鶴尾ぐろりょな「さて。最初くらいはどこがいいか決めさせてやろう。右目、左目、鼻、右耳、左耳、舌…」
右手親指の爪右手人差し指の爪右手中指の爪右手薬指の爪右手小指の爪左手親指の爪左手人差し指の爪左手中指の爪左手薬指の爪左手小指の爪右足親指の爪右足人差し指の爪右足中指の爪右足薬指の爪右足小指の爪左足親指の爪左足人差し指の爪左足中指の爪左足薬指の爪左足小指の爪。
まるで早口言葉のような言葉が流暢な発音と共に耳を通り抜けていく。
やると言えばやる。この男はこのための知識と冷静さと狂気と残忍さを持ち合わせている。人体を殺すために壊すのではない。殺さないために壊す方法を知っているし、それが実行できる人間だ。
「そういえば尾形上等兵は凌遅刑というのは知ってるかね?お前は日清戦争には参加してないから知らないか」
聞こえてきた言葉に顔から血の気が引くのが分かった。
何百回も、時には何千回にもかけて少しずつ肉を削いでいく、ただひたすらに痛みを与えるためだけの清国の刑罰だ。
「ふむ。その様子だと知っているようだな」
呼吸が浅くなったのを確認した鶴見が顔を覗き込んできたが、それを見返すことが出来ない。
刑罰としては死ぬまで続けられるものではあるが、それでも何百回と肉が削がれても人間は死なないものらしい。つまり充分に拷問足り得る。
爪を剥がれたり耳を削がれるくらいの覚悟はしているが、流石に何十何百と肉を削がれるまでの覚悟はしていない。
青褪めた尾形の顔を見た鶴見が満足げに目を細める。
「安心したまえ。そんなことはしない。少なくとも今はまだ。処置が面倒だからな。石抱きも悪くないが準備が必要だし、オーソドックスに鞭打ちくらいから始めようか。無論、その程度で口を割るような百之助ではないだろうがね」
つまり口を割らないことを前提に、痛みだけを与えようというのか。本当にこの人は悪趣味だ。
「しかしお前は痛みには強いからなぁ。水責めの方がいいかな?水責めは苦しいぞぉ」
この口に、と鶴見の手が顎にかかり、猿轡を咬まされた口の隙間から親指が滑り込んで頬を引き伸ばす。
「漏斗を突っ込んで吐くまで胃に水を注ぎ込んでやろう。胃に水が満ちたらどうするのか、分かるかね?」
まるで指導係が兵卒に尋ねるかのような口調での問いかけに無言のまま睨みつける。そもそも口を塞がれていて言葉を発することなど出来やしない。
だがその答えは知っている。腹を殴り、水を吐かせるのだ。そして再び水を飲ませる。ただひたすらに、それを繰り返す。
言葉にしようもないその返答をまるで心の中を読み取ったかのように、口から指を引き抜くとパチパチと手を叩く。
「そうだ。お前には教えたことがあったな。よく覚えていた。なら水責めにはもう一種あることも覚えているかな?」
勿論それも知っている。水の中に顔を沈ませ、死ぬ寸前で引き上げる。水に咽せながらも息を吸い込んだところで再び顔を水に沈ませる。とてもシンプルで、拷問として効果的。
元々寡黙とは程遠い鶴見ではあるが、今日は特に饒舌ともいえるほどだ。その理由もまた知っている。
一つ一つ丁寧に拷問の説明をし、想像をさせ、恐怖心を煽るためだ。拷問の名を口にしながらその説明をせずに問いかけるのは、与えられる情報を言葉として聞き流さずに頭の中で想像させるためだ。
つまりこのやり取り自体、既に拷問の下準備とも言える。
「まぁ、拷問の種類など挙げ始めると枚挙に暇がないが、大掛かりな道具を使わず、また止血の必要もないものとなれば随分と限られてくる」
これでも間諜であればこそ、その類の知識は頭に入っている。特別な器具を使わず、傷もつけずというのならば先ほど鶴見が口にした通り、やはり水を使うものになるだろう。
水を飲ませる。水で窒息させる。他にも水牢もあれば、額に雫を落とし続けるだけでも拷問たりえる。