クリスマスプレゼント 姉がクリスマスコフレを買いに行くというので、澄晴はデパートに付き合わされた。
華やかなコスメカウンターはいつにもましてキラキラしてて、クリスマスツリーやジングルベルの曲が気分を盛り上げる。
二種類あるコフレのどちらにしようと姉が悩んでいる横で、澄晴の鼻先を甘い匂いがくすぐった。
隣のいくつかのブランドをセレクトしたフレグランスのコーナーから漂うその香りは、洋梨や桃のような果物の香りとバニラの甘い香りが混ざり、親しみやすさと目新しさを感じさせるものだった。
飾りのない、まろやかな瓶に収められたその香水をまじまじと見ているとすぐに販売員が近づいてきて、朗らかに勧めてくれた。
ムエットに吹きかけてもらった甘い匂いを嗅いでるうちに、甘い物が好きなチームメイトの顔が脳裏に浮かぶ。
「ちょっと、勝手に離れていかないでよ」
姉に腕をつかまれてハッと現実に呼び戻されても、その香りのことが忘れられず、澄晴は買い物の最後に今まで付けたことのない甘い香りの香水を手に入れた。
「ラッピングはいかがしますか? 」
と店員に聞かれて、初めてプレゼント用か自分用か決めてなかったことに気づく。
辻󠄀ちゃん好きそうだな、と思って買ったけど同じ隊の後輩に贈るには重すぎる。
「あー……、ラッピングはいいです」
結局、自宅用にしてもらった。
✩✩✩
自分用に買ったはいいものの、自分から甘い香りがするのはイメージ違いな気がして、せっかく買った香水はしばらく飾られるだけの存在だった。
箱についていた明るい色合いのブランドメッセージのカードを開いてみると、
『クリスマスの懐かしい思い出、毎日一切れずつ食べたシュトーレンの香りをイメージしました』
と書いてあった。
改めて、手首にワンプッシュだけ吹き付けてみると、最初はバターや砂糖の甘い香りだけど、体温で温まってくるとイチジクやブランデーのような深みのある香りに変わっていく。案外、おれがつけても大丈夫かも、と澄晴は耳元の髪をかきあげる仕草で手首の香りを耳裏へ移した。
✩✩✩
学校で終業式を終えた後に本部基地に来たが、二宮は隊長以上の会議、氷見は自宅からのバスが交通渋滞に巻き込まれたとのことで、犬飼も辻󠄀も作戦室で待機になってしまった。
「犬飼先輩、今日は甘い匂いがします」
「あ、気づいた? 」
目論み通りの反応に犬飼の口角が上がる。
「辻ちゃん好きかなーと思って」
「そんな、人を食いしん坊みたいに」
辻は怪訝な顔をしたものの、フンフンと小さく鼻先を動かして、匂いに夢中になっている。少しでも香りの正体を嗅ぎ取ろうと、顔を首すじにまで近づけてきた。
「あの、辻ちゃん? 」
「少し、黙っててください」
耳のすぐ下辺りを何度も嗅いでいるなと思っていたら、辻は次の瞬間、そこをペロリと舐めた。
「……っ 辻ちゃん 」
思わず声が裏返ってしまったが辻はそれに驚くこともなく、
「甘くない……」
とがっかりしている。
「辻󠄀ちゃん、たまにびっくりするようなことするよね」
首すじを撫でながら苦笑したが、内心は今も心臓が早鐘を打っている。
「そうですか? 」
辻󠄀は澄ました顔のまま首をひねっている。
「で、どう? この香り、辻󠄀ちゃんにはあり? なし? 」
顔をのぞき込むようにして聞くと、辻󠄀は眉根を寄せて困ったような表情になった。
「それ、俺が決めるんですか? 」
「辻󠄀ちゃんの為に買ったんだから、そうでしょ」
自分のペースに巻き込めそうだ、と安心し始めた澄晴に辻󠄀は目を丸くして、
「え、俺の為に買ったんですか? 」
と聞き返した。
「あ、いや、そういう意味じゃなくて、この香水買う時に辻󠄀ちゃんの顔が思い浮かんだから、ね? 」
苦し紛れの言い訳を辻󠄀はどう受け取っただろうか。
じっと見つめ返された一瞬が、澄晴にはすごく長く感じた。
「……犬飼先輩。ウケ狙いに体張りすぎでは」
思わず、澄晴の肩から力が抜けた。
「あはは、別にウケ狙いってわけじゃ……、まあ、あるか」
苦笑する澄晴を横目に、辻󠄀がカバンの中からバラエティショップの包みを取り出す。
「俺はちゃんとクリスマスプレゼント買ってきました」
「え、うそ」
バラエティショップのビニール袋の中にはラッピングのリボンが見える。
「入浴剤です。犬飼先輩は長風呂しそうなので、多めに入れておきました」
「いや、そんなに長風呂しないけど。でも、ありがと」
二宮や氷見にも同じラッピングの袋を用意しているだろうけど、多めに入れてくれたというなら少しはありなのかも。
来年こそは辻󠄀が驚くようなクリスマスプレゼントを渡せたらいいと、澄晴は自分へ約束しておいた。
END