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    ree_komo

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    ree_komo

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    クロルク。ハロウィンイベストの1部を受けて書いた幻覚

    un lieu apaiséクロウリーが幼いルークを引き取った時、ルークは4歳になったばかりだった。
    人見知りが激しいとか引っ込み思案だというよりも、世界の全てに怯えているような子供で、唯一懐いたクロウリーの手か、そのスラックスの生地を常に握りしめていて離れなかった。ただそうしてクロウリーにしがみついている間は、よく歌を口ずさみ、おしゃべりで、好奇心旺盛な元気な子供だった。

    そんなルークを心配したクロウリーは、あえて何人もの使用人を雇ったのだった。世話役の老人女性、世話や遊び相手も頼むメイドと庭師の若い男女の兄弟と、一流ホテルの料理長を引退した後のコック、家庭教師……これらをルークを住まわせる家に出入りさせた。

    世話役の老人女性は自身も4人の孫がいて、すぐにルークの心を開いた。やがて若い兄弟ともよく遊ぶようになった。地べたで手掴みと犬食いしか出来なかったのが、テーブルに着き当時好物だったハンバーグをナイフとフォークで口に運べるようになった頃には、コックとも打ち解けたようだった。
    ──家庭教師には匙を投げられたけれど…


    ルークが10歳になる頃には片言の母語がたまに出るものの日常会話に全く支障がないほど言葉を覚え、椅子に長時間座っていられるようにもなった。特にクロウリーから徹底して教育されたテーブルマナーには犬食いの面影など微塵も残っていない。

    クロウリーは使用人以外にも客人をよく家に招きいれた。ルークをそこに同席させ挨拶や会話に必ず混ぜるようにしていた。
    その甲斐あって全く人見知りも物おじもしない子供に育っていった。クロウリーのスラックスのポケットの少し下の部分に、握りしめた皺が寄ることはもうない。

    クロウリーとルークが住む家には常にルークの口ずさむ愉快なメロディの歌か、言葉を覚える手助けになればと教えた詩か、軽快なおしゃべりが響いている。それが止まって静寂が訪れた時はルークが怪我をした瞬間かもしくは具合が悪い時だというのが、この家に居る全員の共通認識だった。
     
     

    その静寂が今訪れている。

    ソファで仕事の資料に目を通すクロウリーの隣にルークがやって来てぴたりと体をくっつけて座り、そわそわと手や足の指動かしている。

    「どこか痛むのですか?」

    クロウリーの問いかけにルークはきょとんとした顔で首を横に振った。

    「じゃあ気持ちが悪いとか?」
    「ノン。元気だよ」

    そうですか。とクロウリーは資料に視線を戻したが、意識の半分をルークの方に残した。これはなにかあると、6年目の親心が言っている。

    クロウリーはルークの小さい手を握りしめた。その手はすぐに握り返される。やけに強い力で、何かに怯えるように。

    「お前が黙っているのは珍しいので心配してしまいますよ。理由を教えてくれますか?」

    資料を置いてルークの小さい体を抱き寄せると、ルークは途端にくったりと脱力してクロウリーに身を預けた。クロウリーはルークの体を撫でるようにして痛がる部分がないか、発熱はしていないか探った。

    そうしているうちの腕の中でルークがお気に入りの童謡を口ずさみ始めた。──もしかして眠かっただけだろうか…── クロウリーは安堵する。

    「おねむならベッドに行きましょうか?」

    優しく問いかけるクロウリーの声とは反対にルークは預けていた体をばっと起こして眉を下げて首を横に振った。

    「ノン…ノン…、ムッシュ、一緒に居ておくれ……」

    ルークの体が強張っている。
    この子は今確実に何かに怯えている。

    「分かりました。今夜は特別に私の部屋で一緒に寝ましょうか。久しぶりに本を読み聞かせてあげましょう、もう〜優しいですね、私!」
    「メルシー、ムッシュ…」

    ルークは表情が晴れないままクロウリーの頭を抱きしめるように抱きついた。



    ──クロウリーの寝室

    「何を読んでほしい?」
    「……」
    「ルーク?」

    本棚の前で一瞬ルークと繋いだ手を離した時だった。まるで崖の淵にでも立たされているかのような慌てぶりで、ルークはクロウリーの腰に抱きついた。

    「こわい!」
    「何がそんなに恐いのです?」
    「わからない…こわい…胸がくるしくて、耳がいたい……こわいよ」

    ピッタリと体をくっつけて抱きつくルークの頭と背中を覆うようにして屈んだ。

    「私がこうしていてあげますから、何も怯えないで大丈夫」
    「でもこわいたすけてこわい近づいてくる…!」
    「私の側にいれば平気ですよ」

    クロウリーはルークが何に怯えているのか、やっと検討が付いた。というよりも少し前からクロウリー自身もそれを感じ始めていた。

    とうとう泣き出したルークの頭を繰り返し撫でながら抱きかかえてクロウリーはゆっくりとベッドに腰掛ける。
    静かな部屋に窓に風が当たる音が響いていた。

    「お前は嵐が恐いのですね」
    「あらし…? 物語で読んだことがあるよ。これは嵐の気配なの?」
    「ええ、そうです。それも相当大きな嵐でしょう。確かにお前がこの家に来てから、こんなに大きな嵐が来るのは初めてです。怯えるのも無理ありません」

    ルークの緑色の瞳が大粒の涙をいくつもこぼす。クロウリーは密かにその顔が愛しくて仕方なく思った。

    「嵐は家を吹き飛ばしてしまうのだろう?」
    「おとぎ話ではそうですね。でも大丈夫。この家は優秀な魔法建築士に建ててもらっていますから、強力な防災魔法でどんな嵐が来てもびくともしません!」
    「ホント?」
    「ええ、本当」

    ルークは少しだけ安堵した顔をしたが抱きつく力は緩まなかった。

    「……でもこわいよ。それに森の生き物たちは冷たい雨を浴びたり吹き飛ばされてしまうかもしれない……。かわいそうだ」
    「ああ、ルーク。お前がそういう優しい子に育ってくれて私は大変嬉しいです」

    ルークのカナリアゴールドの髪を優しく撫でてから切り揃えられた前髪に口付ける。

    「動物たちはヒトよりもずっと強く逞しいのです。ですから心配無用ですよ」

    ルークはクロウリーの白いシャツに頬をうずめてゆっくりと大きく息を吸った。自分を保護する大きな大人の安心する匂い。

    「私にはムッシュがいてくれてよかった」

    そう言ってからようやくルークの体の強張りが解けた。クロウリーも一息つく。

    「さあ、本格的に嵐が近づく前に眠ってしまいましょう。嵐が過ぎ去った後の朝はそれはそれは美しいですよ。楽しみにしていなさい」
    「どうして美しいんだい?」
    「それは見てのお楽しみです。ふふふ」

    クロウリーの笑い方を真似てルークも笑う。長いまつ毛に涙の粒が光って本当に愛らしいと、クロウリーは両腕でしっかりと小さなルークを抱きしめた。


    ──── 翌朝

    「ムッシュ! 本当だね! 空も木々も空気さえも洗いたてのように輝いているよ! 雨が去った後の匂いは大好きさ! なんて美しいのだろう! マーベラス!」

    庭先に出て眩しい朝日の中ではしゃぐルークを玄関先のドアの前で朝刊を片手にクロウリーが眺めている。

    ──ルークの動物的勘の鋭さは時に普通の子供以上の庇護を必要とする。
    そしてその勘には必ず耳を傾けてやらなければいけない──と、クロウリーは改めてルークを育てる特殊さを実感していた。

    朝刊には昨晩の嵐でここから少し離れた街に壊滅的な被害が出たと、惨憺たる写真が掲載されていた。


    「ルーク、朝食にしましょう」
    「ノン! まだいらないよ!」

    はしゃぐルークのご機嫌な声が濡れた庭に響いた。


    ─────



    時は流れて、ルーク18歳。ナイトレイブンカレッジのハロウィンの夜。

    クロウリーは何かの騒ぎを訴えて集まる生徒たちを最初は信じていなかった。
    騒ぎ足りない生徒たちのイタズラの可能性が大いにあるので、そうやすやすと騙されるもんかと、思っていた。

    しかしそれは一瞬で覆される。
    学園長室に生徒たちが集まる中で、いつもは集団を後ろの方で眺めているルークが一番に自分の隣にきたのだ。そして他の生徒から見えないようにジャケットの長い袖をぎゅっと握った。

    悪戯ではないのだと一気に緊張がクロウリーを包んだ。悪戯どころか、これは只事じゃないのだ。

    クロウリーはルークの心細そうな目と視線が合うように仮面の顔を向けて頷いてみせた。それを見たルークも頷き返し、不安そうだった目に強い光が宿った。ジャケットの袖からするりと手を離して、クロウリーの隣に寄り添うように立つ。

    本当はまだ恐いのだろう。虚勢を張れる程成長したルークに内心感心しつつ、クロウリーも襟を正した。
    そしてざわめく生徒たちを鎮めるべく手のひらを打ち鳴らす。

    「皆さん、お静かに!」
     
      
     
      
     
     
     
     
     
    fin
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