Naked LOVE「お疲れさま。辻󠄀ちゃーん、生きてるー?」
作戦室のドアが開くなり犬飼はケラケラ笑ってそう言った。
「お疲れさまです……」
ミーティング用のイスに座っていた辻󠄀がゲッソリとした顔で挨拶を返す。
辻󠄀が女子相手だと緊張してしまうのは、周知のことで普段は学校だとクラスメイト達も気を遣ってくれたりガードしてくれるのたが、バレンタイン当日ともなると無下にするわけにもいかず、辻󠄀は何人もの女子からチョコレートをもらってその度に死ぬほど緊張するハメになった。
「かわいい子いた? 」
「そんな、顔見る余裕なんてないですよ」
ジト目で返されても犬飼には痛くもかゆくもない。
「おれもいっぱいもらったから、みんなで食べようよ」
紙袋からカラフルな可愛いらしいパッケージのチョコレートたちが次々と出てくる。
「俺達が食べていいんですか? 」
「うん。今年は義理チョコだけだから」
「義理チョコだけって……本命は断ったんですか」
「そ。おれ今、女の子と付き合うつもりないし、期待させると悪いかなって」
おかげで面白いのいっぱいもらったよと示したチョコには『義理』と大きく書いたものや、幼虫や魚をかたどったもの、薬のパロディチョコなどネタ系が多い。
「じゃあ、俺がもらったのも食べてください」
「辻󠄀ちゃんのは本命でしょ? 責任持って自分で食べなよ」
「そんな……」
捨てられた子犬のような表情の辻󠄀を見るとまたくつくつと笑いがこみ上げてくる。犬飼は給湯スペースでコーヒーの準備をしながら
「食べるのは苦労しないだろうけど、どうせ後で断るんなら、辻󠄀ちゃんも受け取らない方がいいよ」
と忠告した。
「そ、そうですね」
今日はとにかく眼の前の女子との会話を終わらせるのが精一杯だったが、このあとの事を考えると確かに余計な気をもたせない方がいいのかもしれない。
犬飼はインスタントコーヒーを二人のマグカップに入れて、辻󠄀の分にだけパウダーミルクと砂糖と小さなチョコを一粒入れた。
お湯を注いで溶けてしまえば辻󠄀はきっと気づかない。
今はまだ、それでいいんじゃないかなと思っている。
スプーンでよくかきまぜると辻󠄀の前にマグカップを置いた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
辻󠄀はカフェオレをひと口飲むと、両手でマグカップを包むようにしてつぶやく。
「犬飼先輩の対応は正しいと思いますけど」
目の前で犬飼の手によってカラフルなパッケージが剝かれ、馴染みのある黒い四角いチョコレートの粒が出てくる。
「せっかく用意したチョコがもったいないですね」
辻󠄀もテーブルの上に小さなパッケージを置く。
「これもみんなで食べましょう」
「だから、辻󠄀ちゃん本命は自分で食べなって」
「これは、俺がもらったチョコじゃないので」
自らパッケージを破くとチョコレートをひと粒口の中へ放り込んだ。もぐもぐと噛み砕いてカフェオレで流し込む。
「えっと、辻󠄀ちゃん? 」
意を決した辻󠄀の視線の強さに、犬飼もたじろぐ。
「チョコは駄目でも、言葉なら受け取り拒否はできないはずです」
カラフルなパッケージにも甘いチョコレートにも隠れない、真っ直ぐな想いが差し出された。
END