置き土産「あー…いてェ」
腹から流れ落ちる血液。ここまでの深手を負ったのはいつ以来だろう。後ろには血の道が出来ていた。
大人しく酒でも飲んで寝てた方が治りは早いが…それでも、確認したかった。
(あいつは生きているのだろうか)
おれを裏切った男。
おれが愛した男。
狂死郎…というのは偽名だったか。
(あいつのこと、結局何も知らなかったなァ)
今の自分を俯瞰してみると、何ともまァ滑稽だ。裏切った相手を、自分の命を削ってまで探している。その目的は…だたの安否確認。復讐しようなんざ思ってもない。
ただ、一目だけ。
最後にその姿を見たかった。
…おれを裏切ったことで、ちゃんと幸せになったのかを。
あちこち崩れているおれたちの城。
その中で一瞬、青色が見えた気がした。あいつの外套の色だ。
「狂ー…!」
声を張り上げそうになったが、何とか飲み込んだ。影が一つではなかったからだ。
(小紫…生きてたのか)
それは狂死郎がかつて斬ったはずの花魁。どうやら彼女も光月の者だったようだ。
つまり、狂死郎と小紫は…ずっと、二人で秘密を共有する仲であったのか。
「…ははっ、バカみてェ」
わかってたじゃないか。騙されてたんだ。
本命は…あっちに決まってる。
お似合いの美男美女が抱き合っている姿は、あまりに綺麗に自分の中へストンと収まってしまった。
(よかったじゃねェか、狂死郎)
そう思い来た道を引き返した。
「ササキじゃねェか…生きてたのか」
「フー…お前もな」
お互いボロボロになってはいるが、なんとか生きている。それだけ甘い敵だったということだ。
「…なぁ、タバコまだあるか」
「あるが…珍しいな。酒は切らしたのか」
「いや、今は…美味い酒が飲めそうにないだけだ」
「そうかよ…」
フーはそれ以上聞かずに、残り僅かなタバコを差し出す。それを咥えると、フーが顔を近づけタバコの火を渡した。
風通しの良くなった城を、二本の煙が昇っていく。
「…これからどうすんだ、ササキ」
「まだ何も考えちゃいねェ」
「…なんとかなるか」
おれたちは敗北者。その未来なんざロクなもんではないかもしれない。
それでもこの胸の痛みを掻き消す何かが起こるのなら…その方がいくらかマシだろう。
「ササキ…!いないかッ!?ササキィ!!!」
崩れた城に響く、泣きそうな男の声。
しかしその声が求める者の姿はなく。
残るは乾いた血溜まりに残る、二本の吸い殻だけだった。