花見 雲ひとつない青空に、桜の花が泳ぐように揺れている。
「これ以上のお花見日和ってきっとないよ」
犬飼にそう言われて、辻󠄀は本部基地へ行く前に桜の木が立ち並ぶお花見スポットへと立ち寄った。
コンビニで買ったフラッペはまだ少し早かったらしく、飲んでいると肌寒い。
通り沿いにあるベンチに腰掛けると、犬飼も少し背を丸めて座った。
風が吹く度に桜の枝が揺れる。花が散ってしまうのでは、と辻󠄀がぼんやり見とれているその横で、犬飼の髪もふわふわと揺れている。
陽の光のせいで輪郭が透けるように輝いていて、辻󠄀は思わずその髪に手を伸ばしたくなった。
遠慮がちに襟足に触れると、犬飼は驚いたようで、
「えっ、なに? 」
とこちらを振り返る。辻󠄀はそれには答えず、惹かれるままに指を髪の間に通す。
くすぐったさに犬飼は笑いながら、
「なんだよ」
と聞くが答えは帰ってこない。
でも辻󠄀が子どものように瞳を輝かせているのを見れば、だいたいわかる。
「犬飼先輩だって、俺が髪切ると触るじゃないですか」
照れ隠しのような言い訳だけ返ってきた。
「おれはちゃんと『触らせて』って言うよ」
「それは……、すみません」
「謝んなくてもいいけど」
花が萎むように辻󠄀の手が犬飼の髪を離れて、だらんと下がる。
犬飼がその手を握ってくれたのが嬉しくて、辻󠄀もぎゅっと握り返す。
「あの」
「ん? 」
「一回だけキスしていいですか? 」
犬飼の眉根が何か言いたそうに歪む。
「それは聞かなくていいやつ」
フラッペはいつの間にか手の中で溶けてしまっていた。
END