堅氷を踏む。撃鉄を起こす。.
珍しいこともあったもんだ。
手持ち無沙汰で胸に下がったループタイを弄りながら隣にちらと目をやった。運転する男は咥えていた煙草を抜き取り、口の右端を歪めて窓の外に煙を吐き出す。車の中に煙が充満しないようにという配慮だろう。そんなことしたって、この男の車なのだから煙草の臭いはすでに車内に染み付いているのだけど。
長く見つめすぎたらしく、男……ヘクトールが視線に気付き、目だけをこちらに向けた。運転中なのですぐに前を見たが、器用にも煙草を咥えたまま低く穏やかな声が届いた。
「どしたぁ、ビリー君」
まるで子供を相手にしたような声色に、頭を撫でられた気分になる。父親ってもしかしたらこんな感じだったのかな。さすがにそこまで年離れてないか。いや、わかんないな。ヘクトールの年知らないし。
4009