リボン結び 武者小路が散歩がてら中庭を歩いていたら山本と出くわした。
「あ、山本さん」
「武者さんじゃないか、こんにち」
「あれ?」
山本も武者小路に気づき、会釈をしようとした。しかし、言い終わる前に武者小路が首を傾げる。そんな突然の彼の行動で、山本がうろたえる。
「な、なんだい……?」
「んー……少しいつもと違うような……」
むむ、と唸りながら、ひょこひょこと山本の周りを跳ねるように違和感の正体を探っていく。いつもと変わらない藤納戸色の羽織に、黒の着物。足元から上に視線を向ける。山本は居心地の悪さを感じながらもじっとしている。その視線は首の辺りでぴたっと止まった。
「あ、わかりましたよ! タイのリボン結び!」
武者小路が山本の首元を指で示したところ、合点がいったように「あぁ、これかい」と山本は自分の首元のタイを指して頷く。
「さっき絵本のフロアで読み聞かせをしていたんだ。そこにいた女の子が着けていたリボンが解けたのを直してあげたらお礼にって結んでくれたんだよ」
「山本さんの子ども好きは相変わらずなんだね」
「まぁ、ね。ちょっと照れくさいけど、すぐに解いてしまうのも勿体ないからそのままでいたんだ」
山本は照れから少し視線を外して言う。
――優しくて他者を思いやる君らしい。君は後輩なのにとってもしっかりしていて、頼りになるひとなのだ。
「そんなに照れなくても。それに、リボン結びなら僕とお揃いです!」
えへへ、と今度は自身が身につけている赤いタイを見せて武者小路が笑った。
「……ぷっ、ははっ! ホントだ、これだと武者さんとお揃いだねぇ」
武者小路の天真爛漫な笑顔に面食らい、山本はつい吹き出して笑う。
「はい、似合ってますよ山本さん!」
「そうかい、ありがとう武者さん」
中庭のベンチでスケッチをしていた有島と里見、それを後ろから眺めていた志賀が、武者小路と山本が楽しげに話しているのに気づく。
「……眩しいな」
「? 武郎兄、ここ日陰だよ」
「伊吾、あの二人が光源だ」
「あぁ、そういうことかぁ。なんか楽しそうに笑ってるし、混ざってこよ」
「あ、こら弴」
武者さーん、山本さーん! と駆け出していき、山本の背中に飛びついた。三人でなにやらわいわいと騒いでいる。山本が里見の首元に巻いてあるタイを結んでいる。里見はニコニコとしながら走って有島と志賀の元に戻ってきた。
「武郎兄、志賀兄見てみてー! ふたりとお揃い!」
機嫌よく戻ってきたと思ったらタイをリボン結びに揃えて喜んでるのかよ、と志賀は呆れた。里見の後ろに武者小路と山本も一緒にいる。
「お、おう、良かったな」
「志賀もそのストール、リボン結びにする?」
武者小路から志賀に向けた思わぬ誘いに、山本は手で口元をおさえて笑いをこらえる。
「くっ……!」
「しねぇよ。山本、何が可笑しい」
「だ、だってそのストールをリボン結びにするってことだろう……?」
笑いを必死に堪えながら「想像したらなんだかおかしくって」と山本は言った。その傍で有島がじっと志賀を見つめている。
「…………じゃあ志賀くんやってみる?」
「やめろ有島、なんでお前そんなに乗り気なんだ」
「志賀くんのストールなら大きいリボンになりそうだなって」
「くくっ……これ以上やめておくれよ有島さん。ワタシもう笑い堪えるの必死なんだから」
「もー、山本さんが笑うから僕もつられそうなんだけど」
「よし、志賀! 面白いからやろう!」
「やらねぇっての!」
武者小路のご満悦な表情と、志賀の不機嫌な表情。それによる有島、里見、山本の笑い声が中庭に響くまでもう少し。