ほしいものぜんぶ「本当に、本当にいいんですか 」
「うん。本当にいいんだよ」
信じられないといった表情でおれを見る辻ちゃんに、おれはにっこりと微笑んで二本目のアイスキャンディーを渡した。
○ ○ ○
牛乳は毎食一杯だけ。
アイスは一人ひとつだけ。
兄弟の多いおれ達は何かと制限の多いしつけをされてきた。それは兄弟げんか防止と健康的な生活の為でもあったけど、おれ達はいつも不満だった。
「辻ちゃん、今年の誕生日はちょっといいホテル泊まらない? 」
「ホテルですか? 」
付き合ってから一緒に旅行することはあったけど、観光メインでいわゆるホテルステイはしたことなかった辻ちゃんは少し首を傾げた。
「そ。スパ併設のホテルで一日中のんびりするの。おれ気になってたとこあるんだよね」
端末にホテルの紹介ページを出して、動画を再生する。
「思ってたより近くだ」
「そうそう、三門市のすぐ近く。最近新しいプラン始めたんだって」
スパ併設。夕食はビュッフェ形式……とここまではよくある観光ホテルのサービス。
「オール、インクルーシブ? 」
動画では食事も、プールもサウナも!と明るい声が謳っている。
「追加料金無し。つまり、飲み放題食べ放題、遊び放題ってこと! 」
「おお」
辻ちゃんの目が輝く。
「ホテルのサービスって何かとオプションが多いけど、このプランなら冷蔵庫の中も食べ放題なんだって」
「そんなことあります? 」
想像もつかない事態に辻ちゃんがワナワナと震える。もちろん、その分の値段はあらかじめ宿泊費に含まれてるわけだけど、そこはまあ、おれがプレゼントするんだし。
「今年の誕生日はホテルで思いっきり羽伸ばそうよ」
○ ○ ○
夢を叶えるべく訪れたホテルは、マットな黒い壁とガラス張りのエントランスが特徴的な、そびえ立つように高い建物だった。
「いらっしゃいませ」
きちんと制服を着込んだドアマンが出迎えと共に荷物を受け取ってくれた。
フカフカのソファーに腰かけてチェックインの手続きをしている間、辻ちゃんは緊張した様子で、
「こんな所に泊まるの、初めてです」
とおれに耳打ちした。
「そう? 六穎の修学旅行で泊まった所の方がランクは上だと思うけど」
「修学旅行は団体だったので」
チェックインの手続きが終わるとスタッフの女性が、
「ウェルカムドリンクをご用意いたしますので、こちらからお選びください」
とメニューを差し出してくれた。
「辻ちゃんどれがいい? 」
コーヒー、紅茶の他に特産のフルーツを使ったスムージーなどもある。
「みかんのスムージーにします」
「いいね。おれはグレープ&マスカットスムージーにしようかな」
スムージーを飲んでいるうちに、荷物は部屋に運んでおいてくれるらしい。ガラス張りの向こうの中庭を眺めると、青々と葉をつけた背の高い木と噴水があって、ベンチだけじゃなくてリクライニングチェアもおいてあるから、夕涼みにいいかも。
「どうする? 一度部屋行っておく? それとも先にスパ行っちゃう? 」
タオルはスパの脱衣場に備えてあるので、フロントで館内着をもらえば手ぶらで行けると聞いて、せっかくだし辻ちゃんに聞いてみた。
「はい。行きましょう」
辻ちゃんも乗り気でうなずいてくれたので、おれ達はスムージーのグラスを返すとその足でスパに向かった。
八階に設けられたスパは多種多様な施設がウリで、内湯と外湯の他にジャグジーや足湯、寝湯があり、サウナもドライとミストの二種類あるらしい。
「おお」
「思ってた以上だね」
壁画いっぱいのガラス越しに青空が広が広がっている。おれ達は体を流すとまずは内湯に浸かった。
「明るいうちから風呂に入るなんて、贅沢ですね」
罰が当たりそうって笑う辻ちゃんに、おれは、
「今日は贅沢しにきたからいいんだよ」
と言って思いっきり伸びをする。
二人でぼーっと空を眺めてるとそれだけで日頃の疲れや緊張なんて、全部溶けていきそう。
しばらくすると辻ちゃんの白い肩がピンクに色づいて、頰も赤くなる。そろそろかな?
「外湯もいってみようか」
「はい」
棒状のハンドルを持って重いドアを開けると、ほてった体に外気が吹き付ける。
「涼しい〜」
外壁で周囲の建物を隠して、まるで海の温泉に入ってるみたいなデザインの露天風呂だ。二人で肩まで浸かるとおれはこっそり手をつなぐ。
赤い顔でこっちを見る辻ちゃんに、
「誰もいないし、いいでしょ」
と笑うと、
「そうですね」
とうなずいて握り返してくれた。
今年の誕生日プレゼント、ホテルでのんびり温泉にしてよかったなあなんて考えていられたのはここまでで、サウナまで満喫してスパを出たおれ達は、脱衣場にある湯上がりアイスキャンデーのポスターで一気に修学旅行中の男子のテンションになってしまった。
「どれにします? 」
ボックスをがさごそと漁ると四、五種類くらいはありそうだった。
「んー、ソーダ。辻ちゃんは? 」
「風呂上がりなんでミルクにしようかな……あ、でも、アズキも気になる」
「じゃあ二本食べたら? 」
「え、でも……」
「一人一本までなんて書いてないし、このホテルにしたのなんでだっけ? 」
辻ちゃんがはっとした顔でおれを見た。
「オール、インクルーシブ……? 」
「そう。だからアイスは何本食べてもいいし、部屋のジュースも飲み放題だよ」
「本当に、本当にいいんですか 」
「うん。本当にいいんだよ」
信じられないといった表情でおれを見る辻ちゃんに、おれはにっこりと微笑んで二本目のアイスキャンデーを渡した。
○ ○ ○
部屋に戻るとサプライズでお願いしておいた飾り付けがおれ達を迎えた。
「えっ、え? 」
たくさんのバルーンで飾られた室内に辻ちゃんが目を丸くしてこちらを振り返る。
「びっくりした? 」
ぶんぶんと首を縦に振る。かわいいなあ。
おれがせっかくだから動画撮ろうよ、と言うより早く辻ちゃんがベッドにダイブしてHAPPY BIRTHDAYのバルーンを抱きしめた。
「ははっ、辻ちゃん、最高 」
「こっちのセリフですよ」
少し照れた顔でおれにも来て、とまばたきする。それを見たおれは、スマホを放り投げて辻ちゃんの隣に飛び込んだ。
「生まれてきてくれてありがとう、辻ちゃん」
辻ちゃんは泣きそうな顔になっておれの肩に顔を埋めると、
「犬飼先輩がそう言ってくれるなら、生まれてきた甲斐があります」
と言って、力いっぱい抱きしめた。
END