無題 街の大通りの一本向こう、雑貨屋のある路地で、シエテが告白されている現場に遭遇したのは偶然だ。ウーノは一度瞬きをして、それからすぐにその場を離れようとした。しかし、聞こえてきた彼の返答に足を止める。
「俺のことそんな風に見てくれて、ありがとう。でもそれは、君の中の俺だよ。シエテという偶像だ」
そう言われた相手の瞳は、あっという間に潤んでいく。それを見せたくなかったのか、すぐに走り去ってしまった。残されたシエテは、何も言わずにその背中が見えなくなるまで見送ると、くるっと方向転換してこちらに歩いてくる。特に気配を隠そうとしていた訳ではないので、ウーノから声を掛けた。
「やあ、シエテ」
「ウーノ。買い物?」
彼もウーノに気付いていたのだろう。いつも通りの様子で声を掛けてくる。それに、「団長に頼まれてね」と返すと、シエテが己の口元を指差して言った。
「俺も一緒に行っていい?」
「荷運びを手伝ってもらえるのなら、歓迎するよ」
「もちろん!」
嬉しそうな顔をして、彼がウーノの隣に立つ。それから、二人並んで歩き出した。
「しかし、きみは随分と辛辣な返答をするんだね」
ウーノの声に責めるような響きはない。それを受けて、シエテはきょとんとした顔をした。だが、すぐに先程のことを思い返したのか、小さく唸って首を傾げる。
「辛辣かなぁ」
叱られた子どものように少し眉尻を下げてみせる彼が、愛らしく見えてウーノは微笑む。
「私が見ているシエテも、きみではないのかい?」
「そうだね。俺が見せたいシエテかも」
見せたくない自分がいるのだと仄めかすシエテを見上げれば、彼はにこりと笑ってみせる。
「ちょっと、子どもっぽいかな」
「自覚があるのであれば、私が口出しすることはないよ」
「だよね~」
シエテは相変わらずの笑顔を浮かべている。けれど、ウーノの目にはほんの少し寂しそうに見えて、ふっと息を吐いた。すると、シエテが立ち止まる。一歩遅れて足を止めると、彼はその場でしゃがんでウーノと視線を合わせた。
「ごめん」
「謝って欲しい訳ではないよ」
「うん。でも、ウーノに甘えちゃった」
真っ直ぐに見つめてくる瞳から視線を逸らすことなく、ウーノが言う。
「……私は、きみが見せてくれるシエテならば、どんな側面であろうとシエテだと認識しよう」
それは、好意の告白より、よっぽどシエテの心に響いたのかもしれない。
頬を僅かに赤くした彼は、片手で顔の下半分を隠して、零す。
「好きだって言われるより、ぐっときちゃったんですが」
そんなシエテを、ウーノは微笑ましそうに目を細めて見つめる。その視線を受けて、彼はがっくりと肩を落として俯いてしまう。
「もーー! どうしてくれるの……」
「さて、どうにかした方が良いのかい?」
くすりと笑って尋ねれば、少し顔を上げたシエテの拗ねたような視線が刺さった。
「うん、ウーノってば俺で遊んでる?」
「まさか。先程の言葉は本心だよ」
「…………俺の負けデス」
ついに両手で顔を覆ってしまった彼は、三秒後に勢いよく顔を上げると、すくっと立ち上がる。
「ウーノ、ごめん。ちょっと行ってくる。埋め合わせはまた今度するから」
「ああ。こちらは大丈夫だから、行っておいで」
先程告白をしてきた相手を探しに行くのであろうシエテの背を見送ってから、ウーノは本来の目的に戻ろうと背を向けた。しかし、すぐに呼び止められる。
「ウーノ!」
振り向くと、少し離れたところで、シエテがこちらを見て立ち止まっている。その唇が、音を乗せずに動いて。
反射的に唇を読んだウーノは、目を丸くした。それを見て、彼は満面の笑みを浮かべて、今度こそ人混みに消える。
シエテの声なき言葉は、確かにウーノに届いた。だが、果たして彼がどのような感情を込めて、それを伝えようとしたのか。
ウーノは少し思案したが、こればかりは本人にしかわかるまいと思い、買い物に戻ることにした。
――『すきだよ』。
その音なき言葉を、妙に心地よいと感じている自分に、ほんの少しだけ戸惑いながらも。