チョコレートキスバレンタイン犬辻
付き合って間もない頃のバレンタインは隠れてチョコレートを用意したり、当日に二人で限定のチョコレートパフェを食べたりしてイベント気分を盛り上げていたけれど、今年は忙しさも相まって取り寄せたチョコレートを二人で食べるだけのシンプルモードになった。
「辻ちゃん、どれにする? 」
小さなチョコレート達は、どれもとびきりのデコレーションを施され、中に魅力的なガナッシュクリームを秘めている。
「うーん、塩キャラメルにします」
「あ、待って」
チョコレートを摘もうとした辻を制して犬飼が、
「ただ食べるだけじゃつまらないから、お互いの好きなところを一つ言ってから食べようよ」
と提案した。辻は黙ってうなずいたが、上を向いて下を向いて、首をひねっている。
「ねえ、おれのどこが好き? 」
楽しそうににこにこ笑っている犬飼を見るとますます、言葉にならなくなってしまい辻は、
「……犬飼先輩、お先にどうぞ」
と順番を譲った。
「いいの? おれはね、おれの言いたい事を曲解したりしないで受け取ってくれるとこかな」
ブラックチョコレートに赤いドライフルーツの粒をまぶした、フランボワーズガナッシュのチョコレートが犬飼の口に吸い込まれていった。
「はい、辻ちゃんの番」
ブルーのアラザンに飾られた、塩キャラメルのチョコレートが辻を待っている。
辻だって早く答えたいのだが、どこ、と聞かれると困ってしまう。
「気配りが上手いところ? でしょうか……」
半疑問形の答えを聞いて犬飼はちょっと笑って、
「そうなんだ」
と言いながらやっと塩キャラメルのチョコレートを食べさせてくれた。
濃厚なキャラメルガナッシュはほんのり塩気があって、おいしいのだが、なんだか心から味わえない。
「次は何にしようかな、うーん、期待通りに動いてくれるけど、たまに期待以上のサプライズをくれるとこ」
特にサプライズのプレゼント等をした覚えのない辻は不思議そうに首を傾げる。
「ほら、辻ちゃんも」
犬飼に促されて辻は慌てて、
「あ、えっと、その、い、いい匂いがするところ! です! 」
と答えてしまった。これには犬飼も声を上げて笑う。
「おれっていい匂いする? ありがと。辻ちゃんも、とってもいい匂いするよ」
恥を偲んで答えたのに、パッションフルーツのチョコレートは酸味が強く、辻の好みとは少し違った。
「おれの番ね。おれ、辻ちゃんの鼻にちょっと縦に筋入ってるじゃん? あれ好き」
「鼻、ですか? 」
辻は思わず自分の鼻に触ってみるけれど、自分ではわからない。後で鏡で見てみようと思う。
ちょっと狙っていたミルクティーガナッシュのチョコレートが犬飼に食べられてしまった。
犬飼はお供のコーヒーを美味しそうに飲んでから、チョコレートに目をやった。
「あれ? もう最後か」
六個入りのチョコレートはあっという間に最後のひとつになっていた。ハート型のチョコレートが箱の中でぽつんと辻を待っている。
「どうせならもっと用意して、いっぱい聞けばよかったなあ」
悩む辻を見つめる犬飼の視線は甘やかで、それを見た辻はそうだ、と思いつく。
いつもは軽やかに、時折シニカルに笑うこの人が自分を見る時だけは蜂蜜みたいにとろけそうな甘い笑みになる。
「……犬飼先輩の目が」
「目? ああおれの目って色薄いもんね」
「いえ、犬飼先輩が俺を見る時の目が、すごく幸せそうな時があって、その、好きです」
予想外の答えが飛んできて、犬飼は目を丸くした。先に真っ赤になっている辻に続くように犬飼の頬も赤くなっていく。
「そ、れは、知らなかったなあ」
耐えきれなくなった辻が、
「最後、いただきます」
とハートのチョコレートに手を伸ばした。
犬飼はその手をつかんで止める。
「ダメ。こっちが先」
この溢れそうな恋情を今すぐ確認したくて、少し強引に唇を奪う。
END