拳は少し赤くなった「まさか、俺とお前のふたりにこんな話が来るなんてな……」
お洒落伊達眼鏡の奥の菫色の瞳から企画書に目を落としながら、陽が感心したような声を出す。俺の手元にもある同じ企画書。カサカサと音を立てる紙の束は思いのほか分厚くて、ここまでしっかりと準備してくれたスタッフさんの気持ちが伝わってくる。
「すごいよなぁ。でも、俺は意外って感じじゃないかも」
「えっ、マジか」
「マジだぜ☆」
そう言えば陽はじとりとした目でこちらを見てくる。最近ふたりの時はツッコミを放棄してこんな風に無言で睨んでくるのだ。そんなキミでも可愛いよ、と返そうかと思ったけど、右手に握られたあのボールペンが飛んできたらちょっとやだなと思って、口を噤んだ。女の子には甘い陽くんだけど、気を許した仲間にはなかなかに暴力的なところがあるから。それも実は照れ屋な彼の照れ隠しだったりするから、可愛いのだけれど。
「まぁだって、最近は舞台に引っ張りだこの表現派の俺・新くんだろ?」
「表現派ってなんだよ、まぁ事実ではあるけど……普段のお前ばっか見てるとたまに忘れそうになるけどな」
相変わらず顔に出にくいよな、と陽が笑う。それでも分かりづらいと言われる俺の感情や体調なんかにも、葵の次に気付いてくれたりするのだから、やっぱりこれは愛かな。思わずにやけそうになる(俺的にはにやけたつもりでも、周りから見ると変わらないと言われるけど)のを抑えて、言葉を続ける。
「それに、ステージで華々しく咲いて魅せる陽くん。これは完璧な布陣じゃないか?」
「まぁ、もちろんそれは俺だって自信あるけど。でもプロセラ、グラビ合わせてもこんな風に選抜ふたりだけでステージ立たせてもらえるって、初めてなワケじゃん」
確かに事実で言うと陽の言う通りだ。グループも違うふたりだけでライブを行うなんて過去にも例がない。
「そうだけど。でも俺は初めて聞いた時から嬉しいが勝ったし、さっきの打ち合わせ中もずっとワクワクしてたぞ」
「ははっ、それは俺もそうだよ」
顔を上げてこちらを見ながら笑う表情に陰りはない。驚いているだけで、不安や恐れがある訳では無いことは、短くはない付き合いの中で知ってきた陽の性格からしても分かっていた。
「ちゃんと成功させて、俺たちが最強のタッグだってこと、認めさせてやろう」
「"何か"のくせに?」
「何にでもなれるんだからやっぱり最強だろ?」
「上手いこと言いやがって」
カラカラと楽しそうに陽が笑った。そしてセトリ案のページを開いた企画書を手に持ったまま、向かいに座っていた俺の方に少し頭を寄せてくる。
「曲がさ、新曲ももらえるってことだけど基本お互いのソロのアレンジじゃん? グループも違うし新の曲を歌うとか想像もしたことなかったから、すげぇ面白そうだけどちょっとだけ……なんつーか、気合い入れねぇとなって思ってる」
ボールペンがとんとんと指している先は俺のソロのタイトルで、以前酔っ払った陽くんがこっそりこれが一番好きだと言ってくれた、デビュー曲だった。
「新にしか出せない魅力が乗った状態でみんなが知ってる曲を俺が、しかも本家と一緒に歌うのとか。不思議な感じだけど、負けたくねぇなって」
「俺の曲なのに?」
「だからこそだよ」
文字列と睨めっこしているその瞳の奥には強い意志が輝いていて、こういう好戦的なところも好ましいと思う。しかもそれが根拠のない自信ではなく、ちゃんと本番までにきっと俺の知らないところでも努力を重ねて、言葉通りに俺を打ち負かす勢いで来てくれることが想像出来るから、その気合いに俺だって応えていかねば。
「それは頼もしいな。まぁ俺は陽のダンス曲についていけるのか、正直若干ビビってるけど」
「そこは本気で来てもらわねぇと。俺だってさらにブラッシュアップしてお前を置いてけぼりにしちまうかもな?」
やっぱり楽しそうな笑顔にこちらも思わずつられてしまう。自信を持って隣に並ぶためにも、一際気合を入れてダンスレッスンに臨まねばならない、と気を引き締めた。
「ま、あれだな。課題としては俺は歌、お前はダンス。お互いこのライブでさらに一皮剥けて、それぞれグループに持ち帰って、みんなにも刺激与えてやろーぜ!」
「……陽くんかっこよすぎない? でも、確かに。昔は考えもしなかったけどさ、今は俺だってグループを引っ張る存在になりたいって思ってる」
「言うじゃん、俺もそう思う。頑張ろうな!」
陽がニッと笑って拳を突き出してくる。こういう青春ドラマみたいなの、やったことないけど憧れてたんだよな、とか口に出したらなんだか怒られそうだったから、黙って俺も拳を突き出す。
全部やり遂げたあとのふたり分の笑顔を思い浮かべながらごつりとぶつけた拳は、思いのほか勢いが良くてちょっと痛かった。