いで、私も脱がして…」
そう言って腕を離さないでいると、
渋々というか、おずおずというかの様子で私の腕と布団のなかに収まって来た。
ぷちぷち、と寝っ転がる私の前立てを外していくと、同じように自分のも外し始め、もぞもぞ布団の中で脱いでいく。隙間から覗く布団のなかのしなやかな肉体が下衣まで手をかけて、少し躊躇した。
「任せて。それは私の役目なんです。」
と、訳のわからない譫言を言いながら行儀悪く足先で下着まで一気に脱がしてベットの端へ蹴り捨てた。
そうして、自分の衣服も手間取りながら脱ぎ、やっとのことで恋人の身体へ抱きついた。
少し高めの体温と肌の匂い、湿度、手触り…
ぴったりと、元からそうだったかのように、一コの形に馴染む身体に手を這わす度に、
眠い癖に妙な覚醒を強制されてピリピリとしていた後頭部が解されていく。
「……ぷぁ、満足?」
「はい。」
知らずに巻き付けていた腕の間から可愛い顔が現れた。
引き上げ直して、今度は彼に包まれるように顔を肩口へと埋めた。
包むように囲まれた腕の感触と、絡め合わせた肌や、体臭、心音が心地よくて、夢心地で瞼が重い。
「ね、ます。」
と、目の前の愛しい耳朶に宣言する。
「うん。ゆっくりねなね。おやすみ。」
と、耳は答えた。
「う"……ん"、」
だからなんなのよ、そのセクシーなのは、という台詞を最後に瞼がおりてしまった。
目が覚めたら…今度は、愛しの耳に今度は『おはよう』を言うのだ。そうして、お礼にうんと甘く食べてあげよう…そんなことを思いながら、
私の記憶は溶けて消えた。