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    7nanatsu8

    twst創作生徒であそぶ人です。地雷の方はさようなら…( ◜ᴗ◝)
    一次創作のあれこれもアップします!

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    7nanatsu8

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    鴨居百と愉快な仲間たちの小話。
    椛澤千昭さん、夏代秋市朗さんが出ます。

    ##四季会

    鴨居百の百物語 椛澤千昭との邂逅 裏カジノの店員として最底辺ランクの「クロス」。その名の通り、クロス〔雑巾〕として使われたグラスやテーブルの清掃、ディーラーサポートとは名ばかりの雑用としてこき使われる。
    クロスはギャンブルに参加できない。あくまでメインディーラーや「グラス」と呼ばれる特別ルールを持つ指名ディーラーのギャンブルをサポートするだけに留まる。メインディーラーになれるとギャンブルでディーラー側に出た利益の数割が給料として振り込まれる仕組みになっているので、そもそも卓を持てないクロスはほぼタダ働き状態だった。

    「......あ、あの」
    「クロス。テーブルを拭け」
    「は、ハイ」
    「コレも。袋に入れて回収ステーションへ」
    「えあ......ふ、袋ですか」
    「ゴミ袋でいい」
    「ハイ...」

    目の前のディーラーは、こちらに背を向けたまま淡々と話す。テーブルの上に積まれていたチップの山はなぎ倒され、ポーカーの手札は床に叩きつけられたのかバラバラに散らばっている。
    テーブルに乗っているのは、力なく項垂れた客の頭と底にヒビが入ったウイスキーボトル。一見ワインが入っているのかと見紛う程血に汚れたボトルと、額部分の頭蓋骨が空気に晒されている頭。頭と繋がっている客の身体は、まだ意識があるのかビクビクと痙攣を起こしていた。疎らに生えた口髭に、血混じりの泡が絡まっている。まだ生きているのだ、おびただしい量の血液がテーブルに流れていた。
    これは雑巾で拭くよりスクーパーで掬った方が早いな、と思った。
    ディーラーは白手袋を外し、既に汚れているそれで自身の顔に飛び散った返り血を静かに拭う。
    こちらを振り返った彼の表情は、不気味なくらい穏やかだった。左頬を裂く傷跡が、男を阿修羅に見せていた。

    「......見ての通り、俺は気が長い方じゃない」

    あまり苛苛させないでくれ。
    男はそう言うと、俺の横を静々と通り過ぎた。

    それが秋の怪談、椛澤千昭とのファーストコンタクトだった。


    〇〇〇


    椛澤千昭。
    去年まで夏の「爆竹」と総称される個人の殺し屋を担っていたが、他の爆竹の客を取る勢いで仕事を受け持ち殺しまくる死神紛いの男だったらしい。身内同士で噛み付き合いそうになるくらい凶暴で貪欲な男だったらしく、彼の能力と性質を危険視した上部が秋への異動を強行した。
    彼にとって、最低最悪の人事異動だっただろう。なんせ秋は基本的に人殺しができない。
    ギャンブルは人間の内側から徐々に壊して、最終的にこちら側に引きずり込む手間のかかる仕事だ。資産家や他組織の端者なら一気に大金を揺すり落とせるが、大して金のない裏社会の人間を引っ掛けてしまえば、貧乏くじを引いたも同然。
    かつて自分が冬に配属されていた頃、塩梅さんが死体の袋を開けて「最近『柘榴狩り』にやられた死体を見ませんねぇ」と言っていた事がある。柘榴狩りとは夏にいる殺人鬼の事らしく、彼は必ず頭部を滅多打ちにして柘榴のようにパックリ頭蓋骨が割れた死体を流して来るらしい。しかしある時から、柘榴狩りにやられた死体が上がる事は無くなった。
    確信は無いが、その柘榴狩りとやらが椛澤千昭だろう。
    彼の逆鱗に触れた客は、皆頭ばかり狙われた。
    未だ柘榴の様に完全に割れた客は見た事がないが、それも恐らく時間の問題だろう。


    〇〇〇


    「......さっきのクロスか。名前は」
    「かもいももです」
    「俺の可愛い後輩のモモちゃんでーす」
    「......」
    「こちらはおれの身元引受け人の、カシロさんでーす......」

    清掃を終え、怯えたり逆に興奮したりする周りの客を宥めつつ、物言わぬ荷物になった客を裏口から出そうとして、2人の大男に捕まった。
    1人は一服しに外に出たらしい椛澤千昭。そしてもう一人は、「豚」を回収しに来た夏の怪談だった。
    カシロさんはニコニコと凶悪な微笑みを向け、カラサワさんは意思の読めない真っ黒な穴の様な瞳で無感情に俺を見詰めた。

    「もう秋の仕事が回って来たのかァ、子の成長は早いなァ〜」
    「あ、あはは、は...」
    「......夏代の捨て駒か」
    「前まではな。今は俺の後輩。特に何か教えてやった訳じゃないが、度胸だけはあるし、お前程じゃないがそこそこ頭のおかしい奴だ。気に入ってンだよ。暦の仕事が終われば、構成員に上がる奴だ」
    「......一般人の顔をしている」
    「そ。お前とおんなじ、一般人のツラした気狂いだよ」

    カシロさんはそう言って、懐からシガレットケースを取り出す。一振りして細い煙草を出すと、カラサワさんに差し出した。しかしカラサワさんは黙って彼を見詰めるに留まり、カシロさんは肩を竦めて相手に差し出した煙草を咥えた。
    カシロさんは煙草が好きだ。いつも二種類の煙草を携帯し、銀色の重いオイルジッポーの蓋をジャキンと開けて火をつける。
    この日は軸の黒い煙草を咥えていた。

    軸の黒い煙草は、「仕事」の話をする合図だった。
    煙草の種類、や持ち方、火の点け方。そういった細かな合図やサインで言葉を交わさず会話を成立させる技術は、何も夏に限った話ではない。
    春では商談中に呼吸の仕方や咳払い等、自分の背後に控える人間にも伝わり、視線で合図に気付かれないように音を利用した合図が主流だ。
    夏では集団で仕事をする群蝶の間でレーザーライトを使っている所を見た。深くフードを被った下に特殊なゴーグルを着け、離れた位置からターゲットの周辺人数や傍聴した内容等をライトの点滅だけで伝え合っているらしい。
    勿論、今こうして三人しかいない裏口でも仕事の話は合図のみで行う事が多い。
    いつ何時、敵対勢力に傍聴されているか分からないからだ。

    「んで、モモちゃん。秋はどう?」

    左手の人差し指と中指で煙草を挟む。
    "明日午前 来る"
    そのまま、左手の親指で唇を触った。
    "協力しろ"

    「んん、ぼちぼちです......」

    右手の小指で自分の目頭を掻き、合図の返事をする。
    "了解"

    「ハハハ!」
    左足を半歩引いた。
    "詳細は後で"

    こんなやり取りはザラだった。カシロさんとこの合図を使って話すのは初めてだったが、夏の人達とサインランゲージで仕事のやり取りをした事があったので何とか通じたらしい。
    以前春のアズマさんに教えて貰ったサインランゲージが役に立った。
    カシロさんはやり取りが終わると、ニコッと微笑んで火が点いたままの煙草を俺に向けて差し出す。思わず露骨に表情を歪めてしまったら、煙草を目と鼻の先まで押し付けられた。この人の、こういう強引なところが、ちょっと苦手だ。
    諦めて左手を差し出す。カシロさんは、差し出された俺の手のひらに煙草を押し付けて火を消した。
    上下関係を分かりやすく示す、マウンティング。カシロさんは敢えてカラサワさんの目の前でこれを行う事で、自分の立場と俺の覚悟をわざわざ示してくれたのだろう。
    若手が舐められないように、兄貴分が周りに釘を刺すようなものだった。
    因みに掌は大火傷。
    普通に痛いから、俺はこれが嫌いだった。

    「......夏代の舎弟か」
    「そんなに可愛がってるつもりはないけどな」
    「ッギギ……!!」
    「ハッハッハ!でけー汗かいてら」
    「んぐ……と、とりあえず、カシロさん、中へ……VIP席へ案内します」
    「何故だ」
    「え"?」

    突然。先程のやり取りを経た上で当然の流れとしてカシロさんを中へ案内しようとしたところを、カラサワさんが突然遮った。
    その表情はひとつも動いていない。相変わらず細く深い穴の様な瞳でじっと俺を見詰めている。

    「何故中に入れる。夏代の仕事は豚の回収だ」
    「え……ですけど、その……中で話があると」
    「そんな話は聞いていない。クロスの権限では店内に人を入れる事はできない」
    「……は、ハイ」
    「ハハハ!千昭はやっぱり、そこんとこ致命的だな」

    まるで先程のやり取りを一切見ていないかの様な事を言い出すカラサワさんに困惑している俺を、カシロさんは呑気に笑った。

    「千昭はな、こういうサインランゲージを一切使わないし読む気なんか無えンだよ。
    秋の人間にしちゃ、致命的だ」


    〇〇〇


    言われてみれば、確かにカラサワさんはギャンブルらしいギャンブルをしていない。大体ゲームが始まって1ラウンドもしない内に客が余計な事を言ってカラサワさんがボトルを振り下ろしてゲームが強制終了するので、相手の細かな表情の変化を読み取る必要なんか無かったのだ。

    「……ほ、ほんとだ」
    「な?致命的だろ」
    「極めて不愉快だ。もう1度、今度はジョーカーを引かなかったらお前の勝ちだ」
    「ハイハイ、真ん中」
    「……もう一度」
    「何回やっても同じだぞ、千昭。何度シャッフルしようが、お前が何処を見てるかで引かれたくないカードが何処か一発で分かるンだよ」


    VIP席で始まったのは、ババ探し。
    トランプの山からジョーカーを1枚裏向きで出し、山をシャッフルした後にランダムに4枚のカードを出す。そこにジョーカーを加えた5枚のカードをシャッフルし、テーブルに一列に並べる。
    コイントスで順番を決め、ディーラーと客が順番に1枚ずつカードを捲り、ジョーカーを捲った者の勝ち。シンプルなゲームだった。
    現在、26ゲーム中カシロさんの26連勝。コイントスは最初のジャンケンに勝ったカシロさんが行い、全て裏向きで26回連続でカシロさんが先行だった。
    明らかなイカサマ。しかし、カラサワさんは特に表情を変えず異議も申立てず、黙って負け続けた。
    ここで分かった事は二つ。一つはカラサワさんが他者を深く観察する技能が無いに等しいと言う事。もう一つは、他者だけではなく物事の勝敗や優劣に関して、欠片も興味執着が無いということだ。
    確かに、秋の人間としては致命的だった。

    「……な、なるほど……」
    「お前、今までどうやってコリンズまで上り詰めたんだよ。コリンズって確か最高ランクだろ?」
    「秋のディーラーランクは、売り上げ順なんですよ。カラサワさんは毎日何人も頭を割ってゲームを中断するんですけど、ゲームが終了しない内に客がリタイアするとディーラーの勝ちになるんです。だから、カラサワさんはいつも売り上げ上位なんです」
    「ハハハ!!なんだそりゃ、殴ったモン勝ちじゃねえか」
    「……殺しても問題無いような裏の人間しか手にかけていませんし、ディーラーとしては問題を起こしていない扱いになります。
    あと、シンプルに……支配人がカラサワさんを怖がっている事も、理由の一つなのかな、と……」
    「ハハハハハ!!あー、面白ェ」
    「不愉快だ。ここにボトルが無くて良かったと思え」
    「笑わせてくれるなよ、お前素手でも頭蓋骨割れるだろ」
    「試したことも無い」
    「おいおい、見ない間にジョークが上手くなったんじゃねえの」
    「ジョークは苦手だ」
    「クク、アハハハ!!」

    真顔のカラサワさんと、腹を抱えて笑うカシロさん。
    纏う雰囲気はかなり近しいものがある二人だが、真逆の二人らしい。秋に限らず、この世界に生きるなら誰もが何かしらの合図を共有している。命がポンポン弾けていく世界で、敵に悟られず会話をしなければいけない状況なんてザラにあったからだ。人間を相手にするのだから、洞察力が大きなアドバンテージを持っていた。
    それなのに、あの「夏」を生きた人なのに、こんなにも無頓着な人がいたのか。
    今まで出会ってきた恐ろしい夏の人達の顔が脳裏によぎったが、重なりもしなかった。唯一共通点があるとしたら凶暴性くらいだが、それは夏に限らず誰もが持ちうる性分だ。

    確かに彼はいいディーラーだ。
    どんな盤面のギャンブルにも表情を変えない。負け通してあと一歩進めば人生をドブに棄てられるようなターンでも、心拍が乱れる事すらない。
    異様なまでに落ち着いている。まるで感情のないマネキンとギャンブルをしているような、不思議で不気味な心地になるのだ。
    客は疑う。不自然だ。文字通り命を賭けたギャンブルなのに、ディーラーは全く表情を変えない。おかしい、絶対に「何か」がある!
    そして客は必ず、彼に禁断の言葉を向けるのだ。

    「『イカサマだ!!』」


    「!」

    その時。
    VIP室にまで届く様な絶叫が響いた。
    咄嗟に腰のハーネスに携えた警棒に手をかけてホールに向かおうとした俺を、白手袋が遮る。その手に引っ掛かり、そのまま扉に顔面をガツンとぶつけてしまった。

    「ドワ!!」
    「クロスは夏代と待機だ。俺が行く」
    「は、ハイ……」
    「ン?放っとけよ千昭。禁句を口にしたんだ、ホールの奴らで対応すンだろ」
    「駄目だ」

    手元でカードを弄りながら、さして緊張感も無い様子でここに留まるように言うカシロさん。
    確かにホールのディーラー達だけで対応できるだろう。しかし客の中には武器を隠し持つ『お呼びでない』客が紛れていることがある。そんな時にあくまで正当防衛が成立する範囲で武力行使をする事が義務付けられているのが、最低ランクのクロスだった。要はお掃除要員だ。
    だから自分は直ぐにホールに向かった方が良いのだが、確かに、高ランクディーラーの彼がホールに向かう意味は無かった。
    しかし彼は、頑として譲らなかった。

    「俺は行く」
    「何だ、真面目な奴になったな。改心でもしたか?」
    「違う。ただーー」

    「苛苛するから、行くだけだ」

    バタン、と扉が大きな音を立てて閉まる。革靴が遠ざかってゆく硬い足音を聞きながら、腰の警棒が抜き取られている事に気付いた。
    (……と、取られた)
    遠くでカシャンと警棒が振り抜かれる音が微かに鳴り、「クク」と背後のカシロさんが喉を鳴らして笑った。

    「変わったな、アイツは」
    「……カラサワさんと、仲が良かったんですか」
    「イヤ?お互い敵同士、仲良く喧嘩しながら仕事を取り合ってた。何度奴に骨を砕かれたか、数える事も飽きるくらい戯れ合ったよ」
    「仲、良いじゃないですか」
    「良い事ァ無いさ。俺が猟犬を拾うまでの付き合いだった」
    「……」
    「良い猟犬だ。今も昔も」

    カシロさんは穏やかにそう言い、首を摩る。彼の手を覆う黒手袋がしなやかに白い首筋を撫で、するりと彼の顔に行き着く。
    彼の目元にも、カラサワさんと同じような傷跡がある。
    トン、と指先がそこに触れる。

    「……カラサワさん、どうして秋に来たんでしょうね」
    「ン?」
    「だって、彼、まだ殺し屋の顔してるじゃないですか」
    「それを言うなら、モモちゃんだって人殺しの顔してるぞ」

    寛げていた脚を組み、浮かせた左脚を軽く揺する。キュッと片眉を上げたニヒルな微笑みは、やはり似合わない人だった。

    "わかるだろ?"

    彼の長い指が、つつっと自身の目元の傷跡をなぞる。ゆっくりと瞬きをする瞳には、間抜けな顔をした俺が映っていた。
    ホールの方から、微かな断末魔が聞こえて来る。バタバタと廊下を数人が駆けていく足音が流れ、それ切り辺りはシンと静まった。

    「……椛澤千昭は、いい奴だよ。上手く使われてやってくれ、クロスくん」
    「……へへ。怖い人」

    カシロさんは二カッと歯を見せて笑い、俺は腕を組んで笑った。
    言葉にならない言葉で、彼が教えてくれた事。これをカラサワさんもできれば、「仲がいい訳じゃない」なんて言わなかったんだろうな。
    そう思った。

    コツ、コツ。ズズ、ズル。ズル……。
    廊下から、革靴の硬い足音と、何か重くて湿った物を引き摺る音が近付いてくる。
    およそカジノのVIPルームに相応しくない不気味な音に、しかし客人である夏代秋市朗は、無邪気で不気味に微笑んでいた。


    夏の怪談、転じて秋の怪談に成りうるか。
    今年も柘榴狩りは現れない。

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